第44話:五週ぶち抜き@ある日の女児塾エピソード
五週ぶち抜きと言う題のとおり、1ヶ月以上にわたってひとつのエピソードを書いたものをまとめたものです。なので実際には44~48話だったものがひとつにまとまっています(どーでもいいヨネ(笑))。なのでいつもの長さのつもりで読むと長いです。
美衣奈以外のキャラクターを性格別にオールキャストで出すとどうなるだろうと思って書いたものなので、ここまで読み進めてくれたキトクな方でも、なじみが少ない登場人物が出てくると思います。ご了承よろしくお願いします。
二田に呼び出される時はいつもドキドキする。
塾長室の雰囲気自体、なんだかかしこまっているし、だいたいここに呼ばれていい話だったことがあまりない気がするし・・・。
「美衣奈です。入りまーす」
だからこの扉は実際の重さよりもいつも重く感じる。
今日はなにが待っているのやら・・・。
パンッッッ!!!
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
撃たれた!?まさかヒットマンが待ってるとは!!あたしなんて殺してどうするのよ~!
いや、こんな事考えているのだ。まだ死んではいないのだろう。だったら入院!?
あ~!こんなことになるなら「手頃でガッツリ入院保険」に入っておくんだった~~!
緊張と意味不明の火薬音から、すっかり取り乱した美衣奈の髪の毛に、やわらかくなにかが降って来た。
つまんでみると7色のテーブである。
「・・・クラッカー?」
「おーー!いぇーー!ミイナーー!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
今度は誰かに抱きつかれた。
二田ではない。女児塾のメンバーでもない、第一、スーツ姿で小太りちょびヒゲの・・・男だった。
「ニタさん!この人誰ですかーーーー!!」
いつもの椅子に座っている二田を横目で映した美衣奈が金切り声をあげる。
「オオぅーーー!挨拶おくれまーーした!わたしーー、こういう者でごわーす!」
先に反応したのは二田ではなく男の方。いや、二田は反応はしたが、呆れたようなため息を吐いてその男を眺めているだけだった。
「BBS・・・・・・?」
差し出された名刺はきらびやかであったが、美衣奈には英語が読めない。バーベキューソースのことだろうか。
「その人は、BBSっていってイギリスのプロレス団体の重鎮でビル=グリームってんだ」
「イギリスの?」
「イエース、ミイナスゴイネー」
「いつだかのあんたの試合見て会ってみたくなったんだって」
もっともこんな親父の世迷言など、団体組織というしがらみがなければ聞く耳などは持たないのだが、BBSは女児塾を遥かに上回る規模の団体である。立場上一応の敬意を表さないわけにはいかないのだ。さっきから彼女のため息が止らないのはそんな気持ちからであろう。
「ハナシがアルばい!まあゆっくりするアル」
どうでもいいが、ものすごい日本語だ。どこで習うとこんな風になるんだろう。
そんなことより、そんな人が自分になんの用だろう。
なんだか分からないことだらけに混乱しながらも、勧められるがままに応接ソファに座る美衣奈だった。
「移籍?」
「オー、イエース。ミイナ13歳。スゴイネー。絶対モノになるとデス!」
「移籍って?」
「・・・つまり、あんたをイギリスに連れて帰りたいんだとさ」
二田は二人がソファにかけても塾長の机から離れることもせず、頬杖をついたままに彼の補足をした。
「イギリス!?」
美衣奈はその国の名を良く知っている。いや、正直しらない人がいたら一般常識を疑わざるを得ないほどの知名度を誇るヨーロッパの都の一つだが、そうではなく、美衣奈の中で、特別な国の名だ。
「ロンドン?」
「オー!ロンドンヨー」
「キングスクロス駅?」
「オー!スコットランド行くネー!!」
「ホグーツ?」
「・・・?」
最後の反応こそなかったものの、間違いない。魔法学校ホグーツのある国だ。
なおも頬杖をついたままの二田。
「悪い話じゃないよ。BBSって言ったらイギリスでも相当でかいからね。アンタがそこでもまれたら・・・ちったぁマシになるんじゃない?」
その言葉の内容とは裏腹におざなりな言い方である。
「・・・・・・」
そしてもちろん、美衣奈にとっては即答できるような話ではなかった。
ビルはそれを察したように立ち上がると、美衣奈の肩にぽんと手を置いて、言った。
「スグに決める必要ハないッチャ。さっきの名刺に電話番号書いてありマース。いつでも連絡くだサーい」
美衣奈の頭をぐしぐしとなでる。
そして、二田と一応の握手を交すと、塾長室を後にした。
一転、静かになる塾長室。
「あの・・・ニタさん・・・。あたし・・・どうすれば・・・」
おろおろと立ち上がって、助けを求めるような美衣奈のしぐさに、二田はようやく頬杖を解く。だが美衣奈を見ようとはせず、感心なさげに手元の書類に目を通しはじめた。
「べつに・・・アンタが決めればいいんじゃない?」
ただ、言葉だけは美衣奈に届く。その声がとても冷たく聞こえた美衣奈の身体がほんの少しだけ後ずさった。
ニタさんにとって、自分のことなどは大した事ではないのだろうか・・・。
「ニタさんは・・・どう思いますか?」
「あたい?・・・あたいは・・・ベルサイユの赤い雨でキメるかなぁ」
「・・・・・・?」
「いや、あんな奴にベルサイユはもったいねーから、ムーンサルトあたりににしておくか」
「・・・??」
何の話だろう。
「ん?あのロリコン外人をぶっ飛ばす技のこと聞いてんじゃないの?」
「違いますよぉ!あたしはさっきの・・・」
「とにかくねぇ!」
二田は、一際強い調子で美衣奈を睨み付けた。
「テメェの未来だ。テメェで決めるんだよ!」
・・・・・。
美衣奈が、ビクリと小さな身体を強張らせる。思わず見開いたその眼から動揺が消えない。
なぜ怒鳴られた・・・?
