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第8話:敬二郎との出会い(後編)

「は?」

夜もいよいよ深まり、「そろそろ帰るか」ということになった時、ギターをボックスにしまう青年の手は、驚きでその動きを止めざるをえなかった。自然、見上げた先で彼女の視線とぶつかる。

今まで隣に座っていたこの、紙のように薄っぺらい少女の口から「あたしはプロレスラー」などと告げられれば、言葉を失うのも道理である。いや、その意味を信用しようとして一瞬でも言葉を受け止めただけ、彼はまだ打ち明けた人物としてはマシなほうだったといえるかもしれない。

しかしそれは今述べた通り、信じようとしたのはほんの一瞬である。

彼は、初めて声をかけて来た同じ位置に立っている彼女から目をそらすと、片づけを再開しながらおどけた。

「なに?少年少女のクラブ?」

「ううん・・・・・・ほんもの」

「大人とやってんの?」

「うん」

「試合に出てんの?」

「うん」

「うそだろ?」

「ううん。ほんと」

「お前がプロレス出られんなら、俺なんてK-1出られちゃうよ」

「ほんとだってば。じゃあ今度・・・」

試合見に来てよ。

・・・言おうとして詰まった。

「今度?」

再び目が合う。が、今度目をそらしたのは美衣奈のほうである。

言えない・・・。今の実力ではとてもじゃないが、知り合いに自分のリングでの姿を見られるなど・・・。

「もういいよ。別に信じてくれなくても」

むしろ信じてくれないほうがいい・・・とまで思った。それ程に今の自分には誇りが持てなかった。

「じゃあね。また聞きに来るよ」

「あ、待った!」

青年はつい今までがっちりと自分に食い込んでいた少女の心が急速に離れていくような気がし、薄ら寒さを感じたのだろう。思わず、去ろうとする美衣奈を呼び止めていた。

「えっと・・・」

だが断っておくが、別に彼女に特別な感情をいだいているわけではない。

彼の感情は例えば、パーティが終わって皆を見送る時のあのほのかな寂しさに似ている。まぁなににせよ、呼び止めた理由などはなかった。

が、彼女の顔を見た今の間で、一つ話題ができた。

「その傷、どうしたんだよ」

例のひたいの傷である。

「あ、これ?・・・えへへ、ハリーボーダーみたいでしょ?」

「まぁ・・・」

「これね、・・・これ・・・は・・・」

さっき誇りの無さを再確認してしまった手前、事実を言うべきか一瞬迷う。

が、すぐに美衣奈は「まいっか」と思い直した。

考えてみれば、それは別にやましいことではない。

「これね。あたしがデビュー戦の時に相手に殴られたの」

「プロレスの?」

「うん」

「ふぅん」

青年は今度は否定しなかった。かわりに、

「俺も一応、格闘技やってんだよ」と、口にする。

「そうなの!?」

この、ひょうたんから独楽コマが飛び出したかのような少女の極端な反応に、敬二郎が少々狼狽した。

「ま、まぁ・・・ちょっとなんだけど・・・」

「なにやってるの?」

「任天道」

「にんてんどう?」

聞いたことはない。もっとも、美衣奈の格闘技知識は空手・ボクシングがかろうじて大気圏内といった程度なので、知名度の参考にはならないが・・・。

「一応、立ち技最強っていってる」

「じゃあ・・・強いの?」

「いや、俺はあんま・・・」

立ち技最強も人次第である。しかし美衣奈にとって、この言葉は心に力強く響いていた。

「ねぇ!教えてよ、それ」

「え?」

また意外な独楽(台詞)が飛び出したものだと彼は思わず苦笑する。そして頭を横に振った。

「・・・無理だよ。教えるほどじゃないし・・・」

「そっか・・・」

美衣奈はあまりそのことについては踏み込もうとは思わなかった。もともとこんなところで収穫を期待していたわけではない。

だが、その足を引っ込めようとしたところで、彼は意外な事を口にした。

「見にくりゃいいじゃん」

「・・・?」

何を?・・・きょとんとした表情から敬二郎は自分の言葉が通じてないことをすぐに察した。苦笑する。

「道場の練習だよ。うまい人のを見れば、なんかの参考になるんじゃない?」

「え!?いいの!?」

「いいんじゃないの?師範代にいっとくよ」

「うん!!ありがとう!」


彼は決して美衣奈がプロレスラーであることを信じたわけではない。それからの会話は、いわばなりゆきであった。そのなりゆきで、見学の日取りはあれよという間に決まる。結局彼らは終電が終わって駅ビルのシャッターが閉まるまで、そこから動くことはなかった。

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