第18話:ライブへGO!
「今度、ライブやるんすよ」
いつものように道場での練習を終えて帰る琴と美衣奈に、いつものように駅ビルによりかかってギターを抱えている敬二郎が、そんなことを切り出した。
「へぇぇ、そうなんだ。見に行っていいの?」
「そう言ってくれると思って、チケットを御用意させて頂きました!」
話に乗ったのは琴である。彼は嬉しそうにポケットから手のひらくらいの大きさの紙を取り出した。
「1000円でワンドリンクなんですけど・・・」
「いいじゃん。見に行くよ」
「ありがとうございます!!」
両手を合わせて拝むようなポーズをしてみせる敬二郎。琴は受け取ったチケットを一瞥すると、美衣奈のほうにふり向いて、言った。
「美衣奈も行く?」
「え?」
美衣奈はライブというものをあまり良く知らない。
「そうだ。美衣奈も来いよ」
二人の視線が美衣奈に集まる。美衣奈は敬二郎を見て、琴を見た。そしてうなずく。
「うん、行く」
ライブは良く知らないが、「一緒に行こうよ」と後押しした琴と遊びに行ける、ということが楽しみで、行くことに決めたようだった。
「OK、じゃあこれチケットね。金は会場払いだから」
チケットには、敬二郎を含めた4人の名前と「檄春!花見ライブ!」というピンク色の文字が書き連ねてあった。
「ライブかぁ・・・」
琴と分かれて帰り道、ピノはポツリと呟いた。
「久しぶりだなぁ・・・」
「え?ピノ行ったことあるの!?」
「あぁ」
「うそぉ」
だって、ピノと自分は常に一緒なのだ。自分の行ったことのないところに、ピノが行ったことがあるわけはない。
・・・あるいは自分の右手に納まる前・・・?
「忘れたのかよ。ほら、お前が・・・5歳くらい?多分まだ幼稚園に行ってたと思うんだけど・・・ほら、それくらいの時、親父と一緒に青函トンネル渡ってぐるっと回ったじゃん」
「それはドライブだよ・・・」
ついた言葉はうわの空・・・美衣奈は別の事が気になっていた。
「ねぇ、ピノって、あたしの右手にいる前はどこにいたの?」
もともと幼少期の記憶があまりに曖昧なのだが、ピノは美衣奈が物心ついた時にはすでに彼女の右手に納まっていた。でも、さすがに自分の母親から一緒に生まれたとは、美衣奈も思っていない。
「どこなの?」
「エッフェル塔の上」
「うそぉ」
「ウォーズマンの心臓部のリングの4階」
「どこよ」
「ぴざーらのエビマヨ浮き輪の尻尾」
「もぉ!ちゃんと答えてよ!!」
道路の脇でジャレあいが始まる。具体的に言えば、右手とその他の場所が別の意志を持つかのようにばたばたと争い始めた。まるで、自分の尻尾にじゃれる猫である。
「パピヨン」
が、不意に自分を呼ぶ声がして、美衣奈は地面に仰向けになったままふっと我に返った。右手のぬいぐるみもその小さな胸に埋もれたままその動きが止る。
「あ、舞さん」
女児塾のスナイパー、がりーこと「じゃこ天」の舞がそこにいた。
じゃこ天が何を指すかは知らないが、ともかく、この寡黙な女性はパピヨンというリングネームの名付け親でもある。
「なにやってんだ?」
「あ、ううん・・・なんでもない、です」
舞のけげんな眼が、刺すように美衣奈をねめつける。いや、実際はそんなに冷たい視線でもないのだが、寡黙で無表情な分、彼女にはそんな風に思えた。
急いで立ち上がり、左手で服についた埃を落とすようなそぶりを見せる。
「帰ろう・・・」
舞が歩き出す。遅れじと早足で追いかける美衣奈。そのまましばらく無言のまま歩いたが、ふと、舞が口を開いた。
「なぁ・・・」
舞は前を向いたままである。そのまま、美衣奈の注意が自分に向けられたことを察すると続きを言った。
「その右手の奴さぁ・・・抜いたらどうなるの?」
「え?」
言わずもがな、ピノのことだ。
「なんか・・・右手に深い傷でもあるの?」
舞はそれを隠しているものと踏んだらしい。
「ない・・・と思います」
「え?」
意外な答えである。歩き始めて初めて舞の顔が美衣奈に向いた。
「ないと思うって・・・見たことないの?」
「・・・・・・」
だいぶたってから美衣奈がうなずく。正直、「しまった」と思っていた。左手が反射的にピノを隠そうと動く。
理由は後述するが、とにかく美衣奈にとっては歓迎しない話であった。
この話になれば、早晩次の台詞が飛び出してくるのを知っている。
「・・・外してみれば?」
その言葉は学校の先生や友達など・・・これまでも幾度となく言われて来たことだ。でもその度に美衣奈はそれをかたくなに拒んだ。なぜなのだろう・・・理由を忘れている。
でも、駄目だった。
「まぁ・・・いいけどさ」
「ごめんなさい・・・」
「いや、いいんだ、べつに」
ついでにいえば、外してみたい好奇心さえ美衣奈にはない。
外すことについて、恐怖さえ感じる。
他人にはにわかに信じられないかもしれないが、ピノのついている右腕は自分の意志で動かすことができない。心の通じたピノにお願いして始めて「ピノが」動いてくれるのである。
ひょっとしたら彼を外しても自分の右手は存在しないのではないか。
そう思うことさえある。
でも、だから外せないんじゃない。その「恐怖」と彼女がピノを外せない理由はまた別なのだが、肝心なところは彼女自身が忘れている。
右手にいるのはいわば、理由も忘れた心の楔であった。美衣奈はそれを枷と感じたことこそないが、そんな訳でそれが他人の好奇の対象になることを極端に嫌っていたのである。
・・・できることなら誰にもピノのことについては触れてほしくなかった。
「あ・・・あの、そういえば、プロレスのことなんですけど・・・」
気がつけば、必死に話題を変えようとする美衣奈がそこにいた。




