第4話:初戦を終えて(負け犬女前編)
大日本女児塾は神奈川県厚木市にあります。
なお、繰り返しになりますが、10年前の作品です。街の光景など、若干違いがあります。
小田急線本厚木駅の北口は、地元では「栄えているほう」という異名を持ち、神奈川県の流通の一拠点である厚木市の中心部である。
不夜城であるこの場所は夜が更けても人の波が消えることはない。ある人はその波に任せて泳ぎ、ある人はとぐろを巻いてよどみを作り、そしてある人は流されないように必死でもがく・・・。まるで人間の生き方の縮図のようであるが、その流れを嘲笑うかのように七色のネオンと街灯が暗いはずの街を無理矢理白く照らしだしている。
・・・もっともこんな風景自体、最近の都市圏の駅では別に珍しくもないが、ただし美衣奈にとってはこの信じられないくらいの明るさは未知の体験であり、同時に今の自分の唯一の救いであった。
さて、こんな時間にこんなところで街灯に照らされているのは他でもない。もともと女児塾の寮から抜け出してもアテなどはないのである。
つくづく後先を考えないというか、この行動力には正直、筆者自身も脱帽するが、とにかく資金力もないわけだから、彼女の瞳に「明日」が映るまで、とりあえず場面がここから動くことはあるまい。
「家出少女!」
「うるさいなぁ・・・」
でも家出ってきっとこんな気持ちになるんだろう。何もできず、何もすることもなく、広い、一面灰色の空間に一人ぼっち・・・。
「なぁ、今回はお前も良く頑張ったと思うぜ。でもまだ時期じゃなかったんだよ。おとなしく家に帰ろうや」
「絶対嫌だよ!あたしはホグーツに行くの!!」
今、交番に駆け込めばきっと家には帰れる。でもここで帰れば確実に魔法学校への夢は断たれる。
「・・・絶対・・・いやだよ・・・・・・」
・・・・・・。
なんだか、帰りたくないのはその理由だけじゃない気もする。
それがなんなのか、なんだかもやもやしてわからないが、何にしてもこのまま何も得られずに家に戻ることだけは絶対に了承できない。
「じゃあ・・・やっぱ、糸姉んとこ戻るっきゃないよ」
「え?」
糸姉とは糸織のことである。「しおり」なのに、字面だけ見て「いとねえ」。
「だって・・・ピノ言ったじゃん。プロレスなんて無理だって・・・」
「いや、無理だがね。このまま東京に残ってホグワーツ探しをするんなら、それしかねーだろ。ほかにお前なんざに食う寝るところと金をくれるところなんかがあると思ってんだよ」
「だって・・・無理だよ・・・」
「うん。無理だよ。多分死ぬね、首かなんか折って」
「じゃぁ!!」
「でもな、お前のやりたいことは今のお前にとっちゃ、命かけるでもしないと実現しない夢なんだって」
「え・・・・・・?」
・・・しばらく前が見えなくなる。
美衣奈はここではじめて、自分の夢と現実の重さを真剣に考えなければならないことに気付いたのである。
いのちをかけるゆめ・・・?
・・・夢はホグーツに行き魔法使いになること。そのためにはお金を稼がなければならない。お金を稼ぐためには死ぬほど危険な世界に身を晒さなければならない・・・。
いや、彼女の場合は夢も素頓狂だし、その年齢と条件や境遇ゆえ、そこまでゆく過程もまた極端ではあるのだが、「夢を追うこと」というのは本来そういうものなのかもしれない。出口の見えない「実現」というゴールに向けて自分のすべてをつぎ込むことができるのか。もしかしたら出口などない未来に自分の半生を賭ける覚悟が本当にあるのか・・・を問うことなのである。直接的でないにしても、命を賭けることに変りはない。
それは、取り返しのつかない人の一生の中ではいかにも重い。
だから皆、夢を諦めるのだ。
「ピノ・・・」
どれくらいの時間、考えていたのだろう。まるで時がとまったかのように少女は
長い間、指一つ動かさなかった。彼女は彼女の精一杯でいくつもの思いを交錯させていたはずだ。
そして今、親友の名を呼び・・・それからまたしばらくの時間が流れ・・・やがて決心したようにうなずいた。
「・・・わかった・・・交番に行く」
そう思った途端、彼女の目にはこの街が急に自分の居場所でない気がしてくる。
ちょうど朝、夢から覚める瞬間の、あの浮きあがるような感覚・・・そんなまどろみの中で、まるでテレビ画面の中のように遠くなっていく光景・・・。
その夢が完全に覚めきる前に、せめてもう一度、ちゃんと見ておこう・・・そう思った。
駅ビル、ロータリー、街路樹、その町並みを奏でるストリートシンガー・・・そして、星の見えない都会の空・・・そして・・・。
・・・・・・。
・・・さようなら・・・。