しかしピンと張り詰めた塾長室の空気がこれ以上の思考を彼女から奪っていた。
「・・・失礼しました!」
混乱の中、彼女の防衛本能が反射的にその空気から逃れることを選ぶ。
次の瞬間には、彼女の影は塾長室から消えていた。
もっとも、その動揺は二田にもあった。
「(どうして声を荒げたんだろう)」
自分のした事がほのかな後悔と共に一人になった塾長室の空気に融けてゆく。言い訳をさせてもらえば、すくなくとも今のヒステリーは美衣奈に向けられたものではなかった。だが・・・。
「若いね・・・あたいも・・・」
二田は立ち上がり、窓からぼんやりと外を眺めると、苦笑混じりにそう呟いた。
おそらく、こんな話が持ち上がって葛藤の中で一番苦しんでいるのは、二田なのだろう。彼女の可能性を考えればこそ、自分の本心は言えないでいる。
「入るよ」
扉の外から声がした。その声の主は二田の返答も待たずに部屋に現れる。
DGだ。
「パピヨンの奴、なんかすごい剣幕で走ってったけど、なんかあったの?」
「べつに・・・」
にべもない返事を気にする様子もなく、応接用のソファにどっかと座ると
「そのちょっと前に出てったヤラしそうな外人、あれビル=グリームだろ?BBSの・・・。提携でもすんのか?」
「ぜんぜん違うよ。筋肉バカ・・・」
「え?なに?」
「何でもない・・・」
聞くも虚ろに、外を眺めていて思い出した。
女児塾を旗揚げしてそろそろ一年になる。杏子と組んで「ビジュアル&ミュージック」を旗印にやっていこうと決めた女児塾のはずが、その様相は二田の想像したそれとは大きく異なっている。経営と言うものはこれほどに想定外の要素が支配するものとは、それこそ想定外であった。
間違いないのは、今の女児塾は決して悪くないということである。それどころか「自分が考えうる最高の成長だ」とすら思う。
理由は分かっている。DGが、0期生が、1期生が・・・皆が予想以上だからだ。
ここから更に女児塾を大きくしていくためにはその力に甘んじてばかりではいけないが、その輪がいくら大きくなったとしても、このメンバー一人一人が一人も欠けることなく、それを支える柱となってほしい気持ちは大きい。それがあってこそ、自分は塾長として女児塾の更なる円を描いてゆくことができる。
創設メンバーというのはとかくこういう気持ちにさせてくれるものだ。
だが、付け加えるならば、トップと他のメンバーではその思い入れに温度差があったりすることもまた事実なのである。
奴は・・・パピヨンはどんな答えを出すのだろう。
それはどれだけプロレスというものに本気に入れ込んでいるかということでもある。
プロレス的な成長でもギャラでも、BBSに女児塾がかなうはずもない。彼女の将来を思えば、移籍は数少ないチャンスなのである。
女児塾を思えば、彼女を失いたくはない。彼女を思えば、手放すべき話なのかもしれない。
それが二田の中で右へ左へと葛藤している。
「・・・・・・」
「なんだよ。さえないね。あんたらしくもない・・・いいや。帰るよ」
軽く息をつくDGが、そのまま塾長室から消える。
人気が消えて再びうすら寒くなる塾長室・・・。
・・・馬鹿が、慰めもしねーなら何しに来たんだ・・・。
その背中を追う目が自然、応接ソファの食べカスを見出した。
「あーー!あの馬鹿!ビルのカシオリ、全部食べていきやがった!!!」
「どしたの?みーな」
女児塾ロビー・・・。
塾長室から出てきた美衣奈のいつもとは一線を画す雰囲気に思わず声を掛けたのが、糸織であった。
「なんでもない」
