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ショーコ参上

「梅ちゃん、遅くなってごめんなさい」


慣れた様子で店内に入ってきたのはまっ白でふっくらしたまるでミシュランマンのような中年女性だった。


「ショーコちゃん、ごめんね。お店忙しかったんじゃない」


「忙しいのは商売人として大歓迎よ。市場は夕方までの営業なんだけどちょっと大口の仕出しの注文が入ってて。でもご心配なく。このお刺身は店主自慢の特別スペシャルよ、あら言葉が重複してるわね」


ショーコは屈託のない笑顔でケラケラ笑った。

梅ちゃんから聞いていた高校生時代のショーコとはほど遠いイメージだった。


「あら! この美少年がアーロンさんね。いつも梅ちゃんから聞いていたわ」


ショーコは立ち上がったアーロンに近づくと力いっぱいハグした。柔らかくて、ふかふかのエアクッションに包まれているような錯覚に陥ったアーロンだった。

かすかに魚の匂いもしたが、それはショーコが充実した幸せな日常を送っている証でもあるとアーロンは思った。


「はじめまして。アーロン・ハイリネンです。彼女は婚約者のバネッサ。そして友人のエヴァンと、そのパートナーのラルフです」


「ショーコです。梅ちゃんから急にアーロンさんたちが金沢にやってきたって連絡受けて、もう1日中ワクワクしていたわ」


ネイティブとはほど遠いが、ショーコは丁寧な英会話で挨拶するとバネッサをハグして、次におおきなラルフを抱きしめた。そしてエヴァンともハグした。


「さあみんな食べてね。主人が腕を振るったの。とても新鮮よ」


ショーコが持参したのは大きな白木の桶にきれいに盛られたお刺身だった。


「まあ! おいしそう。日本に来て初めてのお刺身だわ」


はしゃぐラルフにエヴァンが微笑んだ。バネッサはアーロンの穏やかな笑顔を見つめた。

幸せな夜だった。


「ショーコちゃん、今夜は飲めるの? 車?」


梅ちゃんがグラスに地酒をつぎながら聞いた。


「飲めるわよ! 主人に送ってもらったもん」


「マサルさんも一緒に来てくれればよかったのに」


「息子を駅まで迎えに行くついでに送ってもらったの」


ショーコは三人の息子を持つ母になっていた。


「あの、ぶしつけな質問を許していただけますか?」


アーロンがあらたまってショーコに聞いた。


「なんでも聞いて。私たちはもう友達でしょ? 特にアーロンさん、あなたは同志みたいなものよね」


「あの、子供にアルビノは遺伝しませんか?」


一瞬、バネッサの表情がこわばった。


「私の息子たちには遺伝しなかったわ。夫が非アルビノだったからかな。だけど隔世遺伝の可能性はもちろんあるわね。うちの家系のみならず人類すべてに染色体異常の可能性はあるの。でもねアーロンさん」


「はい」


「あなたは生まれてこなかったら良かったと思ってる? 昔じゃなくて現在いまよ」


「いいえ」


「Good. それでいい。アルビノもいろんなハンディキャップのある人も、過去はどうあれ現在いまが充実していればそれで生まれてきた価値があると思うの。もちろん……」


ショーコはエヴァンとラルフの方に視線を移すとにっこり笑って続けた。


「LGBTや他のいろんなマイノリティの人たちもよ」


エヴァンはテーブルの上に置かれたラルフの手の上に自分の手を重ねてしっかり握った。

ラルフはエヴァンの肩にもたれかかった。

日本に来てから、ホテルの個室以外で密着することを避けてきたふたりだった。だけど梅ちゃんもショーコもLGBTの鎖国が解けて間もない日本で、ゲイのカップルであるエヴァンとラルフを受け入れてくれる貴重で希少な人たちだった。


国境も、人種も、マイノリティな個性さえも越えたささやかな酒宴はショーコを加えてさらに盛り上がり、店の引き戸が静かに開いたことに気づかないくらいだった。



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