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第38話:アーバンチャンピョン

35~39話まで、物語の流れとは関係ないエピソードが続きます

この世界を気に入ってくれた人だけ読めばいいと思います。


38,39話、特にマニアックです。

読みにくいし省いてもよかったんですが、まー読むか読まずかはわたしが決めることじゃないんで、一応「美衣奈の成長」ってとこで読んでくれる人がいたら「ついでに」くらいの気持ちで読んでください。

もったいないなぁ・・・。

とは、美衣奈のスパーリングを脇で見守る、左藤師範代の口癖である。

今まではすばしっこいなどといっていた、瞬発力の高さと反応の良さ、動体視力は、ここ数ヶ月でさらに研ぎ澄まされ、正直大人の試合に出てもまるで遜色がない・・・いやそれどころか、相当の修練者でも受けに入った彼女をとらえることは難しいと思われる。それほどの逸材に成長している。

なのに・・・。

攻撃がどうにもいけない。まぁ、13歳のしかも女の子だから、仕方ないを言いはじめればその通りなのだが、数ヶ月前にも言った言葉がそのまま生きる。・・・つまり、身のこなしとのギャップが、どうにもこうにも「もったいな」かった。

打撃で使い物になるのはいまだに「哀栖」だけである。いや、「哀栖」に関してだけ言えば、その使用タイミングや正確性は他の攻撃に比べ飛びぬけて向上しており、相手が素人ならば、それだけでも十分戦えるというレベルにはなっている。

だが、格闘技の師範代となれば、彼女の可能性に「もっと」を期待してしまうのも無理はなかった。


「美衣奈ー。攻撃してきなよー」

組手の後、苦笑混じりにタオルを放ってよこす琴。

彼女が攻撃に転じて来てくれないと、どうにも攻撃が当たらないのだ。

「だって、攻撃した瞬間、狙うんだもん」

「だって、そうじゃないとあたらないんだもん」

そう、これが、美衣奈に更に他の攻撃を萎縮させる原因になっていることは分かっていた。美衣奈の攻撃は「哀栖」を除いて中途半端だから、その隙をつくのは琴のレベルなら訳がない。なまじすべての攻撃を避けられるために、わざわざ危険を冒さなくなってしまうのである。

まぁもっとも、その中途半端な攻撃が当たるようになったところで、実戦では使えないから、これは相応の打撃が出せるようになってからでよい。やはりこの少女に攻撃方法を指導するなら、「哀栖」のように、体重を乗せざるを得ない攻撃で、難しくても効率の良いものがいいだろう。

美衣奈の瞬発力を活かしたもので、その条件を満たせるもの。

・・・彼が選んだのは鳩尾みぞおちへの攻撃であった。


「阿磐チャンピヨン」

漢字の読みは「あばん」である。

その昔は、「あーばん」などと間延びしていたようだが、左藤が師範代になる頃にはこの技はもっぱら「あばん」と呼ばれていた。「哀栖」とは違い、八掛神獣の名ではないが、この「阿磐」も中国に伝わる伝説の豪腕男から名を得ている。

痩せ枯れた北方の村の民のために、その豪腕を惜しみなく奮い、畑を作り、治水をし、賊から村を守ったという。

彼は外敵から村を守る時、その優しさゆえに顔面を一撃で吹き飛ばす力を持ちながらそちらは牽制程度にとどめ、跡が残らぬ腹ばかりを狙ったそうで、・・・伝説なので色々な疑問も残るが、とにかくそんな理由から鳩尾を狙った殺傷力が高めの突きにこの名前がつけられたらしい。

「阿磐はですね。いわゆる日本拳法の縦拳に似てます。ですけど、拳じゃないんですよ」

手を開いて、全部の指を第二関節で曲げる。その指はしっかりと手のひらに密着させ、親指がその曲がった人差し指をおさえるように包む。

すると縦の拳よりもずいぶんとスリムな拳が出来上がる。

「これを使ってピンポイントで鳩尾を狙うのが「阿磐」の大前提です」

部位を小さくすることにより打撃の圧力を集中させ、小さい力で大きな効果を得る・・・それが狙いである。

「それと、拳をこうすることによって、防御がすごくしにくいんですよ」

防御は通常両の腕で行う。実戦でもこれはなかなか有用な盾になってくれるのだが、ただし、その盾には守る個所に、得手不得手がある。

肘から下と、正中線・・・すなわち真正面を向いた時の体の中心を縦に通る線・・・は、その他に比べて手による防御が難しい。これは、ヒジの動く範囲がイコール力を入れて手で防御できる範囲であることに由来する。