一瞥した美衣奈だったが、まるで障害物を避けるように自分の脇を通りすぎたため、その返答を、糸織は耳の裏で聞いた。
「・・・・・・」
彼女にとってはニタに怒られる事がどれだけ大きなことか。なおかつ、その理由も理解に苦しむだけに、彼女の感情は宙に浮いたまま、頼りなくあちらこちらをさまようばかりである。
「しおりん」
そのまま力なくふらふらと向うへ行ってしまった美衣奈に代わって、美幸が彼女に声を掛ける。
「みーなさん、さっき塾長室から出て来たんですよ」
「なーんだ。じゃあなんかやらかして塾長に怒られたんだね。おもしろ~い!きーてみよ~っと!」
言うが早いか糸織は美衣奈を足跡を追って消えた。
それを待っていたかのように、残った美幸のとなりで話し掛ける・・・というより独り言のように呟いたのが、舞だ。
「ビル=グリーム」
「みました?」
「うん」
「どう思います?」
「・・・・・・」
二人が顔を見合わせる。
「提携?」
「私もそう思ったんですけど・・・」
BBSほどの規模の団体であれば、はっきり言って女児塾と提携するメリットなどはない。
つまり・・・。
「吸収合併?」
「しっ!お龍がいたらどうするんですか!?」
BBSは英国の団体である。そんな話が龍子の耳にでも入ろうものなら・・・。
「心配無用」
だが舞は一蹴した。
「え?」
「だって・・・」
いいながら有らぬ方向を振り向き、
「もうここにいる」
「ぶ~~~~~~~~!」
なんとも不覚だが、自分の影になっていた龍子を、美幸は完全に見逃していた。
どうでもいいが、それならば舞の「心配無用」は正しい使い方ではない気がする。
ともかく・・・。
「なんスか!?自分に聞こえちゃまずい話っスか!?」
「あ・・・あぁ・・・なんでもないんです。あはははははは」
「そんな、隠さなくてもいいっスよ!・・・鬼畜米英どもが女児塾を乗っ取る話しでもない限り、問題ないっス!!」
「ぶ~~~~~~~!!」
こける美幸に代わって尋ねる舞。
「お龍。聞いてたでしょ」
「え?なにがっスか?」
「あ・・・あの!!暗黒鍋大会のことです!!」
どうやら本当に聞いてなかったようだ。復帰した美幸がとっさに取り繕うと、龍子はそちらに反応した。
「暗黒鍋大会!?」
「そ・・・そう!ほ、ほら、寒くなって来たでしょう?闇鍋を21世紀に進化させた「暗黒鍋大会」を開催するって杏ちゃんが張り切ってて・・・」
杏ちゃんとはつまり、杏里のことである。
「それが・・・どーしてマズい話なんスか?」
「そんなこと、私は一言も言ってない」
「だってさっき・・・」
「「私は」一言も言ってない」
舞は胸を張って言い放った。
確かに「舞は」言っていないので、嘘ではない。
「まぁいいっス。で、その暗黒鍋って・・・」
「杏ちゃんに聞いてください」
その場限りの言葉で、龍子を遠ざけた美幸に舞が呟いた。
「大丈夫?」
「お龍がここに戻って来る前に、真相を確かめましょう」
とはいえどうしたものか。そんな重要なことを知っているとしたら、二田か、スタッフか、事務の手伝いをしているお静さんか・・・少し格上の二人、つまり早坂さんか・・・
「あの人に聞いてみよう」
思案していると、不意に舞が呟いた。彼女が向うを見ているので美幸もそれを追いかける。
その先にいたのが、今名前を挙げようとしていたもう一人、DGであった。
二人が微妙な表情でDGを待てば、彼女の方も決して釈然とはしていない顔でそこを通り過ぎようとする。ビル=グリームを知る人間にとって、彼の突然の来訪は誰にとっても何がしかの波紋を呼んでいた。
BBSは、何を企んでる・・・?
