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第31話:ニタFOREVER....(前編)

この物語の背景をほぼ何も知らなくても内容がわかる唯一に近いエピソードです(笑)

一面に雨雲が覆い、いつもよりも空がずいぶんと低く見える夕べ。

「みんな!!大変っス!!!!」

転がるようにジムに駆け込んで来たのは龍子だった。その形相には微塵の余裕もみられず、まるで深海から命からがら浮上したかのように息が荒い。

「どうしたの!?龍子さん!」

言葉を拾ったのは美衣奈だが、他の塾生達も一斉に稽古を中断して耳を向けた。

「じゅ・・・塾長が・・・!!」

息が続かず、そのまま膝を折り4つんばいになる龍子。いつものジムの喧騒はどこへやら、いまはただ、その荒い呼吸の音だけが、静かに場を緊張させている。

「塾長が?」

美幸が、落ち着いてと言わんばかりにゆっくりと言葉を促した。

「人を・・・」

「人を・・・?」

「殺したって・・・」

・・・・・・・・。

「え~~~~~~~~~~~!!!!!!」

各それぞれの反応はさまざまだったが、その中で一番大きな声を出した誰かの驚愕が、その場を物語る。

そのまま凍りついた。さながらその瞬間を切り取った写真のように皆が皆息を詰め、次の言葉も出せずに、その場に立ち尽くす。

「ほんとうか?それ・・・」

ようやく舞の声がした。龍子はぎこちなく耳に手を当てて電話のジェスチャーをして、

「い・・・今電話が・・・!」

「でも、ニタさんが・・・まさか・・・」

続く美衣奈の声には皆が反応した。

「いや、ありえる」

「ありえる」

「ありえる」

「殺るね。あのヒトなら」

「そんなぁ・・・」

「で、今どうなってるの?」

ようやく思考も回復して来たようだ。皆が状況を知るのに身を乗り出せば、龍子の方も息を整え、立ち上がった。

「何でも・・・駆けつけた警官もぶっ飛ばして、結局機動隊の強力な麻酔銃でしとめたらしいんスけど・・・」

猛獣かニタは・・・。

「その銃が米軍製で、抗体を打たないとそのまま植物状態になるらしいっス!」

「ニタさんが!?」

美衣奈が悲鳴に似た声を上げる。

「ところが、それが今、日本で切らしてるって・・・」

「じゃぁ、まさか・・・」

「最後まで聞くっス!」

動揺する美幸を龍子がきつくたしなめた。

「・・・今、座間キャンプに収容されてるっス」

・・・その時、龍子のふところから「燃えよドラゴン」が流れた。どうやら携帯の着信音である。

「あ、もしもし・・・はい・・・龍子っス」

今まで共有した緊張が、この電話によって龍子とそれ以外に分けられた。

「まさか・・・ニタさんが・・・」

人を殺したなんて信じられない。いや、今はそんなことは記憶の彼方である。ニタさんが・・・あのニタさんが植物状態・・・?

「大丈夫ですよ。美衣奈さん」

美幸が、美衣奈の肩にそっと手を置く。だがその手も、冷たい汗でじっとりと濡れていた。

「そうっスか・・・分かりました・・・」

そして電話が切れれば、もとの緊張が再び龍子にそそがれる。

「いまの人は座間キャンプの担当医からっス」

「なんだって?」

「そちらの認可が下りれば、すぐに米軍が軍用機で抗体を運んでくるって」

「認可って?」

色々な声が飛んでくる。

「うちの認可っス。なんでもそれは正式な医療手続きじゃないんで、保険とか、そういうのがきかないらしいくって、軍用機の航空燃料代も含めて、こっちが出さなきゃいけないらしいんス!」

「いくら?」

少し言うのをためらう龍子。だが口を開いた。

「・・・500万」

・・・・・・・・。

再び凍りつく空間。

「500・・・万・・・?」

美衣奈の声が震えている。

「とにかく、いまから塾長の実家に連絡するっス!」

再び携帯の画面を覗き込む龍子。

そのディスプレイの向こうには、不安でとけてしまいそうな面持ちの美衣奈が、呆然とたたずんでいる。

・・・。

・・・ショクブツジョウタイ・・・?

・・・・・・。

否が応にも、ニタの顔が浮かんでくる。

厳しいけど、ぶっきらぼうだけど、優しいニタ・・・。時に自分を、そのたくましい心で暖かく包んでくれるニタ・・・。

美衣奈にとって、ニタという存在は大きい。限りなく大きい。以前にも述べたが、母親を幼くして亡くしているから、彼女はいわば、その替わりのような強大な地位を占めている。いなくなるなんて・・・二度と話すことができなくなるなんて絶対認められない!

でも500万・・・500万円なんてお金・・・。

「だめっス!留守っス!」

絶望を助長するような龍子の声。

「携帯とか知ってる人いないですか!?」

明らかに動揺を隠せない美幸の声。

「寮に戻る」

「事務室の方が早いっス!」

「ちょっと行ってくる!」

「二田さんの携帯は!?」

「つながらない!!」

声、声、声・・・。

近くで飛び交う声たちが、すごく遠くに聞こえる。軽いめまいすら覚えた美衣奈は、気がつけばその場にへたり込んでいた。

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