Tokyo tour
SENSOJI TEMPLE, ASAKUSA TOKYO JAPAN.
東京、浅草。浅草寺。
大勢の観光客の中にエヴァン・ギルバートとラルフ・アンダーソンがいた。
先日、同性婚をしたふたりは共通の友人であるバネッサがボーカルを努めるデスメタルバンドDELUGEの東京公演に合わせて新婚旅行に訪れたのだった。
バネッサの婚約者、アルビノのモデル、アーロン・ハイリネンもふたりに同行していた。
「なんでみんな巨大香炉の煙を体に浴びようとしてるの? アーロン知ってる?」
博識のラルフでもさすがに日本の寺院の風習のいわれまでは知らなかったようだ。
「体の悪いところに煙を浴びると良くなるって言われてるんだ」
「すごい。物知りね、アーロン」
「だって子供の頃来たことあるんだもん」
アーロンは子供の頃、父親の仕事で数年間日本で暮らしていた。
「そうなの? じゃあアタシはどこに煙を浴びようかしら?」
「ラルフはパーフェクトだからもう煙なんて必要ないさ。僕はもっとマッチョなボディになりたいな」
「だったらアタシはクレアと彼女のお腹の中のアタシたちのBABYの健康を祈るわ」
ゲイカップルのラルフとエヴァンは第三者の卵子提供を受けカリフォルニア在住のクレアという女性に代理母出産を依頼していた。その仲介をしてくれたのがラルフの元カレの産婦人科医、ダニーだった。BABYの生物学上の父親はラルフである。
ラルフとアーロンの会話に参加しないでエヴァンはさりげなく煙を両手ですくって股間に当てていた。まったくバチ当たりなセックス依存症である。
「ラルフ、見てごらん。キミのボーイフレンド、じゃなかったパートナーのエヴァンはまだまだ絶倫になろうとしてるよ」
アーロンが笑いながらラルフに言った。
「もうエヴァンったら、いま以上絶倫になったらアタシだって壊れちゃうわよ」
「心配ないよ、この煙はそれほど効き目はないと思うよ」
ビスクドールのような透けそうな肌のアーロンがつぶやいた。
ステージを控えたバネッサはさすがに友人と婚約者との浅草観光には参加できなかったが、ツアーのラストである今夜の東京公演を終えたら単独で日本に残り、数日の休暇を事務所社長のクリスから約束されていた。
DELUGE東京公演会場。日本の観客は比較的おとなしかった。国民性なのかもしれないが、異常なまでに厳しいセキュリティもその原因のひとつだった。アメリカでボーカルのバネッサが狙撃されるという事件があった以上、興行側としても万全を期する必要があった。
「僕としては厳しすぎるくらいのセキュリティの方がむしろありがたいよ。日本は銃がないから平和だよ」
アーロンはひとりごとのように語った。初めて見に行ったライブで、アーロンの目の前で婚約者のバネッサは凶弾に倒れた。その凶弾は女性としてのバネッサの未来を抹殺し、幸せな恋人たちを引き裂いた。
それでも事件によりお互いの必要性に気づいたふたりはヨリを戻し、再び婚約したのだった。
ライブは最後のアンコール曲「Sadistic mayor」で最大の盛り上がりをみせて終了した。
ホテルに戻った3人はそれぞれ、明日からのバネッサが合流しての観光ダブルデートに気持ちは弾んでいた。
もちろんエヴァンが煙のご利益を試してみたことは言うまでもない。