「先輩・・・」
舞がそんなDGに詰め寄る。
「話・・・本当?」
「え?」
「BBSがうちを吸収する話・・・」
「吸収?」
「あくまで私の・・・」
想像なんですけど・・・。と、美幸がフォローをしようとしたが、DGはそれを聞くまでもなく、妙に溜飲が下がるような思いで何度かうなずく。
そういうことだったのか・・・。
BBSが日本進出をもくろんでいるのなら、何もはじめから大きい団体と争う必要はない。日本での足場作りとして女児塾を選んだのだとしたら、ビルのような大物がこんな田舎の小さい団体の本拠地に自ら乗り込んできた理由も、ニタが妙にふてくされていた理由も、それですべては納得が行く。
「否定・・・されないんですか?」
このDGの反応には逆に美幸側が泡を食った。彼女も塾長室から出て来たのだ。自分の憶測が誠ならば、その空気を掴んでいても不思議はないのである。
「まだ分からない・・・。だが、ハッキリするまではここまでの話にとどめておこう」
しかし、美幸には悠長な事を言っていられない理由がある。
「いえあの・・・できるだけ早くハッキリさせたいんですけど・・・」
「ん?」
言うまでもない。こんな話がもし本当で、ヘタに龍子に伝わろうものなら何が起こるか分かったもんじゃないのだ。合併話それ自体も自分達の未来に関わる大きな問題ではあるものの、今さしあたって解決せねばならない問題は、あの生っ粋の国粋主義者、龍子の信管の抜きどころであった。
「バクダンか?あいつは・・・」
「本当に外国嫌いなんです。例えば前に横須賀で興行があった時なんですけど・・・」
・・・この後、美幸はおよそ30分に渡って、龍子のまるで幕末の尊王攘夷派の志士のような過激な思想や行動を容赦なく列挙することになる。
のだが、こんな他愛のないエピソードにさえ書く事もはばかられるような凄まじい内容であったがために、筆者の方で掲載を自粛することにする。
とにかく、日本籍をもっていない人間が見たら誰もが次の日には反日暴動を起こしそうな・・・そんな龍子の裏話にはさすがのDGも思わず息を呑んだ。
「それは・・・なんとかしないとな」
「だから早めに・・・」
「わかってる」
「あたしが二田に聞いてくるよ」ときびすを返したDGを見送る舞が、またポツリと呟いた。
「もし、吸収なんて事になったら・・・どうする?」
「・・・・・・」
なんだか俄然真実味を帯びて来たこの話に、自分はどんな判断を下すか。
美幸は、言葉を接ぐことはできなかった。
そんな二人の元に現れたのが、美衣奈にチャチャを入れに行った糸織であった。
「みーなが機嫌わるいよー」
そりゃそうだ。美幸は思わず苦笑した。
ショックを受けてる時にからかいに来られたら誰だって機嫌も悪くなるにきまってる。
「・・・・・・?」
・・・そういえば、どうして彼女はショックを受けているんだろう。さっきまでビルと美衣奈の話は別のことのように思えたが、思えば、ビルと美衣奈は同じ時間に塾長室にいた可能性も否定できない。
「みーなさん。何か言ってました?」
「ん~?なんかねー。何とかって言う外人と会って、なんとかしたら、塾長が怒ったようなこといってたけど・・・ごめ~ん、なに言ってるか分かる~?」
「ぜんぜんわかんない」
舞があっさりと斬って捨てる。
「だって機嫌悪いんだモン。あの子ああいうところがコドモだよね~」
「しおりんが悪いと思います」
今度は美幸に斬られて立つ瀬のなくなった糸織が取り繕った笑みを浮かべると、
「外人って多分さっきでてったおぢさんだよねぇ。・・・あれ誰?」
「え?知らないんですか?」
「有名なひと?」
「BBSって言うイギリスのプロレス団体のナンバー2で・・・」
「BBS~~~~~~~~~~!?」
「え!?」
皆が反射的に声のしたほうに振り向いた。美幸の言葉を拾ったのは糸織ではない。
「ぶ~~~~~~~~~~!!!!」
龍子だった。いつのまに戻って来たのか。何だか良く分からないが、極端に大きなダンボールを抱えている。
「お龍、なにそれ?」
意味不明の奇声を発したまま動かなくなった美幸に代わって舞が聞いた。どうやら抱えているのは龍子一人ではない様だが、箱が大きすぎて向こう側にいるもう一人がだれだかさっぱり分からない。
龍子は振り返り、なぜか誇らしげに胸を張った。
「鍋っス!」
「なべ~~~!?」
大きさにしたらたたみ2畳分くらいだろうか。こんな鍋が・・・。いや、それより。
「なんでナベ!?」
「なべ」と叫んだ糸織がもう一度ツッコむと、龍子は「降ろすっス!」と叫んで床にその犬小屋のようなダンボールを置き、目を輝かせて振り向いた。
「だって、暗黒鍋大会やるんスよね?」
「美幸さん、ボク、暗黒鍋の話なんて知らなかったんですけど」
「杏ちゃん!?」
そう、ダンボールに埋もれて見えなかったもう一人は杏里であった。「ふ~」と息を吐いてる隣で龍子がはしゃいでいる。
