第30話:本厚木朝焼物語Ⅱ
「ねぇ・・・いとねぇ・・・」
「ん~?なに~?」
とんでもなく間延びした会話が、この地味に蒸し暑い季節を表現しているようだが、じつは単に最近の夜中に常習となっている、140%おくつろぎモードの美衣奈と糸織である。
いつも美衣奈は任天道の道場からの帰宅後、糸織も何をやっているかはわからないがとにかく帰宅後、週に3日くらいは24時を回ったところでこの光景が見られたりする。何をするでもなく、お菓子を広げて、ごろごろごろごろ・・・場所はもっぱら糸織の部屋であった。
美衣奈が足繁く糸織の部屋に向かうのには、憶測だがきっと彼女の生い立ちに原因がある。
美衣奈には兄弟はなく、親は美衣奈が幼い時に二人とも事故で亡くなっている。一応叔父に当たる人物が父親代わりになり彼女を育てていたが、とにかく彼女の回りには基本的には誰もいなかった。今はその父親とも離れて一人東京にいる。
その境遇から、ただでさえ人とのコミュニケーションがあまり器用ではない美衣奈にとって、なにをも拒まない糸織を特別な存在としてみていることは間違いなく、もっといえば、彼女に「家族」を求めているのかもしれない。
もっとも、美衣奈自身、表面的にはその事に気付いてないようだが・・・。
だが、今日に限っては、単に安らぎを求めて来たのではないようだ。
「浅海君のライブって・・・楽しかった?」
「楽しかったよ~」
「・・・ふーん・・・」
彼女は今、糸織が敬二郎のことをどう思っているのかが非常に気になっている。
今日はそのために、いつもは糸織が帰ってから訪ねるところを、すでに帰る前から部屋の前で待っていた。
しかし気になってはいるが、直接はとてもじゃないが聞けはしないので、いつものように寝るまでのひとときにゆっくり羽を伸ばすそぶりを見せながら、あれやこれやと攻め手を探っていた。
「また見に行きたい?」
「あたしも弾けるなら行く~」
その答えは微妙だ。
ちなみに敬二郎と糸織は同い年である。共通の会話もあるし、容姿的にも自分は負けている。なにより、敬二郎の反応が、自分に比べても彼女の話題の時の方が格段にいい。
もし糸姉が、彼に特別な感情を懐いているとしたら、こちらは分が悪いのだ。
・・・・・・。
・・・?
・・・・・・分が悪い・・・?
行き着いた自分の考えに一瞬戸惑う。その言葉の意味以前に、なぜ自分はそんなことを考えているのだろう・・・。
まあいいか。その答えを見つける意味でも来ているのだ・・・そう言い聞かせて、彼女は続けた。
「糸姉は納豆好き?」
「好きだよ~」
よしよし。
・・・実は彼は納豆嫌いである。
「カラオケ好き?」
「大好き~!」
ええ~~!?
・・・実は彼も好きなのだ。ちなみに美衣奈はカラオケなど、行ったこともない。
ともかく、ハタから聞いていても絶対に無意味だろうと思われる情報に一喜一憂する美衣奈は、確かに、彼に惹かれ始めていた。
「糸姉はクロだな・・・」
部屋に戻るとピノが言った。
「やっぱそう思う?」
「だってあんな色と生地の薄いズボン履いたら透けるから分かるよ」
「あたしが言ってるのはパンツの話じゃないの!!」
「え?じゃあなんのことだよ」
「分かってるくせに!!」
そして数瞬の間が空き、ピノが呟く。
「うん・・・黒だよな」
「うん・・・そうだよね」
糸織のいろいろな情報を仕入れてきた美衣奈とピノの、それが結論だった。
先ほどの一連の質問から、どう筋道を立てるとそういう結論に行き着くのかはわからないが、美衣奈にとっては、自分が彼の事を意識するから他人も意識していると感じやすいのかもしれない。
糸織の本当の心は筆者にもはかりかねる。しかしその真実に関わりなく、とにかく美衣奈の中で生まれた「糸姉は敬二郎に気がある」という事実。・・・それが、その競争心が、美衣奈の彼への気持ちに拍車を掛けることとなる。
「・・・っていうわけなの。どうすればいいと思う?」
もはやその思いはもう一人の姉貴分である琴に相談を持ち掛けるほどになっていた。後日、道場帰りの出来事である。
「へぇぇ、モテるなぁ・・・敬二郎君」
「う~・・・ライブに連れてかなきゃよかったよー」
「だーいじょーぶだよ。たしかに糸織さんはきれいだし面白い人だけど、美衣奈だって十分かわいいから」
お世辞を言ってくれる。
「かわいくないもん。それに、浅海君は糸姉の話をすると喜ぶんだよ?」
「ん~・・・」
琴が困った顔をする。
この手の相談は正直苦手であった。元々淡泊な上に、恋は一度、中学の時に塾の講師に告白して玉砕した経験しかなかったから、そういう相談に関しての引き出しは極端に少ないのだ。他ならぬ美衣奈の相談なので無下にするわけにはいかないが、だからと言って気の利いた言葉が見つかるわけではない。
「じゃぁ、美衣奈の気持ち、私が言っておいてあげようか?」
「え!?・・・だめだよ!!絶対駄目!!!」
「糸織さんより、先に言っちゃった方がいいと思うよ」
「でも・・・」
もし・・・駄目だったら・・・。ただでさえ、現在は糸織がリードしているのだ。自分に有利な要素が見つけられないうちは・・・。
「絶対駄目だよ?浅海君に言っちゃやだよ?」
「わかった。言わない」
・・・結局どうしたらいいのか分からないまま、今日も彼のギターを聞いている。




