第2話:プロレス入団?
「え?プロレス?」
スカウトされた翌朝に話題に上がった横文字は当然、「ホグーツ」ではなく、「プロレス」であった。
「プロレスって・・・あのアケボノが出てるやつ?」
「それはK1ね」
ここは女児塾のメンバー、脇島糸織の自宅である。糸織は昨晩遅くに自分の家にやって来たスタッフに
「明日からメンバーになる子なのだが、地方出のために、今夜頭を預ける場所がないので、一晩泊めてやってくれ」
と言う主旨の言葉と、この年端も行かない少女を預けられた。
もっとも美衣奈の方は昨日の長旅の疲れが出たのか、そのやりとりがあった頃は深い眠りについていたので、実質、今朝が初対面となる。
「おはようございます」
もろくに言えないで小さくなっているこの妙ないでたちの少女に、糸織はずいぶんと気を使った。
気さくに笑いかけ、ちょっとした冗談を交じえて軽く話をし、朝食をふるまってやる。
そして、少女の肩の力がようやく和らいできた頃に糸織が発した質問が、
「なんでプロレスをしようと思ったの?」
だった。
当然の事ながら・・・というのは筆者達から見た第三者の視点だけれども・・・話はかみ合わない。
糸織はどう考えても場違いな客を、それでもいつのまにか、傷つけないようにするのに躍起になっていた。
「あのね美衣奈。ひょっとするとあなた・・・声かけた人を間違っちゃったかもしれない」
「うん。そう・・・かな」
美衣奈も話の温度差には気付いていた。というか、何か根本的なところが違っている。もし、彼女の言うことを整理すれば・・・といっても理解できなかったところも多いが・・・とりあえずこの人が、そして、昨日の男が、魔法学校の関係者でないことは確かだ。
「でもね。新宿なのは間違いないの」
だが東京にきたことが無駄っだったと認めたくない自分が、その糸をつなぎ止めようと必死で弁解する。
糸織はそれを否定しなかった。
わずかにうなずき、また、わずかに微笑むと
「ちょっと、うちのスタッフに連絡するね」
携帯を開けた。
「ピノぉ・・・」
「俺は知らん!」
それから一間おいて
「ま、連れてこられた家がこの人の家で良かったんじゃないの?」
確かだ。彼女は見ず知らずの自分にこんなに親切にしてくれたし、これからする電話はそのスタッフに事情を説明してくれるに違いない。
「あ~ぃ、わたしですけど・・・はい、あ、いえいえ~。
それで、実はこの子ですけど、違うみたいなんです・・・」
・・・それに良く眠らせてもらえたおかげで、昨日の疲れはスッキリ取れた。今日、また一から探せば、今度こそ必ず・・・。
「・・・あの~、つまり、まちがって入団しちゃったっていうか・・・だから、契約破棄を・・・あ、はい、すみません」
彼女が携帯から耳を離す。自分の方を振り向いた端正な顔つきが、今はとても頼もしく思える。その糸織が言った。
「だめだって」
・・・・・・・・。
・・・。
「・・・え?」
「あのねぇ、契約を自由に破棄できるようにすると、他の選手の士気に影響するからだめなんだって」
「え?・・・え!?ちょ・・・もう一回お願いしてみて!」
「そうよねぇ。やっぱ・・・」
再び携帯に耳をつける。どうやらまだ電話は切れてはいなかったようだ。
「あの~、そうは言ってもやっぱりこの子には・・・あ、はい、すみません」
そして
「だめだって」
「ええええ!!!!」
この時の美衣奈の感情を表現するにはどうしたらいいんだろう。確かなのは、泣くとか怒るとか、そういう簡単な感情でないこと。
「だってあたし・・・!ホントは・・・ホグーツに行きたいのにぃ・・・」
「あのね。気持ちは分かるけど、この世界もヤクザな世界なのよ。私もここで頑張りすぎて、目ぇつけられたくないし。ごめんね」
「でもあの!!・・・アケボノが組み技もあって、投げたり当たったり・・・痛くて無理!!」
「あ、それは大丈夫」
頼もしいお姉さんが胸を張る。
「食らった直後とか、痛い!っていうより、ヤバイ!!!って感じだから・・・あのね。人間ってうまくできてて自分が本当に耐えられない痛みが走ると、痛いって思う前に気絶しちゃうんだから」
「そんなのやだよーーー!!!」
「あ、そうそう!それにそれに!・・・そのホグーツって、私よく知らないけど、外国にあるんでしょ?あんた、どっちにしたってお金が必要なんじゃないの?」
「え・・・・・・?」
半ばパニックに陥っていた美衣奈が止る。「お金」の言葉が耳に入った瞬間であった。まるで駄々をこねた赤ん坊の口に哺乳ビンを突っ込んだ直後のように、あたりに静けさが戻る。数瞬の沈黙・・・そして・・・。
「あのね。プロレスってお金になるよ。前座のうちはまぁ・・・ほんのお車代くらいなんだけど、メイン張れるようになったら、すーごいんだから」
昨日、そのことで肩を落としたことを、美衣奈は一晩寝ってすっかり忘れていた。
「ないんでしょ?お金・・・」
確かめるまでもない。財布の中身は、硬貨の枚数はおろか、おはじきの数さえ鮮明に脳裏に焼き付いている。
「ね?あんたならみんな手加減してくれるから、痛いなんてことはないよ。一年でしょ?頑張ってためれば、来年にはきっと世界中どこにだって行けるようになってるよ」
実際、本気ではこんなことは思っていない。そんなに甘い世界ではなのだ。が、とにかくも自分が面倒を被らないためには彼女を説得しなければならない。これは彼女がそういう性格だというよりも、人間として当然の防衛本能であった。
「大丈夫ぃ!!プロレスなんてウケたモン勝ちなんだから!」
「ほんとに・・・?」
「うん、ほかの人で怖かったら、デビュー戦は私と組んでもらえるように言ってあげるから」
「だいじょうぶ?」
「大丈夫!」
「ピノ、大丈夫?」
「俺は知らん!!」
部屋に沈黙が訪れる。
この中で実際もっとも心配しているのはこの世界を知る糸織自身だろう。ぬいぐるみに話かけているような幼い少女が果たして、生き残れるのか・・・いや、比喩ではなく文字どおり・・・。
自分が責任を負いたくない一方で、断るものなら断って蒸発してしまえという、なんとも複雑な心境であった。
一方、美衣奈の方は東京に出て来た自分の意味を無駄にしたくないのが、心理の一番前であった。それに家に帰ることができたとしても、3年かかってようやく東京に出られるだけしか貯められないことは揺るぎのない事実である。お金がほしい。
・・・プロレスは良く知らないが、こんなにいい人がいるのだ。きっと何とかなる。
・・・そして美衣奈は答えを出した。
「やってみる・・・」
・・・これが、彼女の後の運命を大きく変える言葉となった。




