第1話:いざ、ホグーツへ!!
「なんなのよ、この駅はー!!」
東京新宿駅・・・幾重もの路線がまたがる東京の西の玄関口で、駅ビルも含めたその拠点は、東京ドームを優に上回る規模を誇る。まぁ細かい描写は省くとしても日本最大級の駅であることは間違いない。
それだけの敷地を確保するのには当然地上だけでは足りずに、地上地下合わせて5階層のプラットホームを擁しているため、ただでさえ方向感覚を失う地下という構造に加えて、十重二十重と立ちふさがる改札口と無数の出口の中で小一時間も迷えば、冒頭のような声が上がるのも無理はない。
「いいかげん、人に聞いたら?」
「だからぁ~!聞けるわけないでしょ!」
ハタから見れば奇怪に見えよう。その少女は、自分の右手にかぶせている灰色の「ぬいぐるみ」に話し掛けているのだ。
奇怪といえば、本人の格好もあからさまに妙である。紺色の下地に赤色のジャンパースカートのようないでたちだが、その短いスカートのすそは花びらのように幾重にも分かれている。二つに結んだ赤茶の髪の毛は腰まで伸び、その元をくくっている赤いリボンはこれまた大きな花のようだ。
余談だが筆者の住んでいるほどの田舎ならば、10人が10人振り返る恰好をしているが、東京というところはとことん他人には無関心な街である。まぁ、原宿あたりを歩いたらこの程度の恰好は珍しくないから、ともかく誰も気にしない。
「第一、知らないよ誰も・・・」
彼女のもう片方の手には、直入に言えば魔法使いが持っているような、ホウキが握られていた。
そう。彼女は一流の魔法使いになりたかった。
そのために東京に来た。遠かった。自分の住んでる村から青森県八戸駅までバスで2時間10分。そこから盛岡、仙台、宇都宮、大宮を経て新宿まで、計15時間と30分の道のりをぬいぐるみとホウキだけを手にしてやって来た。出た時の空もまだ暗かったが着いたらもう暗い。でも、メインはここからである。
最後の乗り換えが待っていた。路線はあのハリーボーダーが通う、ホグーツ魔法学校行の特別特急。プラットホームは9と4分の3番線ということを彼女は絶対に忘れぬよう・・・そして間違えぬように何度も繰り返し唱えてきた。
「絶対にこの駅にあるよ・・・」
彼女はそのホームが新宿駅にあることを確信していた。
なぜって・・・本で見た新宿駅がなんとなく、ハリーが列車に乗った駅に自分のイメージが近かったためだ。それ以上のことを深く考えるような子供ではなかった。
でも見つからない。もっとも彼女の場合は9と4分の3番線を探す以前にこの広大な新宿駅に目移りがして、ただひたすら面食らっていたといえなくもない。
しかしそろそろ本気で見つけないと、最終電車に間に合わなくなってしまう・・・彼女の焦りはここにもあった。・・・時計の針は既に11時も40分を回っている。
「でもどうすんの?見つからなかったらホテル泊まる金なんて残ってないぜ」
ちなみにこの右手のぬいぐるみの名は「ピノ」という。彼がどうしてしゃべれるかの説明は日を改めるとして、このぬいぐるみは長旅の疲れと、その後の徒労ですっかりと意固地になっていた。
「だいだい、お前はいっつもそうなんだよなー。直感だけで行動すんなっつの」
「だって!これしか新宿に来る方法なかったじゃん!」
「そうじゃねーよ。9と4分の3番線が、新宿にあるとは限らないだろ!!」
「あるもん!!」
そもそも、こんな奇行にはそれなりのわけがあった。
彼女は今13歳。本来ホグーツの魔法学校は11歳から7年間のカリキュラムなのである。
編入しようと思ってお金を貯め始めてから、もう3年もたってしまった。急がなければ、編入さえ認めてもらえないかもしれない・・・そう考えたら彼女に後先を考えている暇はなく、鈍行でなら東京に出るまでのお金が貯まったので、ピノの反対を押しきって来たわけである。
「っていうかさ。思ったんだけど、ここからホグーツまで、特急なんだろ?・・・327円で乗れんのか?」
「え?」
足がとまる。
それによって今まで置き去りにされていた何かが追いつき、彼女は急に背筋が寒くなった気がした。
・・・そういえば考えていなかった。あれって有料なんだろうか。
もしそうなら・・・どうしよう・・・。
「おー、おハジキも入ってる」
「ちょっと!人の財布、勝手に開けないでよ!」
小さな財布から飛び込んでくるのはなんとも頼りない現実であり、とても、期待には応えてくれそうにはない。
・・・東京に来たら絶対に行けると思っていた。
いまさらながら、彼女は自分の進退が不安でたまらなくなってくる。
「なぁ、取り合えずこの金で肉まんでも・・」
