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第23話:パピヨンのフィニッシュブロー(後編)

10年前・・・

この当時、まだK-1、総合・・・全盛期でしたねー。

復活させようという動きも現在ありますが、さてさて・・・


プロレスの企画と聞いて、知識のないわたしは完全にそっち寄りを想像し、当時無邪気にエピソード書いてました。

プロレスを目指そうとする少女がやることじゃないねコレ。知ってる(笑)

道場では、「哀栖」を当てるための実戦を集中することになった。終始実戦のみである。

もちろん琴も攻撃してくるわけだから、今までの避けの練習に加えて、タイミングを見計らって、例の大技を撃たなければならないのだが、これがひどく難しい。

今までは避けに全神経を集中させていれば良かった。だが、ひとたび攻撃のことに意識が行くと避けがおろそかになる。プロテクター越しとは言え、美衣奈の身体は見る見る間にアザだらけになっていった。

それでも美衣奈は、一日も道場をサボることはしなかった。

・・・そして5日が過ぎ、10日が過ぎ・・・13日目。初めて左藤が別の事を言う。

「蒼木さん。次からヘッドガードをつけてください」

頬が上気して真赤に染まっている琴がうなずいたのを確認すると、やはり肩で息をしている美衣奈の方を向く。

「細川さん。関節は練習してますね?」

「え?あ・・・はい」

「押しても引いても関節でもなんでもいいです。自由にやってみて下さい」

「はい」

「相手が崩れたと思ったらすかさず「哀栖」を使って下さいね」

左藤は正直、リングならばもう、彼女は「哀栖」を・・・もちろん百発百中ではないが、・・・使えると踏んでいた。

じつは、今まで一発も当たらないのは当然と言えば当然であった。

わざと当たりにくいような条件を設定して練習をさせていたのである。

話がどんどんマニアックになってしまうので詳しい説明は省くが、つまりは、美衣奈が今まで「道場と言う広い空間で」しかも「哀栖のみ」で戦っていたという点が大きい。わざとそれをさせ、圧倒的不利な戦力の中でタイミングと間を計らせて来た。美衣奈はよくそれに堪え、勘も正確さも、2週間前とは見違るほどに洗練されている。美衣奈の集中力のピークを考えても、ここらが頃合いだろう。

「蒼木さん。・・・本気でやって下さい。それと・・・」

その声は、どこまでも重かった。

「・・・細川さん。覚悟してやって下さいね」


「お願いします」

グローブを合わせる。今日、5度目の組手が始まった。

美衣奈の場合はいちいち注釈をつけないといけないのがめんどくさいが、彼女は右手にはグローブはしていない。ピノだ。さておき・・・。

初めてプロテクターを着けた琴の立ち上がりは今までになく静かだった。明らかに総合ルールを警戒した心理である。

美衣奈の方も予想外の立ち上がりで少々面食らうが、やがていつものように足を使い、相手の照準を定めさせないように不規則なリズムを刻み始める。

琴と美衣奈との身長差は10cmほどだが、道衣を着た彼女と対するとその差はもっと大きく感じる。実力の差が生む余裕が見せる錯覚であり、大きく見える相手と言うのはとかくやりにくい。つまり、美衣奈も攻めあぐねていた。

しばらくは二人のフットワークがキシッキシッと道場の床を鳴らす以外、異様な静けさが辺りを支配する。

お互いの眼が一点、お互いの眼に攻撃の糸口を聞く様が、静かだが決して落ち着かない。

そのまま・・・動かず・・・

動かず・・・動かず・・・動かず・・・

・・・動いた!

先行は琴の目。その眼は一瞬、美衣奈からはずれて左のどこかに移る!

反射的に美衣奈の目が琴の視線の先を追う。瞬間、右に鈍い衝撃が走って、眼が走ってしまった方向によたよたとよろけた。

「はいストップ」

そこで左藤が試合を止める。そして静かだが、優しいとは違う声を投げかけた。

「蒼木さん。本気でやって下さいって」

「は・・・はい!」

「細川さん。今の左回し蹴りで、ホントはやられてると思います」

「ごめんなさい!」

回し蹴りだったのか。

ちなみに回し蹴りと言うと「背中から一回転してカカトを当てる蹴り」という認識が一方で或るが、ここではその「背中から~」は「後ろ回し蹴り」と言うことにして、ここでいう回し蹴りはいわゆるサッカーのボレーシュート蹴りということで統一させてほしい。

ともあれ、試合が再開される。

今ので完全に身体のほぐれた琴の動きが断然良くなった。

サイドステップのフェイントから中段回し蹴り、その後一気に間合いを詰めて振り子のように左右の拳のコンビネーションを2発・・・いや3発見せると美衣奈の背中まで足を踏み込んで残った膝で腹を襲う。が、美衣奈はこれを膝から上の動きだけですべてかわしてみせた。その後攻撃に入る余裕はないものの、彼女の回避能力にはつくづく感心する。

「やぁ!!」

しかしこの猫のような少女を2週間も追って来たのだ。そのまま美衣奈の身体の横を膝が通りすぎれば、お互いが背中を向いた体勢になるが、そこですかさずその膝を返して横蹴りが一閃する!