「でも杏ちゃんがノッてくれたから、急遽「でか鍋」を買って来てみたっス!」
「意気投合したの~~~!?」
美幸もキャラを忘れて叫んでいた。
しまった・・・美幸は完全にここが「女児塾」であることを忘れていた。外界とは常識のラインに治外法権があることへの認識の甘さが、このナベを招いてしまったのである。
「卸し売りにも掛け合ったんですよ!あとで野菜の大量注文に関する見積りで、担当さんが来てくれるらしいです!!」
すでに野菜まで・・・。
「あ、美幸さん。このナベの領収書。ニタさんに渡せばいいんですよね?」
「えっと・・・わたしに聞かれても・・・」
杏里の笑顔さえ受け止められない美幸は少なからず後悔というか、反省というか・・・物も言えなくなっている。
「そんなことよりもっス!!」
龍子が思い出したかのように口調を変えた。
「BBSって何スか!?」
「え!?あ・・・あの・・・」
「掲示板」
「そう!それです!!」
だが、美幸、舞のツープラトンも今の龍子には通用しない。
「隠しても駄目っス!英帝の同業者だって事ぐらい知ってるっス!!」
「英帝って・・・」
「まさか、のっとろうなんぞ考えてるんじゃないっスよね!?」
「いえ、あの・・・まだ決まった訳じゃないんですけど・・・」
「な・・・」
・・・・・。
・・・静かになる。
だが、静寂・・・ではなかった。そこにあるのは静かに、静かに血が沸騰して行く時間。
その原因が自分自身であることに美幸は気付いていた。つい・・・流れで、大事なことを否定しなかったことに、反射的に口をふさいだが間に合わなかった。
「あの・・・お龍・・?ちがうのです、ちが・・・」
龍子はかたまったまま、だがその手は震えている。
そのただならぬ雰囲気に、絞り出すような声を上げた美幸だったが、時は既に逸していた。
「お・・・お・・のれ・・・ゆるさん!!!!」
「あ!どこに!?」
「塾長のところ!!」
「でもまだ決まった訳じゃ・・・!!」
そんな声が聞こえるほど、龍子の心は開国していない。弾かれるように廊下の向うへ消えていった龍子を美幸も追いかけたが、数瞬の後に返って来たのは、いつだかぶりの粉砕音であった。
「やっちゃった・・・」
事情が良く飲み込めてない糸織が能天気な声をあげる。
「今の音・・・なんですか?」
それに続いたのが、呆気に取られる杏里の声だ。糸織が答えた。
「多分ねー。お龍が塾長室のドアを壊しちゃった音だよ~」
まるで猫がいたずらしたかのような口振りでこともなげに言うと、「で」・・・と、つなげる糸織。
「どういう話になってるの?」
「・・・・・・」
舞もしばし首をひねった。話がなんだか良く分からなくなって来ている。
「多分・・・BBSが女児塾を乗っ取る話だったと思う」
「ええええ~~~~~~~!!!」
声を荒げたのは杏里であった。
「ほんとですか!?」
「でも・・・それが良く分からなくなって来たんだけど・・・」
・・・糸織の話ではビル=グリームと美衣奈が同じ場にいたことになる。冷静になって考えてみれば、そんな重要な話に美衣奈だけが出席するなど、ありえまい。
舞がそんな主旨のことを言えば、二人は自然と納得した。
その時だ。
「ちょっと、通行の邪魔ですわよっ。一体なんですの、この馬鹿でかいダンボールは!?」
高飛車な態度でダンボールをノックしながら現れたのは、タカビークイーンと影で呼ばれる一条ヒカルだ。
「金属製の・・・シェルターか何かかしら。まぁ敵の多い塾長の事ですし、備えておくに越した事はないのでしょうけれど・・・」
「違います!これ・・・鍋です!!」
「な・・・」
あまりに思いがけない言葉が杏里から飛び出したので、ヒカルはしばし言葉を失う。が、動揺するところを見せたくないためか、フンと虚勢を張った。
「な……なべ、ですって? お、オーッホッホッホ……と、当然分かっていましたわよ。それで、このナベで何をなさるおつもり?」
「そう、この鍋は何なの?」
糸織も口を揃えると、杏里が答えた。
「なんか今度、暗黒鍋デスマッチっていうのやるらしいです」
「なに?これ・・・リングに持ち込むの・・・!?」
「多分・・・」
「多分って・・・」
「いや、えっと・・・だって、龍子さんが「自分の予想では」って楽しそうに話すから、ボクもおもしろくなってきちゃって、じゃあ手伝うよ!って・・・」
細かいことはぜんぜん知らないんですよ・・・と、無邪気に笑う杏里がかわいい。
「お鍋だなんて、ダサいですわね……ワタクシのイメージにはそぐいませんわ。どうせなら、満漢全席とかがよろしいのですけれど」
「知りませんよ、そんなの・・・。いずれにしても二田さんから出た話だろうから・・・聞けばわかると思います」
