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第28話:星に願いを(前編)

勇気の出しどころというのは、本当に人それぞれだ。

例えば、ジェットコースターも乗れないのに、人と殴り合うのは朝飯前だったり、逆にめまいがするほどの高層からバンジージャンプができるのに、電車の7人掛けの席に6人で座っているところで、座りたいと声を掛けることができなかったり・・・。

それを「勇気」と言う言葉で一括りにしてしまうのはいささか乱暴だが、とにかく今、他人からは理解に苦しむところで、その「勇気」を振り絞ろうと躍起になっている13歳が、そこにいた。

「そこ」とは、女児塾一の知能派レスラー、早坂香澄の部屋の前である。

琴の望みをかなえてあげたい美衣奈はしかし、目の前にそびえ立つ扉を前にして完全に恐縮しきっていた。

ノックしようと近づいては、そのこぶしを胸元に戻して心臓の音を聞いていたりする。

踏ん切りが、どうしてもつかない。

そういえば、「踏ん切り」と「踏み切り」って漢字が同じだけど、語源は同じなんだろうか。

でもそれを言ったら「からい」と「つらい」の語源も同じになってしまうか・・・。

「何かご用?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

不意に向うから開いた扉。・・・元々緊張していた上に「からい」だの「つらい」だの油断していた彼女にとっては突然ミサイルが胸に打ち込まれるような衝撃だったにちがいない。

「大丈夫!?」

ちょっと揺らせば口から心臓が落ちてきそうなほどの驚きように部屋の主の方が思わず駆け寄るが、既に手後れであることを知る。

美衣奈は、泡を吹いて気絶していた。


どれくらい時間が経ったのか。目を開けた美衣奈には見覚えのない天井が見えた。

「あれ?」

自分に掛かっている薄いタオルケットも、今まで自分の頭を支えていた低反発枕も見覚えはない。しかしその先の、ベッドの端に腰掛けて、本を読んでる人には大きく見覚えがあった。

「あ・・・」

「・・・気付いたんですね」

本を置く香澄。

「びっくりしましたわ。いきなり泡吹いて倒れてしまうんですもの」

いやそれ以前に・・・、この少女が自分を訪ねてきた事に、香澄は少々面食らっている。

自分としては、パピヨンという少女には以前から多少の興味はあった。

が、対する彼女はまるで自分を避けているかような日常生活を送っている。

嫌われているのかとさえ思ってみたが、自分もあまりがっついて人間関係を広げようとはしないタイプだから、まぁいいかと彼女との距離を置いていた。正直、まともにしゃべったことがあるのは、あの例の興行の時のみである。

それが・・・。

香澄は彼女を見た。

一体いかなる用事だろう。

「・・・ココアでもいかが?」

「あ・・・あの・・・。・・・はい」

ここで、美衣奈の思考がようやく追いついた。

そうだった。香澄の部屋の扉を叩けなくて途方に暮れていたところで、いきなり出て来た香澄に驚いて・・・

「あの・・・あたし・・・ひょっとして気を失って・・・」

彼女のおどおどした口振りに香澄はほのかな微笑を浮かべると、

「顔色も良くなってきましたわね」

とだけ残して、一瞬美衣奈の視界から消える。程なく戻って来た彼女の両手には、やわらかい湯気が薫る、白いマグカップがそれぞれの手にひとつずつ、添えられていた。

「熱いので気をつけてくださいな」

半ばほおけたままの美衣奈がそれを受け取る。その、湯気の先のチョコレート色をぼんやり眺めながら、香澄のことを思う。

「思ったよりおっかなくねーな」

そう、ピノの言葉がまさに、美衣奈の気持ちを代弁していた。香澄の前なのでピノに言葉を返すことはしないが、静かに肯くことだけはした。

それからしばらく静かな時間が部屋に流れる。

このココアはどうもインスタントではない。カカオの香りがとても心地よく、味は言うまでもなかった。

「ちょっと甘さが足りないですか?」

香澄の問いに美衣奈は首を横に振って答える。

・・・しばらく、そんな時間が流れた。

彼女はなかなか声を発そうとせず、おかげで香澄の気遣いの声だけが時折、部屋に浮かんでは消えた。

こんな雰囲気は、人によっては耐えられまい。だが、彼女は決して美衣奈を急かせることをしなかった。いや、このままココアだけ飲んで帰っても、きっと普通に見送ったに違いない。

これが、香澄のリングとは違う、「もう一つの顔」なのかもしれなかった。


だが美衣奈もさすがにこのまま帰るわけにはいかないわけで・・・。

ためらいためらい躊躇して、水面下でピノとしばらく葛藤した挙げ句・・・。

マグカップから湯気が上がらなくなった頃・・・声は、不意に上がった。

「あの・・・早坂さん」

一方の香澄は、何かお菓子でも必要かと思案していた折であった。ゆっくりと彼女の方に振り向けば、彼女はまるで戦場に赴くかように思いつめた顔をしている。

「あの実は・・・お願いが・・・あるんですけど・・・」

「なんでしょう?」

受けた表情は微妙だった。やはり、ただ自分のところに遊びにきたのではなかったことに少しがっかりし、まぁ分かっていた事だと心で苦笑いを浮かべ、それでも彼女がこれから言うことに対して言いにくいことのないように表情を和らげようとする。それが、微妙な笑みとなった。

「あたしの友達・・・先輩に琴スケ先輩って言う人がいて・・・」

そして内容は、その微笑も掻き消えるほどに破天荒なものであり、香澄は思わず言葉を失った。

「・・・ニタさんに話は?」

その問いに、なぜかものすごく縮こまって防御体制を取っている美衣奈。

「・・・しました」

「なんておっしゃってました?」

「あ・・・あ・・・あの・・・!「いいんじゃないか?別に・・・」・・・って」

その答えに半ば呆れる香澄。

相手はどんな経験を積んでいようが、格闘を生業としているわけではないシロウトだ。もしも後遺障害などを残して訴えられでもしたら、その係争の結果がどうであれ、話題は全国に広まる。

当然、その波紋は女児塾の存続自体を危ぶむ原因となろう。

そして・・・前からつくづく思っていたことだが・・・それは、言ってみれば目の前の少女にも言える事であった。

いったいあの塾長はそういう危機管理みたいなことについて如何な見解を持っているのか・・・組織の中で彼女に近い自分としては一度しっかりと話をせねばなるまい。

とにかく、組織の自分としては、今回の話は当然反対せねばならない事柄であった。

ただ・・・

「任天道って、ぱっぴーさんが行ってる道場ですわね」

「はい」

興味がないわけではなかった。この子のあの身のこなしは、天性だけではとても説明はできない。彼女を育てる環境がいかなるものか、その片鱗がその琴という娘と戦えば分かるかもしれないのだ。香澄はプロとしてではなく、久しぶりにアマチュア的な要素で、自分の血が躍動するのを感じていた。

それに、テコンドーで戦える・・・というのも、もしかしたら錆びついた自分の心を潤し、女児塾での新たな方向性を見出せる要因となるかもしれない。

一個人、早坂香澄としてはやりたい。

・・・組織との天秤は頼りなく左右に揺れ動き・・・

「わかりました」

「え?」

その中で出した結論がこれだった。

「その、琴さんという方と一度お会いさせて頂けますか?」

見れば技量の程は、大体分かる。会って、その人柄も含め、試してみようか。

そこで相手にとって不足はないと思えば、やればいい。

そして心の底でそうであってほしいと、なぜか自然と願っている自分がいることに気がつく香澄であった。

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