梅ちゃんとの出会い 1
「アーロン! 会いたかったわ!」
翌朝、ホテルのロビーに飛び込んできたバネッサは黒豹の俊敏さで婚約者に飛びついた。
「最高にかっこよかったよ、バネッサ!」
再会した恋人はハグ&キスをかわした。
「ラルフ、エヴァン! 日本でのダブルデートを楽しみましょう! でもあなたたちはハネムーンよね。私たちお邪魔かしら」
「ううん、実はエヴァンもアタシも仕事が忙しくて旅行のプランを立てる時間がなかったの。とりあえずDELUGEライブのある日本へ行こうって勢いだけで来ちゃったの」
「そうなんだよ。できれば日本に詳しいアーロンにガイドをしてもらえたら、なんて思っていたんだ」
と言うエヴァンにアーロンは少し申し訳ない顔で答えた。
「実は今回の旅の目的は観光じゃないんだ。もちろんDELUGEライブは一番の目的だったんだけど、今日からは人探しをしたいと思ってるんだ、バネッサにも事後承諾になるけど。僕だけ単独行動しても探したい人がいるんだ」
「人探し?」
エヴァンの物書きとしての性がその言葉にピクンと反応した。
「人探し? きゃあ! なんだかワクワクする言葉だわ。子供の頃ポアロやホームズ読んで探偵さんに憧れていたのアタシ。ぜひお手伝いしたいわ」
ラルフの反応はもっと素直だった。すぐにでもホームズ愛用のツイードの帽子とインバネスコートを調達してきそうなノリだった。
以前、ハワード市長の暴行を受けたアーロンを手当する時もナースのコスプレで飛んできそうな勢いだったっけ。
きっと小さい頃、隣のビクトリア&バネッサ姉妹と一緒に探偵ごっこもしたんだろうな。
でもあの強力な姉妹のことだ、ホームズとワトソンの役を演じるのは常に彼女たちで、かわいそうなラルフはいつだって有無を言わせず死体で発見される役か良くても犯人役だったに違いない。
「事後承諾だなんて、何言ってるの? 婚約者の人探しに協力しないほど無慈悲じゃないわ、私。これでも子供の頃は名探偵の助手だったのよ。探偵役はいつだって姉さんだったけどね」
そう言うバネッサの目もラルフ同様、好奇心に輝いていた。
ぷっ。やっぱりエヴァンの想像どおりだった。死体で発見された哀れなラルフは探偵の指示のもと、医師ワトソンの執拗なまでの検死作業の餌食になっていたんだろうな。
『体温を調べてくれたまえ、ワトソン君。死亡時間が推定できるかもしれない』
『わかったよ、ホームズ。体温計を肛門に挿入して調べてもいいかね?』
ああ、ラルフがマイノリティなこっちの世界に堕ちたのはビクトリア&バネッサ姉妹の性的悪戯のせいかもしれない。だとしたら僕はむしろ彼女たちに感謝しなきゃならないわけだ。よし、今度僕も検死ごっこで遊んじゃおうかな。倒錯した妄想にふけって陶然としていたエヴァンをラルフの声が呼び戻した。
「もう、エヴァンったら何を淫らな妄想してるの。アーロンの人探しに協力するわよね」
「も、もちろん!」
この男のヘンタイっぷりにも呆れたものである。
「で、アーロン。探すのは誰? 初恋の女の子とか? あ、あなたの場合は男の子かな」
バネッサが楽しそうに聞いた。日本には来たものの、ライブ以外これといって目的のなかった3人は完全にアーロンの人探しを旅のメインにするつもりになっていた。
「うん、探したいのはウメちゃん。初恋よりももっと僕に鮮烈な記憶を残してくれた大切な女性だよ」
「もう楽しみすぎる! コーヒーでも飲みながらゆっくり話を聞きましょう」
バネッサに同意した3人はホテルのロビーラウンジのテーブルを囲んだ。
「どこから話そうか、まず日本に住んでた理由は前に言ったよね。父さんの仕事だよ」
婚約者のまだ知らない過去の話にバネッサは身を乗り出して耳を傾けていた。
「僕と姉さんはインターナショナルスクールに転入したんだ。僕は9歳だった。アメリカの小学校でさんざんいじめられていた僕は日本の暮らしにもそれほど期待をしていなかった。醒めた子供だったんだ」
「予想してた通りいろんな国籍のいろんな肌の色の生徒が通うインターナショナルスクールでもアルビノの僕はやっぱり異質な存在だった。こんな言い方おかしいかもしれないけど、いじめっていう行為は世界共通の子供の残酷な文化なんじゃないかと思うよ」
「反対にスクールでもすぐに人気者になった姉さんの根回しで声をかけてくれる生徒もいたけど、それは姉さんの権力のタマモノで本当に僕と友達になりたいやつなんてひとりもいなかった」
アーロンの告白を、婚約者と今では大の親友のエヴァンとラルフが真剣に聞いていた。