「あらそう? 丁度ワタクシもあの方に用があったことだし……ついでですから抗議してきて差し上げましょう」
「だめですよぉ!」
ばんっとダンボールを叩く杏里。
「だってこの鍋どうするんですか!あとこの領収書・・・」
「アナタのお部屋の風呂ガマにでもお使いなさいな」
「こんな鉄鍋に入ったらやけどしますよっ!」
「とにかく、ワタクシがここに戻るまでにこの景観を損なう鉄クズを何とかしておいて下さいな」
「あの・・・ヒッキー、今はやめたほうがいぃと思うよ~」
糸織が杏里に続く。
「何故ですの?」
「多分修羅場だから・・・」
「はぁ?・・・訳の分からない理由でワタクシを足止めするのは許しませんわよ」
「いえ、本当なんです!多分タイヘンなことに・・・!」
「そりゃ、大変でしたでしょうねぇ。これだけ大きなガラクタを用意すれば・・・」
邪魔な鍋の事で充分腹を立てているのに、更に自分の行動にケチを付けられてカチンときたらしい。ヒカルはまったく聞く耳を持たない。
「とにかく、ただでさえ貴重なワタクシの時間を浪費させるなど、例え塾長でも許されないこと・・・。向こうが今どんな事情だろうとも、ワタクシを『最』優先させていただくわ」
一気に捲し立てたヒカルは「これ以上の口論は無駄」と言わんばかりに歩き出した。
「鍋じゃないと困ります!!」
一方の杏里も気が気ではない。
まぁ、用意をしてしまった方としてはそうだろう。
「ボクも行ってきます!」
「杏ちゃん待って!」
思えば舞の大声など珍しいが、それもむなしく二人の背中はすぐに見えなくなった。
・・・それっきり、静かになる。
「ポツリと残された」感のある、舞と糸織と超大鍋。
なにか、薄ら寒さまで感じるその場で、舞がこれまたポツリと呟いた。
「あの・・・」
二人の視線は塾長室に向いたままである。
「じつは鍋の話・・・嘘なんだよね」
「ええ!?そうなの~!?」
さすがの糸織も声が上ずった。
「早くいいなよ!あの二人、行っちゃったよ!?」
「口を挟む余地がなかった」
たしかにそうだろうが・・・。
「ナベも買ってきちゃってるし~」
「買ってくるとは思わなかった」
たしかにそうだろうが・・・。
しかしさておき、糸織はこのことが今回の混乱の原因でないことを把握する。何しろあの外人が絡んでない。
じゃあ・・・。
・・・
・・・一体何が問題になっているのだ?
「さぁ・・・」
舞も首をかしげざるを得ない。
「で・・・。なんなの、いったい・・・」
荒れ果てた塾長室で、疲れ果てたニタの声がする。
ちなみに香澄はあの後、ニタが挑発したものの関わるのは御免といわんばかりにひらりと立ち上がって、一発KOされた美衣奈を背負ってさっさとどっかへ行ってしまった。
「あんたさっき、なんか言ってたねぇ。お龍の乱入でワケわかんなくなったけど・・・」
すると、隣でへたっていたDGが応えた。
「だから、うちがBBSに乗っ取られるって話は本当かって」
「んなわけないだろ。もぅ・・・」
「お前が、ハッキリしないから、ビルを見てみんな勘ぐったんだよ」
「ハッキリしねえもなにも、説明する時間もなかっただろうが・・・」
「あんたが菓子折りがどうのってごちゃごちゃぬかしてるから龍子が飛び込んできたんだろう?」
「あたりまえだろ!あたいも食いたかったのに・・・」
「だけど、これでみんなも安心するだろうよ」
「なに、じゃあナニか?こいつらみんなそのことで来たのかぃ・・・?」
屍?を見渡すニタ。すると別ところから答えが返ってくる。
「少なくともワタクシ、一条ヒカルは違いますわ・・・」
ヒカルだ。起き上がる事もせずに、声だけが舞う。
「でも・・・おっくうなので本題は今度にさせて頂きます」
それはそうだろう。こちらも今、こみ入った話など聞きたくもない。
「さしあたって言っておきたい事は、今度の興行は鍋ではなく、満漢全席でお願いしたいってコト」
「は?」
「駄目ですよ。ヒカルさん・・・鍋です」
杏里も起きてくる。
「断じて鍋です!」
「二田塾長、この発想のヒンコンなお料理番を何とかしていただけません?」
「ねぇ、合わせて満漢の鍋にすればいいんじゃないの?」
ちはるも起きた。なんで乱入していたのか分からないまま、今回も何の話だか分かってない話に乱入すると、ヒカルが鼻を鳴らす。
「何も分かっていらっしゃらないのね。「鍋」という概念がそもそも鈍くさいのですわ」
「ちょっと待て・・・何の話だ」
そこでようやく割って入ったニタ。
「次回の興行のことですよ」
「興行?」
「次回の興行の暗黒鍋デスマッチですってば」
「だからそれをダサい鍋ではなく、満漢全席の素敵なひとときにいたしましょうとワタクシが申し上げているのです」
鍋は断固反対なのか杏里の「鍋」にいちいちヒカルが絡めば、
「わかった!・・・合わせて全席暗黒!満漢デスマッチにすればいいよ!」
「なんですか?それ」