右のヒジと左のヒジを体の中心であわせようとすると、多少の筋肉の抵抗を感じると思う。その抵抗のため、一番急所が集中する正中線に、縦に長細い防御の死角が生まれてしまうのだ。

「普通のパンチならそれでも反応できるんですけど、「阿磐」のような形の拳だと、ちゃんと踏み込んだ時の防御は・・・難しいですよ」

しかも狙うのは急所だから、確実にダメージはたまっていく。いや、素手ならば相手が身を翻しても、肋骨、または肝臓に入ればダメージは相応だ。

「まぁ「哀栖」と一緒で大切なのはタイミングなんですけどね。結局」


さて、そろそろ「阿磐」の具体的な説明にはいろう。

攻撃部位は抜き手に似ているが、それよりも遥かに指への負担の軽い指の第二関節を使う。

「阿磐」には、ひじを上半身に密着させて攻撃部位を固定してしまう短距離砲と、逆に目いっぱい腕を伸ばす長距離砲があるが、どちらにしても体を低く構え、短距離走の走り出しの要領で目標めがけて大きく踏み込む・・・というか飛ぶ。

短距離砲は言うなれば「打撃部位のある体当たり」であり、単純なだけに、相手に反撃の余地を与える間もなく攻撃地点に到達することができる。ちなみにこれを包丁などの刃物に持ちかえると、最も殺傷力の高い持ち方となり、刑法上でも最も罪が重いことで知られる。引き手(打撃とは逆の手)は手首に添える。

一方長距離砲はもうちょっと打撃に近い。

一歩でさらに手を伸ばしてぎりぎり目標に到達できる間合いから踏み込む。打ち手を半身の奥にかまえ、踏み込みながら伸ばしきった時がちょうど目標に到達している時であるように調節する。打撃点が半身の奥に構えてあるために相手は距離が極端に掴みにくいため、短距離砲に比べれば避けることは幾分容易だが、そこから反撃の糸口を見つけることは難しい。ちなみに引き手は目いっぱい後ろに引き、作用反作用を利用して、打撃スピードを高める。頭は本来は目標を見るが、場合によって下げ、打ち手に隠し、万一の反撃に備える時もある。ちなみに先ほど左藤が「日本拳法の縦拳に似ている」といったのはこちらの長距離砲の方で、拳法ではマッハパンチといわれるほどに撃ち出しが早い。ただし、拳法は前手で、阿磐は奥手である。

長距離も短距離も、正中線・・・つまりへそが完全にこちらを向いている時しか狙えない事が問題といえば問題だが、「哀栖」のタイミングを見極められる美衣奈である。その瞬間を見計らって飛び込むことはそんなに難しいことではあるまい。

「どちらも大切なのは距離感です。「哀栖」に比べれば殺傷性は劣りますけど、その分隙は少ないですからね。美衣奈さんの瞬発力なら、かなり有効な技だと思いますよ」

殺傷力は劣るとはいえ、全体重を乗せた針のような攻撃に正確になんども鳩尾を打ち抜かれては、ひとたまりもあるまい。

「そんなところです。じゃぁ、練習しましょうか」

まずはこの拳で飛び込む練習と、それができたらそれを正確に打ち抜く練習とそのタイミング。・・・そして、外した時の対処もかかしてはならないだろう。

「なんか、師範代のほうが楽しそうですね」

琴が茶化す。左藤はミットを手に取ると苦笑した。

「練習生が強くなっていくんです。そりゃ楽しいですよ」

指導する側にとっては、それこそが生きがいである。そういえば任天道の本練習でもこの人はいつも楽しそうだ。思い出した琴は美衣奈と顔を見合わせ、肩をすくめてみせた。

ところで、当の美衣奈は少し悩んでいるようだった。

「どうしました?細川さん」

「あの~・・・」

右手を見る。

「ピノがいるから・・・左手で撃っていいですか?」

「あはは、どうぞ」

そして美衣奈は、やっとのことで自分からうって出る打撃を習得しはじめたのであった。

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