第32話:ニタFOREVER....(後編)
少しだけ時間が過ぎた。のだと思う。いつのまにか、外はバケツをひっくり返したような雨が降り始めている。
美衣奈はふと、名前を呼ばれてそちらへ振り返った。
「ねぇみーな。何かあったの~?」
糸織だ。いつ来たんだろう。この混乱の真っ只中で一人、明らかに別の空気を形成している。いや、めずらしくDGも一緒だ。
「ニタさん・・・」
彼女に向けられた美衣奈の目は虚ろに濁っている。
「ニタさん・・・植物・・・」
「え?植物?」
「植物状態に・・・」
・・・・・。
「は?」
言葉を発そうとした美衣奈の目から大粒の涙がこぼれた。
「ニタさんが・・植物人間になっちゃうんだよーーー!!」
その勢いにまかせた声がむなしくジムに響く。
「は?」
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!!!」
「ちょ・・・ちょっと待って~!」
だが一度流れ始めた涙が簡単に止るわけはない。糸織がDGと顔を見合わせる。これ以上美衣奈に聞いても・・・。
「コラ!!!!パピヨン!!!!しゃきっとしろぉぉ!!!!」
と、思った矢先、雷のような渇を入れるDG。
彼女はそのまま美衣奈の身体を強引に引き起こし、言った。
「ほら、ちゃんと説明しろ。どうしてニタが・・・塾長が植物人間なんだ?」
しゃくりあげながら目をそらしていたが、やがて、
「ニタさんが・・・ニタさんが人殺したって・・・」
「え!?」
二人が顔を見合わせる。さっきまで所用でニタと一緒だったのだ。
「ひょっとして・・・あのなれなれしいファンかなぁ・・・」
その帰り、ニタは何人かのファンと称する男たちに囲まれた。そこで二人は先に帰って来てしまったのだが・・・。
「それで・・・麻酔銃撃たれて・・・米軍の・・・基地に・・・」
「なんだそれ・・・」
そのまま再び泣き崩れた美衣奈を尻目に、DGはため息を吐いた。
説明が断片的で、説得力に欠ける。情報の間違った伝達と言うのはこのようにして生まれ、時には末端の判断を狂わせるものなのだろう。が、今回に限っては、このあやふやな説明があまりに支離滅裂だったおかげで、逆にDGはまったく取り乱すことはなかった。
携帯を取り出す。
「ニタに連絡してみる」
手慣れた手つきで操作をすれば、ディスプレイがニタの番号を映し出した。
トルルルルル・・・というコールの音が・・・しない。
話し中のコールサインが通話の拒絶を意味していた。
「繋がらない・・・」
当然だ。美衣奈は思った。DGも混乱しているのだ・・・とも思った。
だが、一度耳を離すと再度ディスプレイを操作し、再び耳を当てるDG。
「え?どこ?」
思わずの糸織の声にDGの第一声が重なる。
「あぁ、ニタ?・・・なんか変なことになってるよ。いいから早く帰ってこいよ」
「え・・・?」
そして一方的に受話器ボタンを押して電話を切った。
「あの・・・」
最後に、「ニタ」の名前を聞いて反射的に顔を起こして呆けている美衣奈に言ったのかは知らない。
「心配すんな」
とだけ呟き、そのまま事務室の方へと消えていった。
小一時間後・・・。
あの龍子が飛び込んで来た時間にジムにいたメンバー全員が、塾長室にいた。もちろん龍子本人もである。
一同は横一列になり、ずらりと一点を見つめている。
一点・・・ニタの方を・・・である。
ニタはDGの連絡を受けるととにかくも女児塾まで急行した。この塾内では彼女だけが、自分のプライベート用の携帯番号を知っているが、この日この時間にこちらの携帯に掛かってきた事と、そのひどくつっけんどんな内容になにかあったのかと急いでみれば、例の混乱ぶりである。
さらに事情を聞けば、言葉も失うほどのオソマツなお話であった。
「あのさぁ・・・」
声からも心底呆れてる風が読み取れる。
「そんな荒唐無稽なハナシ、誰もおかしいとは思わなかったのかぃ!?」
「・・・・・・」
バツの悪そうな顔でお互い同士の顔を見合わせる反省組。
「だいたいねぇ・・・」
ニタの右手が焦点定まらずと言った風に頼りなく宙で踊る。何からツッコンでいいのか、さすがに困っている様子だ。
「まず、あたいが人を殺すわけないだろ・・・」
「・・・・・・」
だれもうなずかないところが少々不満だが続ける。
「それに、いくら警官ぶっ飛ばしたって、猛獣用の麻酔銃なんて使ってくるわけないだろ・・・」