「全会場真っ暗で男に満ちてるデスマッチ」
「それはほんとにデスマッチだね・・・」
「そんな禍々(まがまが)しいのは絶対イヤです!!」
「ぱっぴ~辺り、終わった頃にはいなくなってそうですわね」
わが道を突っ走るちはる。に続く、あきれ声のDG、悲鳴に近い杏里、いやにリアルなツッコミを入れるヒカル。
・・・だが、なににせよニタには覚えがないわけで。
「誰がいったんだ?そんなこと・・・」
「ワタクシはお料理番に聞きました」
「料理番じゃないって言ってるでしょう!」
「杏里の提案か?」
「え?いえ・・・ボクは、お龍さんに聞いて・・・」
「なんだコイツか・・・」
ダメージが大きく、いまだ失神している龍子にニタの目が移る。
意味不明の言葉を口走りながら、「また」扉を壊していきなり飛びかかってくるものだからなにかと思ったが・・・。
「じゃあコイツはその鍋の事であたいに飛び掛かってきたってこと?」
「いや、それは違うと思う」
DGがツッコむ。
「二田さん。やっぱりあれじゃないですか?」
そこで起きてきたのが二田の脇で白目をむいていた静江だった。
彼女はあの「ぱいるばんかぁ」を放った後、そのまま床に崩れ落ちてしまっていた。硬い床でのDGのパワーボムである。よくぞ起き上がってニタに一撃を加えたものだが、やはり彼女も人間であったということだろう。
その静江がようやく起きたわけだが、
「ほら、例のファイトマネーの・・・」
と、そこまで言った時、急に「はうっ!!」という短い悲鳴を上げて、また仰向けに倒れて動かなくなった。
彼女の顔のあったであろうところに彼女の返り血を浴びた二田の裏拳があったりする。
「ファイトマネー?」
DGが怪訝そうな声を上げる。
「あ・・・いや」
「あんた、何か隠して・・・」
「失礼します」
その声をさえぎるように塾長室入り口に現れた人影がある。チーフスタッフの前場だった。
「取り込み中すみませんけど塾長、サニーマートの田淵様がおみえになってます」
「は?サニーマート?」
サニーマートは地元の卸売市場の名前である。
「なんの用だよ」
「なんでも野菜の大量注文に関する見積りがどうのって・・・」
「はぁ?なんだそれ。うちは八百屋じゃねーって言っとけ!!!」
「でも、うちから要請があったって・・・」
「知るかそんなもん!!」
その半ば八つ当たりの剣幕に負けて杏里が事情を説明できないでいると、前場も「じゃあ私が何とかしておきますから」と会釈をして出ていった。
・・・もっともここでニタが咎めなかった事がその後、またとんでもない事態を招く事になるのだが、それはもはや置いておいて・・・。
超巨大鍋興行にBBSの女児塾吸収問題、野菜の注文に龍子の奇行、そしてこの塾長室のアリサマ・・・。
いずれも今日、急に浮上してきたものばかりである。
すべては意味不明で、いったいなにが原因でこんなことになったのか・・・。
「うー・・・ん・・・」
疲労を極めた頭の中で、誰一人として美衣奈まで思考がたどり着く者はいない。
その中で一番先手を取ったのが、どうやらファイトマネーで一物あるニタだった。
「まず、鍋のことを解決するか・・・」
「ニタさんずるい・・・」
声にならないつぶやきでニタを毒づいたのは気絶をしたままの美幸・・・。
語弊がある。・・・「気絶をした「フリ」をしたままの」美幸であった。
インチキ帝王美幸は、完全にバトルロイヤルと化してしまったこの場を納める事ができないと判断した瞬間、踏まれないところによろけてたぬき寝入りをして様子をうかがっていた。
が、その後、ぽつりぽつりと浮上してくる鍋の話は自分にとってあまりに耳が痛い。正直、起きるに起きられない状況にある。
「ニタさん。ボク、お龍さんとものすごい大きいナベ買ってきちゃったんですけど・・・これがその領収書・・・」
杏里の声にニタが大げさに反応する。
「なんだそりゃ!!・・・おいお龍!起きろコラ!」
どうしよう・・・。
美幸は息を潜めながらひたすら狼狽している。
この話は早かれ遅かれ、自分の元に行き着くことは間違いない。
多々の行き違いや勘違いがあったにせよ、混乱の中心が自分である事に揺らぎはなく、結果がこの塾長室であり、あの鍋であり、サニーマートの田淵さんなのである。
感情的に責任は避けられそうにないし、その罪は限りなく重く感じられた。
何とかしなければ・・・。
「だめだ。完全にノビてら・・・」
「そういえば、お龍さんは美幸さんから聞いたって、ボクは聞きました」
「ミユッキーだと?」
しまった・・・。と思った矢先、、
「あの~ニタさん」
いつ起きていたのか、糸織が能天気な声を上げた。
「実は~、その話、でまかせらしいです~」
「しおりん!知ってるんですか!?」
驚いて身を起こす美幸。
舞から聞いたか!?事実を知っている人間がもう一人いるということか!?
