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第14話:任天道の先輩達

以前、少し触れた通り、任天道道場での美衣奈の練習は本練習の後に左藤師範代による特別指導という形で行われていた。

その練習は初め、師範代と美衣奈だけでおこなっていたのだが、ある日からもう一人の仲間が加わっている。

その名を蒼木琴・・・道場ではなぜか琴スケと呼ばれている活発な女性であった。

歳は19というから、美衣奈よりも6歳年上か。

琴は女性部の中でも、もっともひたむきに鍛練に励む練習生であった。初めて美衣奈が道場へ来た時、勢いのある女性に目をひかれたが、その筆頭が彼女だったことを思い出す。

琴の練習参加理由の一つには、美衣奈の練習相手として彼女に白羽の矢が立ったということもある。が、何より彼女自体がそれを望んだところが大きい。とにかく美衣奈は以後、彼女からさまざまな技術を学ぶことになる。


美衣奈にとって、琴はすぐにあこがれの人になった。そんなに体格も変わらないのではないかと思う華奢な体から、なぜあんなに鋭い打撃が出るのだろう。いや、技術だけではない。顔だって奇麗だし、性格だって自分のようにふさぎ込むこともないし、とてもおおらかで優しいのである。

とにかくすべてが、自分より優れていた。

人間は・・・特に子供は顕著だが・・・自分の目指す分野で3つくらい自分より優れていると、その人がまるで「カンペキな人間」のように映るものである。今の彼女から見た琴はまさしくそれであり、本人にとってそれが同格の人間だと思えば劣等感を感じるが、自分よりも上に立つ人間だと、その思いは別格の憧れとなる。

もちろん、それはニタもそうなのだが、美衣奈にとって、彼女はまた別の位置を占めている。どのような位置かは後々語ることもあるかと思うので置いておくとして、とにかく。

あんなふうになりたい・・・。

美衣奈は自分の未来の理想像を、いつしかそう思い描くようになったのである。


「じゃ、帰ろっか。美衣奈」

「うん!」

名前を呼んでもらえることさえ嬉しい。

・・・道場の練習が終わると、一日でなにより楽しみな時間がやってくる。

琴と談笑しながら帰路につくという・・・。

彼女の家も本厚木だから、駅にして二駅、ほんの10分ほどだが、一緒に帰る事ができるのだ。

その時間に話す事は女の子同士の雑談なので、どうも男の筆者には表現をしきれないところがある。とにかくあの、女の子同士の会話だけがもつ独特の雰囲気で、二人は実に楽しそうだ。

その中で、たまには練習の話になる事もある。その時琴は必ず美衣奈を誉めた。

「うまいよ。美衣奈は。初めて2ヶ月とは思えない」

それから、

「あの時はこうするとね。もっといいよ」

と、さりげない技術指導が入るのである。美衣奈はそれを理解しようと、そのつど一生懸命になっていた。


「よぉ。おつかれ」

本厚木に帰るともう一人の友達が今日も路上でギターを弾いている。

本練習が終わって、一足先に帰った敬二郎である。

「練習の後に良く頑張るねぇ」

琴が感心すると敬二郎は顔をほころばせる。

「そりゃぁ、本職はこっちですから」

「これから夜までやって、帰って詞を書くんでしょ?・・・いつ寝てんの?」

「もちろん学校で・・・」

そう笑った敬二郎は地元公立高校の2年生だそうだ。

「勉強しなよ。わたしみたいになっちゃうよ」

「そりゃぁ、気をつけなきゃ」

浅海と琴はいっせいに笑うが、その隣でなるほどとうなずいている美衣奈がいる。

・・・勉強しないほうが琴スケ先輩に近づけるのか・・・。

・・・・・・。

まったく・・・悪いとこばっかり真似するようになるから、規範になる先輩はほんとに、言葉一つ気をつけなければならない。

「おぅ、美衣奈。そういや、マシュマロの歌。できたよ」

「え!?ほんと!?」

「マシュマロの歌?」

そういえば琴は知らない。

「あのね。あたしが歌詞を作って、浅海君が作曲してくれたの」

「へぇぇ!聞かせてよ」

「え~!・・・恥ずかしぃょ・・・」

「何が恥ずかしいんだよ。曲は俺が描いたんだからハズカシクねー」

敬二郎がギターを持ち直す。そして、彼の指が6本の弦の上で踊り始めれば、もうそこには美衣奈の大好きなマシュマロの世界が広がっていた。

琴は初めこそ、その奇抜な歌詞の発想に微笑を隠せなかったが、気がつけばすべてを忘れてその歌に聞き入っていた。

・・・それは、今日の疲れを癒してくれる、優しい音色だった。

まるでピンクいろのやわらかいものに包まれて、あたたかい夢を見ているかのようである。

が、最後のフレーズが終わった時、二人は別の驚きで夢から覚めた。

「え!?そうなの!?」

声を出したのは琴のほうが一瞬速かった。視線は美衣奈へ、しかし美衣奈の目は敬二郎に向く。

「食べてないよ!!!」

「いや~、俺も歌詞を聞いた時はチャレンジャーだなと思ったよ」

「そんなこと言ってないよ!!!!!!」

歌の最後は、あの例のカビの生えたマシュマロでも、マシュマロは好きだから頑張りました。・・・のように締めくくられていた。

敬二郎が笑い出す。

「いやぁ、あまりにもあれだけじゃひねりがないかなと思ってさ。どう?おもしろい?」

「いや!」

「でもたしかに最後が意外でおもしろかったよ」

「え~!?だめだよ~!」

「だめじゃねー。琴スケさんがいいんだから先輩優先。採用!!」

「ええええ~~~~!」

「え~!?ちょっと。美衣奈がいやがるならやめてあげなよ」

「え~~!?そうっすか!?」


どこかあたたかい仲間とのじゃれあい。

・・・そんな平和なひととき・・・。

そのマシュマロのように柔らかい表情も一瞬にして凍りつく決定が、この時間、女児塾でなされていた事を、もちろん今の美衣奈は知る由もない・・・。

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