その足の裏は確かに美衣奈の背中を捉えた・・・が、深すぎる。

膝蹴りの距離で横蹴りを蹴ってもピークのパワーに程遠いことは足の長さを考えれば道理だ。自然、美衣奈は前方向に強く押されるような感覚を覚え、2~3mほどその力に流された。

先に振り向いたのは琴。相手の体勢が整っていないその一瞬のチャンスを逃すことをこの道場は強く叱咤されるから、反射的に琴は間合いを詰めるべく、足を大きく踏み出した。その時!

不意に振り向いた美衣奈の左膝が大地を蹴る。続いて右足が浮いた。

・・・哀栖!?

そのカカトが大きく目を見開いた琴の前髪をかすめて頭の上を通りすぎていった。

「・・・ッ・・・!」

・・・早すぎた。いや、琴の踏み込みが甘かった。左藤が苦笑する。今のは自分なら食らっていたかもしれない。

地上に降り立った美衣奈と琴の間合いはパンチの距離だ。

しかしこの時、互いの気持ちの差は歴然としている。

琴は明らかに動揺をしていた。哀栖の風を斬る音を聞き、さらにもっとも危険な位置に相手が現れたのである。

攻撃!?どんな!?避け!?どこに!?

さらに彼女は戦いの選択肢がなまじ多いことも災いしていた。

対する美衣奈が考えることは一つである。彼女は「哀栖」以外は避けることしかできないわけだから自分の気持ちはそこにしかない。

・・・その気持ちの差が、琴にあやふやなストレートを撃たせた。

その場違いな攻撃に、美衣奈は避けるだけでなく反撃の糸口を見つけていた。

「ピノ!」

「まかせぃ!!」

ピノが琴の手を取る。ここからはNANAの見取り稽古を活かす!

NANAはすべて相手の動きに逆らわず、その力を逆に利用してまず相手の体を崩していた。そして、最小限の回転で関節部位をひねり、極めていた。

そのためにはできるだけ身体を密着させ、相手の心理の逆を衝く!

ストレートに伸びた琴の右手を一瞬さらに後ろに引っ張る。琴は体勢を崩すまいとその拳を引く。引かれた力を利用して今度は小手を取りつつ琴に体当たりを入れる!

重心を後ろに移したところを身体ごと押されたのである。琴はひとたまりもなく地面に背中をつけた。それに覆い被さる形となった美衣奈、猫のようにじゃれつくと腕の逆関節を取り・・・!

「はい、オッケーです」

そこで、左藤の声がかかった。


ほおけたように仰向けになったまま動かない琴をそのままに、左藤が美衣奈に微笑んだ。

「すごいですよ。蒼木さんも結構強いんですけどねぇ」

左藤はあの極限での判断力の差を修羅場の差だと思った。曲がりなりにもプロで4ヶ月をすごした美衣奈と、ずっとアマチュアの女子だけを相手にしてきた琴とでは、突き詰めてくるとその差が出る。もちろん、関節のノウハウを琴は知らないとか、美衣奈のあの天性の身のこなしにも下支えがあるのだろうが、一番始めの回し蹴りできめられなかった琴の甘さを、左藤は指導員として少し反省をしなければならなかった。

「ただ、関節は・・・私も教えるほどじゃないですが・・・取る時に一回離れちゃ駄目です。あれは蒼木さんが知らないから取れましたけれども・・・」

どんな条件が重なったにせよ、キャリアや年齢を超えて、美衣奈は琴から一本を取った。彼女がどこまでやれるのか・・・左藤は期待しながら、この道場での指導は早晩限界がくるとも感じていた。

「細川さん。あなたには素質がある。初めてきた時はまさかこの子がって思いましたけど・・・もっともっと頑張って下さい」

「あ・・・はい・・・」

なんか頭が真っ白になって懸命に戦ってたらいつのまにか終わってたと言う感想しかない美衣奈には何をそんなに評価されているのかがわからないが、とりあえず頭を下げることにした。

「次の課題を掲げていいですか?」

「はい・・・」

「目標の選手を持って下さい。できれば強い人。でも、頑張れば勝てるかもしれないくらいの人・・・それも、自分のジムの人より別のところの人の方がいいですね。・・・だれかいませんか?」

誰だろう・・・。

強い人と聞いてNANAが浮かぶが、頑張っても勝てると思えないので却下だ。

すると・・・。

・・・だいたい、あまり外部の選手を知らない。

NANA選手のほかに、前に戦ったことのある選手と言えば、華麗な空中技をみせたスペル=メイガス選手・・・後は糸織と組んで迎え撃った美幸のタッグ、新坂選手・・・。

その内、メイガス選手は記憶に新しすぎて組まれる可能性のあるカードではあるまい。

「では、その新坂選手と言う方を目標にしましょう。明日からもやることはあまり変えないで、でも、その人に勝つことを常に頭において、頑張ってみて下さい」

美衣奈は、うなずいていた。

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