「おぅ、お前も起きたのか」
「あ・・・」
しまった・・・起きてしまった・・・。
「くっ・・・」
もう後には引けない。
反射的に勝負所である事を悟った美幸がコホンと一つ咳き込み、姿勢よく座りなおす。
そしてとうとう・・・インチキ帝王が動いた。
「しおりん「も」、がりーに聞いたんですか?」
「あ、うん。そう」
「なんだ、じゃぁあいつか・・・」
「あ、そうじゃないんです」
そのまま舞に擦り付けるだけでは、あの口下手の彼女を呼ばれた時点で終わってしまう。
美幸は反射的に周囲を見回した。今ここにいないのは美衣奈、舞、香澄、それに千代、黒子、杏子・・・。
では・・・。
・・・彼女に全視線が注がれる中、脳で、というよりも脊髄反射で言葉をくみ上げた美幸が、ひどく切れ切れに話し出した。
「実は・・・みーなさんが、ちぃさんに、闇鍋の話をしてて・・・してましたよね?」
「ああ、うん。ずぅっと前ね」
「えっと・・・寒くなって来たから、みーなさんが、がりーさんに話して・・・杏ちゃんに話せば張り切るかもなーってところで・・・張り切りますよね。そんな話聞いたら」
「ハリキリますよ。ボク、鍋買ってきちゃったくらいですから」
「それで・・・私も張り切ってるものだと思って、杏ちゃんも・・・と、お龍に話したらお龍が張り切って・・・」
大事なところはうまくぼかして説明すれば、そのテンポの悪い説明をニタが面倒くさそうに遮った。
「そんなことはどうでもいいんだよ。あたいは暗黒ナベなんて提案者が一番重罪だと思うね。お龍にナベを買ってこさせる発想をさせた奴」
「う・・・」
自分ではないか・・・。
「あの・・・」
「なぁ美幸・・・。お前なのか?」
「わかりました・・・」
今までの歯切れの悪さはどこへやら、すっと立ち上がる美幸。
「本当のことを話さなければなりませんね」
「なに!?」
・・・と、誰も声にこそしなかったが、その目が一斉に美幸を見、そう語りかける。
膨らむ期待にも似た静寂。
そして
「実は私・・・」
・・・その後微妙な間が入る。文字の羅列だとその微妙さを伝えられないのが歯がゆいが、そういうわけでその間の分、無駄に字数を重ねてみる。
・・・そして、胸に詰めた息を美幸が吐き出した時、その音は確かにこう告げた。
「・・・黒子さんに、聞きました」
「ええええ!?」
予想だにしない名前に、場は再び騒然となった。
・・・さて、彼女はその後、饒舌な二匹のお供を従える黒子との口裏あわせを行い、支倉千代をも巻き込んで壮絶な逃走劇を繰り広げることになり、一方ニタもニタでファイトマネーをめぐって混乱の度を深めていくのだが、この話はここで閑話休題としたい。
というのも今回の話は、「女児塾内の日常(!?)と各メンバーのイメージ」を私なりに切り取った大いなる余談であり、この物語が1年で終わる契約である以上、そろそろ話を本線に戻したい。
一ヶ月も力を注いでいるうちに美衣奈のを取り巻く環境もまた騒がしくなってきているのもある。要望あれば日を改めてこの混乱の続きを書くこともあるだろうが、ひとまず閑話休題である。
いつもは美衣奈ばかりを追っている私だが、彼女を差し置いても女児塾という場所が、語るに尽きないネタの宝庫として読者の記憶に残ってくれるようであれば、このエピソードの用は達したことになる。いかがだろうか?
・・・いかがだろうか?
って言われてもねぇ・・・(大笑)
言い訳してるとおり、1年でこの話を終わらせるのが契約?だったので、尻切れで終わっています。
書き足そうと思いましたが、今書いてる長編の推敲で現在手一杯です。ごめんなさい。(どーでもいいヨネ?(笑))




