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第40話:美衣奈の応援歌

9年前にはほぼストリートシンガーは絶滅していましたね。本厚木の駅には。

今は三味線弾いてるじいさんがいます。(実話)

「アルジェリアー、あるじぇりあー、ジェリアがないのが、ないじぇりあー。

ジェリアは何かと思ってみたけど、辞書にも載ってはいなかった」

「・・・・・・・・」

「・・・これが一番」

「なに!?・・・今のは歌だったのかよ!?」

「そうだよ。名前も作ったんだ。・・・「美衣奈と不思議な世界地図」」

「・・・・・・」

9月になったとはいえ、まだまだ暑さを伝えてくる「塊」が溶けきっていないような感のある夏の夜。美衣奈は今日も一生懸命である。自分も音楽の話ができるようになれば、より彼に近づける・・・作詞の才能は別にして、その努力は涙ぐましいともいえる。


「もちっとリズム感が出てくるといいな」

で、肝心の敬二郎の反応だが、これもなかなか悪くはない。彼はその凄まじいともいえるセンスをいちいち受け止めてアドバイスをした。

「ギターやってみたら?お前」

やってみたい。

誰かの歌に「興味の対象なんて恋愛相手の好みによっても変わる」という歌詞のくだりがあるが、ギターは今、美衣奈にとって一番の関心事である。

それに、プロレスとは直接関係ないはずの「ギター」という代物は、奇遇なことに女児塾に限っては興行の大切な柱の一つとなっている。自分ができるようになれば、ニタなど、経営に携わる者にとっては喜びの種になろう。

まぁ実際そこまで彼女が考えたかどうかは別にして、いずれにしても彼と共通の話題の持ちたい美衣奈はしかし、ノド先まででかかった「教えてよ」という言葉を飲み込んで

「いまはいいよ・・・」

と、かぶりを振った。自分にはギターなどできない理由がある。

もっともそれを察しているのか、敬二郎の次の言葉は少しも残念がっていないのだが。

「まーな。美衣奈は今、プロレス全開だからな」

「うん」

苦笑いを浮かべて見せる。

そんな、常に寄り添う小さな妖精の微笑が、彼にはただ心地よかった。


たまたまかもしれないが・・・。

もはや本厚木の駅にストリートシンガーなど、ほぼ存在しないといっていい。

・・・筆者がたまに通りかかる今の厚木の風景の感想である。

小さなラジカセを路上に置いたヒップホップ系ストリートダンサーをちらほら見るくらいで、「ゆず」のメジャーデビューから一時期は爆発的に増えたストリートシンガーも今ではすっかりとナリを潜めてしまったようだ。

そんな中で一人ギターをかき鳴らして自分の世界を歌っている敬二郎である。美衣奈の存在が如何に自分を救ってくれているか・・・言葉でこそうまく説明はできないが、そこに好感情が芽生えないわけはなかった。

「今日は美衣奈の応援歌を作ってきた」

「え!?」

敬二郎がちょっと照れたように微笑を浮かべて、ギターを一度かき鳴らす。

「曲はパクリなんだけど・・・題名は「炎のファイター魔女パピヨン」」

そしてもう一度、はじめの音を確かめてから、一気に彼の右手が走り出した。・・・と、

街を泳ぐ人々の中にはその前奏で懐かしさを覚えて耳が動いた人もいる。

その誰もが足まではとめようとはしなかったが、その脳裏では皆共通に「M・u・s・c・l・eマッスル!」・・・の音頭が浮かび上がっていた。


どうやら彼女の応援歌は、「キン肉マン」の替え歌のようだ。


ひたいの稲妻 マットを焦がす

今日の勝負は 並みじゃないぜ

でかい奴には 勝てないけれど

若さだけなら 負けないぜ


ひ弱な蝶々の まなざしが

倒れるたび傷つくたび

強くなっていく


KICK!常識破りのJUMP!サーティーンファイター

あーお遊びはここまでだ!

