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KANAZAWA

新幹線で4人は梅ちゃんの住む金沢を目指した。


「城下町って言うからもっと古風な町を想像していたわ」


ラルフが言うとおり街なかには近代的な建物が林立していた。

それでも横道先生から教えてもらった梅ちゃんの住所あたりは観光スポットになっているらしく映画のセットのような落ち着いた町並みが保存されていた。


梅ちゃんは亡くなった母親が住んでいた町家をリフォームして小さなカフェを始めたと横道先生が教えてくれた。


金沢・東山界隈は「ひがし茶屋街」と呼ばれる観光スポットだった。


「今にもサムライとかゲイシャが出てきそうね、あとニンジャとか」


目を輝かせてラルフが言った。

外国人の観光客もめずらしくないが、黒人の巨人と白人のそこそこイケメン。アルビノの美少年と、黒人のとびっきりの美人というこの4人連れはかなり目立っていた。


「横道先生がくれた住所だったら確かこの辺なんだけど」


アーロンは一軒の町家の前で植木の世話をしている老婦人に声をかけた。


「ちょっとすみません」


「はい?」


外国人観光客には慣れているらしい老婦人だったが、アーロンの使う流暢な日本語には少し驚いたようだった。


「この住所はこのあたりでしょうか?」


アーロンが老婦人に見せたメモには住所と電話番号はあったが肝心な店の名前がなかった。


「ああ、これは梅川さんのお嬢さんが始めたカフェね。次の角を曲がった小路よ」


「ありがとうございました!」


お礼を言うとアーロンは駆け出した。3人はアーロンの後を追った。


「あ!」


アーロンの足が止まった。


間口の狭い小さな町家の引き戸の横に、これまた小さな看板が打ち付けられていた。

一見、そこがカフェだなんて誰も気づきそうもないほどこじんまりとした店の看板には


『かふぇ あーろん』と書かれていた。


「どうしたの? なんて書いてあるの?」


立ちつくすアーロンにバネッサが心配そうにたずねた。


「カフェ アーロン……」


はやる気持ちを抑えてアーロンは引き戸に手をかけてゆっくり引いた。

カラカラカラと引き戸の軽やかな音に女性の声が重なった。


「いらっしゃいま……」


「梅ちゃん!」


「アーロンなの?」


「梅ちゃん、会いたかった!」


カウンターから出てきた女性店主とアーロンは笑顔でハグした。


「もっとしっかり顔見せて、アーロン」


梅ちゃんは9歳の子供にするように両手でアーロンの頬をはさんでじっと見つめて、そしてもう一度強く抱きしめた。


「アーロンだわ。夢を見てるみたい、背が伸びたわ」


そこでようやくアーロンの連れに気づいた。


「アーロンのお友達?」


「紹介しますよ、彼女はバネッサ、僕の婚約者です」


「まあ、はじめまして。梅川マサエです」


梅ちゃんはきれいな英語で話し始めた。


「バネッサ・グリーンです。お会い出来てうれしいです」


梅ちゃんとバネッサはハグした。


「それから友人のラルフとエヴァンです」


ふたりは梅ちゃんと握手した。

壁のようなラルフの巨体にちょっと驚いた梅ちゃんだったが、すぐにラルフの人懐っこい笑顔に引き込まれた。そういえばエヴァンの甥っ子も姪っ子もすぐにラルフに懐いたっけ。ラルフの笑顔には相手の警戒心を解く力があるみたいだとエヴァンは思った。これはもしかしたら弁護士としては武器なのかもしれないな、本人が自覚してないだけで。


「とにかくお茶をいれるわね。コーヒーにする? 日本茶がいい?」


「私、日本茶!」


すっかり日本茶が気に入ったバネッサだった。梅ちゃんがいれてくれたお茶は横道先生のとは少し違って色は茶色く澄んでいて香ばしいかおりがした。


「ほうじ茶よ。熱いから気をつけてね」


ラルフが湯呑の中を凝視していた。なんだか小さな小枝のようなものがお茶の中でゆらめいていた。


「あら! ラッキーね、ラルフさん。これは茶柱といってラッキーなことがあるって言われてるのよ」


「まあ、うれしい!」


ラルフは思わず隣のエヴァンに抱きついたが、すぐにあわてて離れた。

エヴァンはそんなラルフに小さくうなずくと梅ちゃんに向かって話した。


「梅川さん」


「エヴァンさん。梅ちゃんと呼んでね」


「はい、梅ちゃん。僕とラルフは先月結婚しました。驚かれるかもしれませんが僕たちは法的にも正式なパートナーなんです」


「そうなの、おめでとう。すてきなカップルね」


すべてを包み込むような笑顔で梅ちゃんはふたりを祝福した。エヴァンとラルフは安堵した。これからこんな場面は何度も訪れるだろう。ともすればこころないバッシングを受けることもあるだろう。だけどどんなことがあっても僕はラルフとラルフの子供、僕の家族を守りぬく。


「それでね、梅ちゃん」 


アーロンが補足するようにつけ加えた。


「エヴァンとラルフはもうすぐ親になるんだ、代理母出産によって」


「まあ! それはすてきね。元気な赤ちゃんが生まれることを祈っているわ」


そう言って梅ちゃんはラルフをハグした。梅ちゃんはラルフのことを同性として接してくれるつもりのようだ。ラルフが本来の姿でいられる場所は限られている。そんな制限のある生活の中で梅ちゃんのような理解ある人は貴重だった。梅ちゃんの気持ちがうれしかった。エヴァンもラルフも梅ちゃんが大好きになった。


「アーロン、今夜は時間ある?」


梅ちゃんの問いにアーロンが答えた。


「はい、これから金沢を観光するつもりですが夜は特に予定ありません」


「じゃあ店を早めに閉めて今夜は私が腕をふるっておもてなしするわ。20時にまたここに来てくれるかしら?」


「もちろんです!」


「観光シーズンでもないし、どうせヒマな店だから営業しながらお料理できるわ。市場の知り合いに新鮮なお魚を届けてもらうわね、あと地酒もね」


「はい、ありがとうございます。楽しみだなぁ、梅ちゃんの料理。だけど聞いていい?」


「はい? 」


「お店の名前、あーろんって。うれしいけどどうして?」


「私にとってアーロンは忘れられない大切な友人のひとりだったからよ。まさかこんなふうに会いに来てくれるなんて思わなかったから無断で使わせてもらったの」


アーロンはくすぐったそうな笑顔を見せた。

4人は梅ちゃんに見送られて店を出た。


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