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第24話:目標

新坂さん:23話の最後にやや描写しましたが、プロ2戦目で戦った外部の招待レスラーです。

「なに?・・・新坂さんとやりたい?」

塾長室で相談を受けたのはもちろん塾長の二田である。処理していた書類をトントンとまとめると、それをかたわらにおいて、高級皮椅子の背もたれから身を乗り出した。

「あんたが?」

「・・・はい」

女児塾のメンバーはこの少女に限らずみな破天荒だから、今更何を言われても別段驚きはしないが、初めて自分から対戦相手を口にしたことには多くの疑問がわく。

「またなんで」

「・・・目標・・・です」

塾長室と言うのはなんだかとてもかしこまった雰囲気があり、つい表情も硬くなってしまう。そういえば、以前龍子が破砕した扉はいつのまにか元どおりになっていた。

「目標?」

「強くなるには目標を持った方がいいって、それは外部の選手の方がいいって・・・いわれました」

「だれに?」

「知り合いに・・・です」

ふぅん・・・。

まぁたしかにその通りだが、この娘も4ヶ月たってずいぶんということが変わって来たものだ。これでは、いっぱしのファイターみたいではないか。

「で?なんで新坂さんなのさ」

「それは・・・」

視線が下がる。さすがに外部の選手をNANAさんと先日戦ったメイガスさん、新坂さんしか知らないということは塾長の前では言いにくい。

でも逆に二田は、そんなことだろうと推察していた。まぁいい。この娘がそんなことを言い始めただけでも、ずいぶんの成長なのだ。

ひじを立てて手を組み、上目遣いに美衣奈を見ていた二田は、しかしこう言った。

「だめだ」

「え・・・?」

美衣奈が顔を上げる。と、二田は立ち上がった。

「あんた、新坂さんは前にやったことがあるから知ってるんだろうけど、その時のあんたのファイト、覚えてる?」

あれは、去る1月下旬の興行であった。

「キャリアとか色々考えて、あたいも仕方ないとは思ったけどね。ああいうファイトは相手に対して、一番失礼なんだ」

新坂と拳を合わせる機会を美衣奈が一方的に拒否したことを言っている。

じつはそのことについては、美衣奈の及び知らないところで、二田は詫びの電話を入れていたほどなのだ。そういう配慮が、プロレス界の微妙なパワーバランスを支えている。

「あんたは昔に比べりゃ、ずいぶんとレスラーらしくなったよ。それは認める。だが一度作っちまったイメージっていうのはなかなか消えるもんじゃない。あんたを見てない先方さんならなおさらさ」

「・・・・・・」

「だから今は無理だ」

「・・・。わかりま・・・」

「でも!!」

二田は今、少しでも変な方向に押せば、モチベーションが一瞬で崩れてしまう彼女の精神状態の危うさが分かっている。言い直せば、今の彼女のやる気は一夜にして作り上げたガラスの塔のようなものなのである。ここで自分が無碍なことをすれば、彼女はたちまち成長をするのをやめてしまうだろう。

「あんたが試験に合格したら、あたいが先方さんに頭を下げてやる」

「試験?」

「ああ・・・」

二田は机を避けて前に進み出ると、その机に腰を掛けて足を組んだ。手を伸ばせば届く距離だ。そのまま彼女は美衣奈の目を見据えて言った。

「ちぃとやって・・・勝つんだ」

「え・・・?」

ちぃと言えば・・・。

「あの、ちはるさんですか!?」

「そう。奴に勝ったら、合格だ」

無理!!

今までの実績を見ても、自分と同じ土俵に上がる相手とは思えない。

明らかに動揺した表情を浮かべる美衣奈に二田が先んじる。

「言っておくけど、新坂さんはちぃより強いんだよ?」

そうなのか!?

NANAの実力ばかりが気持ちの前に来てしまい、新坂選手のレベルをすっかり考えないでいた。

「あの・・・あたし、やっぱり・・・」

「まぁ、やってみな」

二田は美衣奈の気持ちを決して振り返させまいと割って入る。

「・・・いいかい?確かにちぃは空手も柔道もできる。でも、これはプロレスなんだ。プロレス歴はちぃもあんたも同じ」

だから前向きに考えろ・・・と、美衣奈のその小さな肩にそっと手を添える。

二田の言葉は時々母神のような包容力を帯びる。アクが強いと言われながらも彼女の元に人が集まるのは、きっとそういうカリスマ性があるがゆえだ。

少女はその暖かさに包まれて、結局その挑戦の序幕に立つことになった。


そして、それが、美衣奈の長い闘いの始まりになることは、この時、まさか2人には想像できなかった。

運命のうねりは、確実に彼女を飲み込みつつあった。


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