ATACK!ラスト5秒のFIRE!哀栖クライマー!!

奴は奇跡の 魔女パピヨン!!


・・・しかし・・・ギターという楽器には恐れ入る。アレンジしだいで、何でもかんでもかっこよくしてしまう。もちろんほかの楽器にもそういう要素はあろうが、ギターは群を抜いている気がする。

ともあれ・・・。

「ふわぁぁぁ・・・」

アニメソングをこれ以上ないくらいにかっこよく歌いきってしまった敬二郎に、美衣奈はただただ感動するばかりであった。いや、こんな書き方では語弊を生むか。かっこいいかどうかなどはどうでもよかったのかもしれない。

「いやぁほんとはよー、「せいんと星矢」にしようと思ったんだけど、キン肉マンのほうがプロレスっぽくていいかなって思って」

「うん!ありがとう!!!」

敬二郎の弁明めいた言葉などはおそらく聞こえていまい。それくらい興奮している。

うれしい、うれしい、うれしい!!

人間の思考は高ぶれば高ぶるほど単純にしか働かないらしい。

美衣奈の頬は何がうれしいのかもよくわからないほどに上気し、その心臓の鼓動はまるでパレードでも行っているかのように弾んでいる。

「ニタさんに頼んで、今度から入場はこれを使うよ!」

「じゃぁ、今度録音してきてやるよ」

「うん!ありがとう!!」

我が最良の日を得た・・・一生分の喜びを得たかのようなはしゃぎようには、さすがの敬二郎も少々狼狽の色をみせている。


帰り道。

「よかったな、美衣奈」

スキップせんばかりの勢いで悠々帰る美衣奈に、ピノは皮肉なしの言葉をかける。

「しかし敬二郎のやつもよっぽどのゲテモノ食いだなぁ」

前言撤回。

・・・しかし美衣奈はともかくピノさえも、まるで相手の心を完全につかんでしまったかのような意気軒昂ぶりである。

「ピノも浅海君としゃべれる日がいつか来るといいね」

「・・・あぁ・・・」

ピノの声が曇る。

彼は表情を変えることがないので、顔でその心を推し量ることはできないのだが、その後の沈黙が決して明るいものではないことは美衣奈にはわかった。

「どしたの?ピノ」

「なぁ・・・お前さ・・・」

自分の意思と無関係に動く右腕が、自分の顔のところまで跳ね上がる。彼の視線が、暗がりの道で美衣奈を捉えた。

ちなみにピノが自分の意思で美衣奈の目線まで上ってくることなど珍しい。美衣奈は、まるで酔いから醒めたかのように立ち止まり目を見開くと、彼が続ける言葉を待った。

「ギター・・・」

「え?」

「・・・ギターを弾かないのは、俺がいるからかよ」

「・・・・・・・」

今度は美衣奈が黙るほうであった。


「ちっがうよピノ」

だがやがて一笑に付する美衣奈の声が、ピノとの会話として事足りるよりもはるかに大きくその場に舞った。

「今ギターにまで手ぇ回んないでしょ。さっきも浅見君が行ってたとおりだよ。あたしは今、プロレス前回なんだから」

「字が違えよ」

「プロレス全開!!」

少し掛け合いをすれば美衣奈の表情は和らいでくる。

「それにさっきだって、「「今は」いい」って言ったじゃん。あたしだってやる気だもん。そのときは手伝ってくれるでしょ?」

といいつつ、右手に力を入れてみようとするが、それがかなわないことなどは物心ついたときから知っている。

「・・・・・・」

ピノの目が無機質に自分を見つめている。そして何か言いかけようとした時、美衣奈が先んじる。

「今度の試合もがんばろうね」

美衣奈は、彼が変なことを言い出すのが怖かった。

「ね?」

「そうだな」

うれしい。

少女から、幸せそうな笑みがこぼれる。

それは、さっき敬二郎の前で見せた「うれしい」とはまた違う、静かな幸せであった。

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