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第45話:琴、女児塾へ・・・?

「あとね、網で魚をとりに行ったことあるよ」

美衣奈と琴は相変わらず道場帰りを、談笑の花で飾りながら歩いていく。

話題は小学生のときの学校行事についてのようだ。

「へぇ、網って何がかかるの?」

「タコとかね」

「タコ!?」

のっけから魚じゃない。

「イカもいた」

「へぇぇ・・・」

琴の微妙な反応が、美衣奈をあわてさせる。

「ホントだよ。スミとか吐いてたもん」

「あ、えっとそうじゃなくて・・・魚は捕れなかったの?」

「魚はね・・・」

思案する美衣奈の目じりの辺りが少々腫れている。

今日のスパーリング中、琴の一撃を受けたものである。

琴は香澄に圧倒的な実力差を見せ付けられてから、人が変わったかのように練習の激しさを増していた。アルバイトの時間を削り、道場の練習外に時間を設け、基本にシャドー、木にミットをくくりつけてのサンドバック練習からロードワークまで、まるで近いうちにもう一度プロのリングに上がるのかと思うような勢いである。

任天道ルールで強くなれば最強でなくてもいい。今でもそう思っている。

だが、任天道のルールで任天道以外の人間に負ける屈辱は余人には計り知れまい。

次は勝つ。その機会があるかどうかは別にして、その時に備えておくことが今、「任天道「目録」」の地位を得ている自分の使命のように感じられた。

その気概が、現在道場でのプロレスの窓口といえる美衣奈にぶつけられている。

「こぉんな奴がいたけど、名前がわからない」

左手で10cmくらいの魚のシルエットを描く美衣奈。思えば彼女も生傷が絶えないが、最近すっかりと怪我や恐怖で気持ちが折れる風を見せなくなってしまった。

なにより目が変わった。

当初の彼女の目の強さを足の速い草食動物が狩りから逃れるような目だったと回顧すれば、今のそれは隙あらばノド元に噛み付いていく猫のような眼光を携えている。

単なる慣れなのか、それとも戦うことに楽しみを見出してきたのか・・・その辺は本人の心の中なのでわからないが、以前敬二郎が述べたように、そして彼女自身がそういうように、今、美衣奈は間違いなく「プロレス全開」であることは間違いない。


小田急線海老名駅から急行小田原行に乗る。横浜から下ってくる相鉄線からの乗り換え客と合流するために多少混雑をすることもあるが、まぁ東京都心の混雑を思い浮かべれば混雑のうちには入るまい。

電車を待つ人の柱をよけながら、海老名駅ホームにあるキオスクの裏あたりまで行く。

このあたりから乗ると本厚木では階段に最も近いところで降りられるのだ。

「あ、そういえば、来年の一月に大会があるんだけど、美衣奈も出ない?」

「大会?」

任天道協会は毎年一月に関東の選手を一手に集めて大会を主催している。競技人口の少なさから、階級によってレベルにばらつきがあることは否めないが、自分の技を試す場所として、同流派内では重要な地位を占めている大会である。琴ももちろん出るつもりだが、もちろん彼女と美衣奈は同じトーナメントではない。彼女が出るとしたらおそらくは高校生以下の部という区分になろう。

「たぶん、師範代が認めれば出られると思うよ」

もともとこの大会は他流派の武道の選手を毎回招待している。美衣奈は武道家というわけではないが、出場資格としてはなんら問題あるまい。

美衣奈も何を考えるより前に第一印象で「でてもいい」が脳裏を走った。

「でもニタさんはなんていうかなぁ・・・」

・・・と、自分の母親代わりがなんていうかを想像してみる。と・・・。

「ニタさん、あの・・・今度任天道の試合に・・・」

「ま、いいんじゃないか?別に」

「早っ!!」

・・・。

・・・どうやら脳内シミュレートでは瞬殺でOKのようであった。

まぁしかし、一応琴には「ニタさんに聞いてみる」と返しておく。それよりも美衣奈には返す刀で聞きたいことがあった。

「ねぇ先輩」

「ん?」

「先輩はもうリングには上がらないの?」

「え・・・?」

琴の目が動揺に泳ぐが、美衣奈の声はお構いない。

「うち、香澄さんじゃなくても打撃系の人ってたくさんいるよ」

龍子然り、静江然り、そして黒子然りである。ニタに相談すればまず了承は得られるだろうし、各個人へは琴が望めばいくらでも自分が頭を下げに行こう・・・美衣奈は思っている。

あわよくば琴を女児塾に・・・などは考えていない。美衣奈の心理は言ってみれば、楽しい漫画を人にも勧めるような純粋な代物であり、その辺の透明感が琴にも伝わってくるので、不愉快こそ浮かばない・・・のだが・・・。