「うるさいっ!!」
「ねぇ、きみ」
その時だ。振り返れば、ブレザー姿の男が1人、間違いなく自分に声をかけていた。
「何か困ってるの?君、なんて名前?」
彼女の今を心配するのなら、こうでも聞くだろう。
彼女の格好を見て別のものと勘違いすれば、もっと卑猥なことを聞いてくるかもしれない。しかしこのブレザーは違っていた。
「今、PCを募集している」
「は?」
「さっきから見ていたが、君は絶対に向いている。君のような若さとそのパフォーマンス性が今のうちでは求められているのだ」
「へ?」
「ほうほう。君も参加されると申されるか。そうかそうか。共に頑張ろう」
「え?ちょ・・・ちょっと、なに?」
いくら後先考えずといってもこれには彼女も面食らう。ブレザーは「何を今更・・・」というような表情を浮かべ、アタッシュケースから一枚の紙を取り出した。
「ま、とりあえず、ここにサインしてくれよ」
「ちょっと待ってよ!意味わかんない!なに?」
そこまで言って、彼女は一つの考えに思い当たる。
ひょっとして・・・魔法学校の人?・・・そういえば、困ってるハリーに狙いをすまして、バスが停まったことがあったわ・・・。
彼女は彼の顔を見た。
自分よりも頭一つ半くらい背の高いメガネの男である。五分分けにしたその髪型といい、見た感じ何の変哲もない男だが・・・。
先にタネを明かすと、かれは「大日本女児塾」というプロレス団体のスタッフの一人であった。
彼のここ数ヶ月の仕事は新鋭のレスラー候補を探すこと。今日も武道道場とレスリングの名門高校を見学してまわったところで、その帰り・・・すっかり遅くなってしまったところに、妙な少女を見掛けた。
この「塾」が創設期であったことも手伝っている。とにかく、「人を呼べる」人材を集めなければならなかった。この少女のゴボウのような細い体からはまるで戦闘力を感じないが、この恰好といい、人形と本気で論争するあどけなさといい、ひょっとすれば興行に添える小さな花として観衆を沸かせてくれるかもしれない。・・・男は収穫のない数日間を、いつのまにかこの子で払い戻そうとしていた。
もっとも、彼女はそんな事は知る由もない。
・・・この人、ひょっとしてあたしが学校に行きたいことを知ってる・・・?
「あの・・・ひょっとして・・・ホグーツって、知ってますか?」
自分でも分かるくらいおそるおそるである。彼女はホグーツなんて単語は普通の人は知らないと思っていた。だから男の次の言葉は彼女にとって、まさにホグーツ行の汽笛が鳴ったようなものだった。
「え?・・・ああ。しってるよ。確かハリーボーダーの・・・」
「そうそう!!」
思わず大声がもれる。ようやく今までの疲労や不安から解き放たれたような気がして、目頭が熱くなった。
「あぁ・・・よかったぁ・・・探してたんです!」
「え?」
今度は男の方が面食らう。
「はい!えっと、どれですか?」
「へ?」
「サインでしょ?書きます。すぐに行くんですか?」
「え?あ、いや、あのぉ~、今日は夜も遅いから」
「でもあたし・・・実は後先考えないで東京まで出てきちゃって・・・泊まるお金・・・ないんです・・・」
彼はここでようやく気持ちを立て直した。どうやら何かを勘違いしているようである。だが、かまうまい。どうせこちらには一分の損もない。
「そっか・・・んん・・・ちょっと待っててね」
彼が携帯を取り出すと、彼女は込み上げて来た感情をこらえきれず、ピノを持つ右手を左手で抱きしめると、
「やったねピノ!!うれしい!!よかったやっぱり新宿に来て!!」
「あーそうかよ!イタイからクルシイから!!」
「やったぁ!!!」
この大声にはさすがの東京人たちも一斉に振り返るが、そんなことを気にして入られない。3年越しの夢が、今かなうのだ。
「ああ、ちょっといい?」
男はいつのまにか電話を終えている。
「とりあえず、メンバーの脇島さんの家が近いんだけど、そこで一泊泊めてもらえるよう頼んだから、行くのは明日にしよう。はい、じゃあここにサインして」
その用紙には隅の方に「大日本女児塾契約書」と書いてあるが、そんなものが今の彼女の目に入るわけもない。期待に震える文字は「細川美衣奈」と羅列されていた。
「うん、ありがとう。じゃあ明日から頼むよ。脇島さんのところには今から車で送るからね」
入団テストなど必要あるまい。どうせテストなどしても受かるはずもない。彼は本契約(一年)の用紙を大事そうにアタッシュケースにしまう。
・・・そして、美衣奈のプロレス団体入団が決まった・・・。
なお、筆者はプロレスには無知です。
純粋なプロレスファンには向かないと思います。