「・・・・・・」
伝達ミスか、いつのまにか猛獣用になっている。
「だいたい!!そんな報告なら事務所にしてくるだろ!なんでお龍の携帯に掛かってくるんだよぉ!!」
「い、いや・・・あのーぅ・・・とりあえず塾長の携帯見て一番上に登録されてた人に掛けたので・・・っていわれたっス」
「あんたの番号なんて登録してないよ!」
「ヒ・・・ヒドイ・・・」
「もぅ・・・」
頭を掻いて深いため息を吐くニタ。
今日は本当に変な日だ。DGと糸織をつれての所用の帰りに変なファンに囲まれるわ、携帯に変な電話が掛かりっぱなしだわ・・・しかもこのどしゃ降りである。DGがこちらの携帯で我に返してくれなかったら、本当にキレて人を殺しかねないくらい、前に進めなかった。
「で?・・・もう報告はないの?」
そういったそばから、皆の目が泳いでいる。ニタがもう一度ため息を吐いた。
「あるのか・・・」
が、いままではだれともなく質問に答えていた一同から、ぱったりとその勢いが止む。
「なんだよ。この際だからいいな。もう何があったって怒りゃしないよ」
いや、絶対に怒る。というか、口を開いた奴は殺される。・・・皆にそういう確信めいたものが伝播している。とてもではないが、口にできない事実が・・・。
「あたいが笑ってるうちにいいなよ・・・?」
既に笑っていない。
「ふふふふふふふふ・・・」
真顔のまま、声・・・というかノドだけは笑っているような音を発しながら、ゆっくりと近づいてくるニタ。
その雰囲気に堪えられなくなったのが美幸であった。しかしものすごく切れ切れに話し出す。
「実は・・・その時に、塾長が、抗体を、打たないと・・・植物人間に、なって、しまうと、いわれまして・・・」
「いいからちゃんと話せ」
「あ・・・はい・・・」
深呼吸をする美幸。
「実は・・・それが日本にはなくて、アメリカから軍用機で送るために・・・あの・・・500万必要だっていわ・・れ・・・て?」
なぜか?マークをつけてみたりしている美幸だが、その意味を理解したニタの表情は凍り付いた。
「家に連絡したら、即時OK!・・・みたいなー」
その豹変したニタの反応に、思わずキャラが変わってしまう美幸。
「なぁ・・・」
「は・・はい・・・」
静かになる。それが怖い。
ニタはこの時、「うちに限って・・・」という防波堤と戦っていたのだろう。しかし確信した時、そんな堤は何の意味も成さなかった。
「振り込め詐欺じゃねーかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
叫ぶが早いか、受話器を取った。
だが、家の事を考えれば、今更そんな行為は無意味に等しいことは彼女にも十分に分かっていた。
というのも、二田の実家は、知識のない者ならば旧財閥系かと見まごうほどの超巨大企業なのである。500万円の価値を軽んずる親ではないが、娘のためなら厭うまい。
実際、峠は過ぎたとはいえ振り込め詐欺の被害総額も200億円を越している。当然実家も警戒はしていたが、女児塾の身内が掛けて来たのでは、正直、ひとたまりもない。
・・・などと説明を加えている間にもニタは怒り狂っている。内線つないで
「事務ぅっっ!!!!!あんたらも気付かなかったのかぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして受話器を叩きつければ、
「あんたら!!次のファイトマネーはないと思えぇぇぇ!!!」
一同は皆、台風が通りすぎるのを待つしかなく、いつ自分に雷が落ちるかと、おびえた小動物のように小さくなっているしかない。
ただ一人・・・美衣奈はそんな光景すら、微笑ましく思えていた。
ニタの家がそんな資産かであることは知る由もなかったし、まさか今回のことが詐欺だったことなど痛ましい以外の何物でもない。でもいいじゃないか。
だってニタが無事だったのだ。自分はそれだけで満足・・・。
「パピーー!!!!!!!!!なに笑ってやがるぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「はいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
・・・ニタの怒声と雷の落ちる轟音が、見事に重なっていた。
振り込め詐欺のデータは9年前のものです。




