第11話:今度はホントに特訓開始
注釈:筆者は当時、プロレスと総合格闘技の区別がつきませんでした。
プロレスの企画なのに一人まじめに総合格闘技やらせてます(意味不明)
とはいえ・・・。
美衣奈の年齢では、自ずとできることは限られる。
まず、この年齢では道具を使った筋力トレーニングなどの基礎体力作りは未完成の骨格やホルモンの分泌バランスから、百害あって一利さえ得にくい。
自然、彼女の基礎鍛練はもっぱらロードワークにかぎられることになる。
とすれば、力の差を埋めることは当然無理であるわけで、力に頼った技や、打ち合い、組み合いなどの彼我の力の差が物を言う戦い方は一切参考にならない。
しかし逆に、美衣奈には今の時点で、他のどの選手よりも優れる武器があった。
身軽さである。
大人が子供と戯れる時、その筋力に関係なく、子供たちのすばしっこさに目をみはることがある。生き物と言うものはかくも地球の重力というものに影響されるものかと痛感するほど、その軽さを背景にした瞬発力には舌を巻く。
それをどれだけいかせるか・・・美衣奈がなみいる強豪を相手に台頭していく可能性があるとすれば、ここを突き詰めていくしかない。
「あ~、みーなじゃん。おかえり~、あいかわらずおそいねぇ、拉致されるよ?」
今日も出迎えてくれた糸織の言葉で、先日の手紙が脳裏をかすめる。
・・・まったくだ。気をつけないと・・・。思うと同時に怒りが込み上げる。
「それと、あんまり頑張りすぎると身体壊すよ~」
「ほっといて!!」
もう絶対に写真なんて撮らせるものか。・・・あの一件は思春期の少女にしてみれば、耐え難い屈辱であった。
「誰にも負けないくらい強くなるんだ。ね!?ピノ!」
「おう!ゆるせねー!」
入団時からは信じられない、たくましい言葉である。ただし糸織はそのことよりも他のことが気になった。いや、正確にはずっと前から気になっている。
「ねぇ、そのピノってさぁ・・・なんなの?」
「え?ピノ?」
美衣奈が反応すれば、彼女の右手・・・ピノが跳ね上がり、彼女のほうを向いた。でも答えたのは彼女のほうである。
「・・・友達」
「ふ~ん」
美衣奈はこれ以上のことは語りたがらない様子で靴を脱ぐと、糸織に会釈をして自室へと戻っていった。
自室に戻れば、今日の復習である。
現在、技術的な練習としては、美衣奈は大きく分けて二つの練習を行っていた。
その一つ、主に任天道の道場で行っているのは、避けを基本とした間合いどりの練習である。
ダッキング、スウェー、サイドステップなどの近距離での回避の技術から、相手とのリーチ差を埋めるための間合いのつめ方、フェイントの掛け方、端に追いつめられた時の回避の仕方など、とにかく、攻撃の練習などは一切なく、美衣奈はただただキューで突かれたビリヤードの玉のように、あちこちを這いずり回っていた。
「細川さんは打ち合ったら絶対勝てません。掴まれでもしたらそれこそどうしようもない・・・とにかく、相手の間合いで戦ったら絶対だめです。そのために、試合中一度も動きを止めないくらいのつもりで動けるようになって下さい」
激しく動いている相手を的確に捉えるのはプロでも難しい。相手と対面するという重圧の中、少しでも長い間動きつづけ、数少ないチャンスを待たなければならない。
「でも、プロレスって、相手の技はかけられなきゃいけないみたいなんですけど・・・」
美衣奈が尋ねた。ビデオを見てるとそう思うのだ。だが彼はこう切り返した。
「普通のレスラーは頑丈さもパフォーマンスのうちですからね。わざとかけられるのもお客さんを湧かせるためのものだと思うんです・・・でも、細川さんはそんなことしたら絶対に身体がもちません。相手が遊んで、こちらは殺すつもりでやっと対等だと思って下さい」
大丈夫。13歳のあなたが立派に戦ってれば、それだけで最高のパフォーマンスですよ
・・・と付け加えられた言葉に、美衣奈はうなずいた。
さて・・・。
もう一つの軸であるジムでの技術練習は、意外かもしれないが、もっぱら関節をとる練習をおこなっていた。
これももともとは任天道師範代、左藤俊夫による入れ知恵である。
彼は、力や体格の差があっても相手を痛めつけるという意味でもっとも効率的なのは、実は関節技なのだ・・・と笑っていた。打撃系の格闘家がそれを口にするのだから、少々自嘲じみた笑いが漏れるのも当然だろう。彼は続けて、ですが・・・と言った。
「無理矢理関節技に持ち込むにはやはり力が必要です。細川さんが関節を極めに行くとしたらどちらかというと合気道のように相手の力を利用したり、一度崩してから一気に極める工夫が必要です」
そこで重要なのも瞬発力だという。しかしこれについては美衣奈にも一考あるようだ。
「でも、プロレスは技にかかってくれるから、極めるまで待っててくれないのかなぁ・・・」
それについての左藤の反論は「私はプロレスのことは良く知りませんが・・・」で始まった。
「多分、細川さんが技を極めて一瞬で勝負が決まらなければ、その関節技はきっとまるで無意味でしょうね」
勝負が決まらないということは極まっていないということである。だとすれば、そこから極まるか極まらないかは力の勝負になる。
「だから、技をかけた瞬間にそれが極まらなかったら、その技を捨ててもう一度間合いを取り直すくらいの神経質さが必要だと思います」
彼はこれほどに美衣奈が力比べに入ることを嫌った。下手に消耗戦にもちこまれて彼女の瞬発力が失われたら、もはや勝てる見込みはない。彼女が勝つためには終始、それこそ徹頭徹尾彼女のペースで試合を運ぶ事が大前提であると、彼は考えていた。
プロのリングの中で彼女がそれを得るのがどれだけ困難なことか・・・そんなこと論ずるまでもない。
だが、彼女は今、その蟻の一穴とも言える可能性にむけ、必死に瞳を凝らそうとしている。そしてなにより根性論だけでなく、彼女が初めて来た日に見せた瞬発力を彼は高く買ったのである。
彼女ならあるいは・・・彼はそう思ったから、道場本練習後の特別指導を買って出た。
「ジムでは極力、人の動きを見て、相手がどう動いたらどういう力が発生するのかを
知って下さい。それと、必ず信用のおける人に関節技を習って下さい」
今はこれだけで十分だろう・・・彼はそう思った。まともな攻撃などまったく教えていないが、相手の攻撃を避けて間合いを支配する行為も、相手の動きを利用して関節を取るという行為も、つまり相手の動きを冷静に把握するものである。これができるようになることこそが、実は格闘技においてはもっとも難しく、もっとも重要なのだ。彼女のプロとしての戦いの火蓋は既に切られているわけで、自ずと短期間で自分のスタイルを見につけることが必要になる訳だから、地味でもまずはその真髄を体に叩き込んでほしかった。
一方、美衣奈はというと、一つの言葉が引っかかっていた。
「必ず信用のおける人に関節技を習って下さい」
が、それである。誰だろう・・・。関節技を習う上で信用のおける人・・・。
・・・・・・その人物は意外にもすぐに脳裏に浮かんだ。
神業のような関節芸を見せつけた人物・・・。
彼女はさっそく、その人を訪ねることにした。
その成果が、ジムでの練習につながっていくわけだが、今回もいい加減長文になって来た。その事については次回に話すことにしたい。