なんと応えればいい。いくらリングに上がりたいと思っても、もともと自分はプロレスを行うわけではない。別に集客力があるわけでもなく、なにより前回自分は負けている。ぬけぬけとリングに上がれるような分際ではないのだ。


返す言葉を思案していると、アナウンスとともに急行列車が入駅してきた。

その間に美衣奈に一考あったようだ。

レールの継ぎ目と車輪が織り成すゴトンという音とブレーキ音がおちつくのを待って彼女は琴のほうを向いた。

「ね、じゃあさ、こういうの、どう?先輩」

「なに?」

「あたしが、一月の任天道の試合で優勝したら、先輩、もう一度リングに上がるって言うのは?」

「・・・・・・」

その大胆極まりない言葉に、琴の頬が不敵にほころぶ。

ニタや女児塾経営陣を通してもいないのに、どうやら彼女の中ではすでに自分がリングに上がれることは決定しているらしい。

なにより、任天道高校生以下の部というのはつまり、高校生も含まれるわけなのに、その中での台頭を当然の視野に入れているところが、なんとも小気味よいではないか。

「フフ・・・」

「・・・どうしたの?」

・・・そんなまっしろさが、とうとう琴の心を動かすこととなった。

「わかったよ美衣奈」

「え?なに?」

美衣奈のほうが聞き返すくらいに小さな声での決意表明であったが、すでに火はついた。

「美衣奈・・・」

「うん、なに?」

「こんど、関節技の抜け方とか教えてよ」

「ええ!?あたしが!?」

人の決心とは時に驚くほどに早く、そして劇的に様変わりするものだ。琴のそれは、さながら青々と茂る木々の色が黄色や赤に変わるこの季節のようである。


さて・・・。

今日は駅前で歌う敬二郎のことなどは省いてしまおうと思ったのだが、どうやら彼がそれを許さないらしい。

「おうっ!!おつかれー!」

いつもは歌の途中で2人が来ても終わるまでやめない敬二郎が、この日は調子はずれに愛想がいいのである。

「ちょっとぉ、最近サボり気味だよ」

琴が怒ったような顔をしてみせる。が、

「そうなんスよすみません!でも!」

と、かばんをごそごそし始める敬二郎の目は怪しいほどに輝いていた。

「実は訳があるんですよ!!」

その「ワケ」とやらが書いてあるのだろう。彼はチラシのようなものを二人にそれぞれ、渡した。

B5の大きさの紙は一面が黒い。その黒を引き裂くような赤い亀裂が縦横に入っており、白抜きで敬二郎のバンド名が大きく印字されていた。

「ライブ?」

「場所見てくださいよ!」

「鹿鳴館・・・鹿鳴館!?」

目黒鹿鳴館といえば東京のライブハウスでも老舗である。

アマチュアバンド中心のライブハウスでありながら、その敷居は高く、現在のトップバンドの中でもここを拠点にしたグループは多い。

つまり、そういうところでライブをできるということは、グループとしてはひとつのステータスといえるわけだ。

・・・と、敬二郎が言っていたのを、琴は思い出したのである。

「すごーいじゃん!!おめでとう!!」

「おす!!がんばりやっす!!絶対見に来てくださいね!!」

「うん、行くよ。12月?・・・また暮れの忙しいときに・・・」

「そういわないでくださいよー」

「わかってるよ。なんとかする」

しかしこう見ると、敬二郎と琴は姉と弟のような風情だ。

一方、ライブの話になるとどうも蚊帳の外になる風のある美衣奈は

「あの・・・おめでとう」

彼の喜び方で事の大きさを判断して、おずおずと言った。

「おう!美衣奈も来てくれよ」

「うん。行くよ」

先のことを話せばこのライブは彼にとって非常に大きな分岐点となるのだが、美衣奈はその日が女児塾興行と重なったため、その瞬間を見ることはできない。

「あ、そうそう。前の美衣奈の応援歌。CDに焼いてきた」

「ほんと!?」

今日の彼のかばんにはいろいろなものが入っている。今度彼が取り出した白いCDのジャケットにはマジックで「美衣奈応援歌」と、書かれていた。例の、きん肉マンの替え歌である。

「わぁぁ・・・」

ライブのことよりも、意味のわかるこっちのほうが美衣奈にとってはうれしいわけで。

「ありがとう!!」

「本気バージョンだから」

とは、どうやら、バンド仲間で編曲をしてしっかりとスタジオ録音をしてくれたようだ。

「ニタさんに言って入場曲にしてもらうね!」

現在の神秘的な入場曲とはまるで雰囲気が違うが、確かにこの曲のほうが彼女の入場にも合っていよう。

それはともかく、

琴の女児塾参戦の決意。

敬二郎の鹿鳴館ライブの決定。


・・・時は、確実に動いている。

現在海老名駅は大幅改装されていて、この情報は当てはまりません。

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