第16話:アイスクライマー
なんか話がマニアックになってきてスミマセン
美衣奈が任天道の道場に来るようになってから、1ヶ月がたつ。
「いつも同じ方向に行っちゃ駄目だって!!!」
その間、練習の80%をしめたのが、あいもかわらず避けの練習である。師範代左藤に叱咤されながら、美衣奈はじょじょにだが、成長の軌跡を描き始めていた。
全身にプロテクターを着けて、突き出される拳を避ける。蹴りを避ける。相手は琴だ。
厳しい攻撃になってくればやはり追いつめられてしまうが、単発ならば具合はかなり良い。
「さがりすぎだ!よく見て!!」
指導に熱がこもるのも、美衣奈の成長が実感できればこそである。
左藤は正直、美衣奈のすばしっこさには感服していた。
その身のこなしを支える正しい判断力と反応の良い眼にも天性のものを感じる。
美衣奈にしてみればただひたすら、一目散に避けているだけなのだが、だからとて、中段の回し蹴りを地面を舐めるほどに頭の低い、極端なダッギングで避けるような反応の良さは、求めて得られるものでは決してない。
言ってみればトリッキー・・・そう、彼女は実にトリッキーな身のこなしを自分で習得しつつあった。
だがどうしてもネックなのが、攻撃である。
多くの女性はそうだが、相手を傷付けることに抵抗があるのか、はたまた反撃が怖いのか、どうしてもある程度以上体重を乗せた打撃をおこなうことができない。
まぁもっとも、始めて1ヶ月ほどで体重の乗った攻撃をばかばか繰り出せるほど、人を殴る一つだって簡単なことではないのだが、どうしてもその優れた身のこなしとのギャップを感じて、もどかしい。
左藤は考えた。つまり、体重を預けざるを得ない攻撃を身につけさせるしかない。
「細川さん、プロレスでの蹴りは足の裏のみがルールって言ってましたよね」
美衣奈がうなずく。
「ヒジとヒザはいいんですか?」
「・・・」
前回死を覚悟した早坂選手の膝の幻が見え、彼女は身を震わせた。
「ヒザはあります」
「ふむ・・・」
どちらにしてもヒザやヒジの距離で長く滞在してほしくはない。
左藤は悩んだ挙げ句、美衣奈が相手をとらえることができる打撃は、顔面への蹴りしかないと思った。総合ルールで生半可な打撃をおこなえば、その手や足を掴まれてしまう。
足の裏で撃つ、掴まれる心配のほとんどない蹴りで、相手をしとめることのできる蹴りを撃つとしたら、顔面に放つ、縦の蹴りしかない。つまり前蹴りか横蹴りである。
ただ、顔面は高い位置にあるわけで、ただでさえ打撃点に体重が乗り切らない美衣奈が撃ってもあまり有効とは言えない。それをカバーするためには・・・
「飛ぶしかないだろうな・・・」
前に飛べば後ろに体重が残るわけはないのは道理である。
しかし、普通の飛び蹴りは真上にも飛ぶことができる。そんな蹴りで前に飛ぶことを心がけさせるより、ある程度前に飛ばざるをえない蹴りをマスターさせたほうが、結局逡巡することはあるまい。
そんな条件をすべて満たす蹴りは・・・。
「細川さん。今から哀栖クライマーの練習をしましょう」
「え?・・・アイスクリーム?」
「アイスクライマーだよ。美衣奈」
言った琴も少々驚き気味である。
無理もなかった。後述するが、決して難易度の低い技ではない。少なくとも普通の蹴りもまともに蹴れない時期から練習するような技ではなかった。
琴の眼が明らかに説明を求めている。それを察した左藤が言った。
「道場練習は任天道を教えるものですから、鈍器コングからはじめてすべての技を段階を追って覚えていけばいいんですが・・・実戦に関しては、そのルールの中で一番効率のいい技を一つだけ、とことん磨いていったほうが役に立つんです」
10の技を底上げして一つも決定打にならないより、一つの技を極めてそれが決定打になるほうが、格段に実践的なのである。今回美衣奈にとってはそれが哀栖クライマーなのだ。・・・と、彼はふんだわけだ。
彼は琴への説明を早々に切り上げ、美衣奈のほうを向いた。
「簡単に言うと、踏みきった足で蹴る飛び蹴りです」
やってみますね。・・・と、左足をひいて構えた。その身体がふわりと浮かびあがる。
「・・・・・・」
右足で蹴ったのは分かった。
「こんな感じです」
「あの・・・もう一回・・・」
「はい」
・・・・・・・・。
・・・へそを基準にすれば、蹴る際、空中で一回転してるのは分かった。
「あの・・・もう一回・・・」
「いや、ちゃんと説明しますよ。右足で蹴る場合・・・」
苦笑の表情を浮かべる左藤の説明は、概要こうだった。
まず左足だけで前に踏み切りながら回転を始め、180度回転したところで右足で踏み切り、さらに180度回転しながら足を横に突き出し、右足の裏のかかと側で蹴る。余談だが、その姿がまるで天に登る哀栖(中国の八掛神獣の1つ)のようであることから、この名前がついた。
で、その時の蹴り足はこうで軸足はこう・・・と、いとも簡単そうに説明をすると、最後にこう締めくくった。
「ってね、言葉で聞くとわかりにくいと思うんで、あとは練習していくしかないです」
半ばほおけてる美衣奈を尻目に、左藤はミットを構えた。




