第26話:本厚木朝焼物語Ⅰ
そういえば季節の表現が少ないですよね。
毎週土曜日にアップされ続けたもので、「実際その週にあったこと」としていたものなので、アップされた季節を前提に書かれています。
この頃は6月くらいだったかな・・・表現足りなくてすんません
「♪朝焼けがあの日の笑顔を映し出したら、僕らの思いは届くだろう。
明日の列車が出発するよ。何もないけど、ほら、出かけよう」
夜・・・。
敬二郎はいつものところでいつものように一人、ギターを弾いている。
いや、今日は・・・というか、最近は午後10時半を過ぎるとマスコットのような少女が隣に膝を立てて座っていることが多くなったので、まったくの独りではないか・・・。
しかし隣にいることが多くなったわりには、この少女は前よりもよそよそしくなった気がしてならない。・・・前とはいつだろう・・・何にしても、どうも子供の考えることは良く分からない。敬二郎はそう思っている。
もっとも、ストリートシンガーというのは、それこそ以前女児塾を抜け出そうとした美衣奈のように独りぼっちの寂しさに苛まれるものだから、隣に聞いてくれる人などがいれば、邪魔であろうはずはなかった。
今度そんな彼女の歌でも作ってみようか・・・弦を弾く指をぼんやり眺めている美衣奈を一瞥しながら彼のギターは8曲目に入った。
自分もギターが弾けたらなぁ・・・。
この時の美衣奈の心情は、それであった。
ギターなどまるで興味がなかった彼女が、今は必死で指の動きを追っている。まぁ、それを言い始めたら、プロレスなどは最たるものなのだから、東京に出てきた事は彼女にとって、人間を変えたといっても過言ではないのかもしれない。
しかし、それを踏まえても、美衣奈にとって、格闘の技術を習得したい願望と、ギターが弾けるようになりたい願望とでは、趣が異なる気がする。
美衣奈はあのライブの時、敬二郎と同じ空気を共有していた糸織がうらやましくてしかたがなかった。お互い会うのは始めてだったのに、ギターと言う接点が、二人をまるで旧知の仲のように見せていた。そういうつながりが、彼と自分の中にもほしい・・・自分のことをうまく表現できない彼女にしてみればなおさらだった。
彼女が、彼を気にしはじめていることは間違いなかった。
が、それが「好き」と言う感情かと言えば、今の彼女の感情はもっともっと微妙なものであると言わざるを得ない。
第一、ライブを境に生まれて来た彼に対する感情の意味が彼女にはわからないでいた。わからないから、もっと話してみたい・・・だから彼女は戸惑いながらも今日も敬二郎の隣の床を、自分の体温で暖めている。
彼は音楽の話になると饒舌になった。
バンドでメジャーデビューを果たして、10枚のアルバムを出す。そして、レコード大賞をとって引退して、今度はプロデュースをしていきたいそうだ。
聞けば聞くほど、彼の未来予想図は、まるで見て来た過去のように明確である。
「・・・なんだけど、途中でドラムのやつが問題起こして、慰謝料払うのに3年くらい苦労する、と・・・」
よく分からないことまで決まっているようだったが・・・。
「美衣奈はどうなんだよ」
「どうって?」
「将来はほんと、プロレスやるわけ?」
「だからぁ・・・もうやってるって」
プロレスと関わりがあることだけは、糸織の口伝てでようやく信じたのだが・・・。
「まぁいいよ。プロレスやってくの?」
「・・・・・・」
そういえばどうなんだろう。考えたこともない。
・・・自分は魔法学校に行きたいはずだ。だが、その夢はそれこそ魔法のように得体の知れない霧の向こうにある。上京してそろそろ半年になるが、その手がかりはいまだに掴めず・・・いや、調べる暇もない。
それより今の自分は、目の前に迫り来る毎日の壁を越えることで精一杯なのだ。
遠くの未来が見えようはずがなかった。
「わかんない・・・」
一つ言えることは、彼女は今の生活には、それなりに満足していると言うことだ。
さて、
美衣奈はその話をしていて、そうかと思った。
考えてみれば、自分にはプロレスがある。彼だって格闘技をやっているのだ。彼をプロレスに誘えば、あるいはそれが共通の世界となるかもしれない。
そう思ったら口が動いた。
「ねぇ、浅海君」
「なに?」
「今度、あたしのプロレス、見に来る?」
「おう」
「え・・・?」
あまりにあっさりした返答に美衣奈の方が面食らう。
「おう・・・って、いいってこと?」
「うん、そうだよ」
「だって、あたしのプロレスだよ?」
「お前が誘ったんじゃねーか」
「あ、そっか」
何かこう・・・自分の想像した展開と違う気がしてならない。
「え?いいのかよ」
「ホントはすごい恥ずかしいんだけど・・・」
「ハズカシクねー。期待してるよ」
「うん。がんばる」
・・・みたいなのがいいんだけど・・・。
「馬鹿だな美衣奈」
「うるさいなぁ・・・」
心を読んだとしか思えないピノの呟きに思わず美衣奈が声を上げる。その言葉を拾った敬二郎が振り向いた。
「え?・・・うるさい?」
「え?あ・・・いえ・・・なんでもないの」
普段の彼女ならこれで済ますはずだった。が、敬二郎に要らぬ勘違いをされるのを反射的に嫌う。その気持ちが、誰にも触れてほしくないピノの話よりも強く響いた。
「あのね、・・・これ、ピノっていうの」
「ピノ?変な名前・・・」
「ほっとけ」
ピノも反応した。が、その声が届いていないことを、美衣奈は知っている。
今までも何度か人の言葉に反応したことがあったが、一度も相手に声が届いたことはなかった。
「彼の声は自分にだけ聞こえる魔法の声なのだ」、と・・・彼女はそう信じている。
「ピノがね。・・・変なこと言うから・・・」
「お前の方がよっぽど変なこと言ってるよ」
「あはは!そうだね!」
妙なテンションで取り繕ってみる美衣奈。今まで何度もそうだったように、ピノが実は生きてることなど誰も信じてくれはしないのだ。勢いで紹介してみたもののそれ以上期待するものは何もない。
ちなみに、このピノについてはいずれその正体を明かすこともあるだろうが、とりあえず一言で言って、彼は彼女の言うような不思議掛かった物ではない。
「と・・・とにかく、試合、がんばるから応援してね」
「おう、勝ったらラーメンおごってやる」
良かった・・・。彼との会話が広がりそうである。
「そういや、しおりんも出るよな?」
「出るけど・・・」
「そうかぁ。そいつぁ楽しみだ!」
「・・・・・・」
なぜだかわからないが、彼の口から糸織の名前が挙がることに、なんとなく不快感を感じるようになったのは、その時からであった。




