07. sleeping beauty
夜明け前の心地よい、ふんわりと弱い風を肌に感じる。
まだまだ止みそうにない雨に打たれ続けている肌の感覚と梅雨の時期特有のなんとも言えないジメジメした感じが、一晩を外で過ごした慣れのせいか、掻き消されているようであった。
遠くから見える光、感じるざわつき。
街が動き出す合図を奏は五感で感じ取る。
朝だ。
それもおよそ6時といったあたりであろうか。雨雲のせいで日の出が悪く、そう決めつけるには少し情報が足りなかったが…。体感的に、こういうのを体内時計というのであろうか、体は朝6時だと言い張っていた。
多分、あと2時間もすれば親も不安になって、ついには警察へ一報、その後はこんな自分の為に人々が動き出す。捜査を始める…。いや、こんなちっぽけな自分の為に大人たちは動くのかな…?いっそのこと見捨ててくれても構わないんだけど…。
そんなことを考えながら奏は歩き続ける。
多分、瑞羽も疲れ始めているだろう…。でも、あと、もう少しだけ。ここで警察に保護されてしまったら…と思うとやはりもう少し歩を進める必要があった。
雨で緩んだ地面、足場の悪い傾斜、整備の行き届いていない道を歩いて歩いて…。
いつしか時は経っていた…。
自然と止まってしまった会話とは逆に着々と経過する時間。
見知らぬ山奥。辺りは深緑で染まり、雨音もくぐもった響きとなり、どこか神秘的な印象を受ける。
もう少なくとも奏にはここが何処かということも、方角も何も特定することは不可能だった。
振り向くとすぐ隣に見える馴染みの顔にはそろそろ疲労が見えていた…。
それでも2人は歩き続けている。
何処へ?
目に見えるような…、触れられるような…、そんな明確な目的地などない。かといって、彼らに途方に暮れている様子は見当たらなかった。
「いい結果を残す選手ってさ、練習の時とかこんな顔していなかった?」
不意に、少し楽しげな表情(それが無理して作った表情かはわからない)をみせて奏が瑞羽に対して尋ねてきた。
それまで2人の間に会話は無かったが、どうやら奏が互いの疲れを感じ取って、話題を持ち出したらしい。
「奏みたいなヘトヘトな顔ってこと?」
瑞羽は反応に困ってしまったが、とりあえず中学時代の会話のように、敢えて奏の期待していないであろう答えを持ち出した。
「いや…何かさ、今ならこれまでの自分と違って、成し遂げたいものにまっすぐに向かっていけてるような気がしてさ…!自分は相変わらず、体格も精神も頼りないけど、今はちょっとはたくましい顔してるんじゃないかなって思ったから。」
「…うーん。まあ少しくらいなら勇敢…に見えなくもないかな。でも陸上選手はそのくらいで疲れないよ?」
「まあ…体力不足は勘弁してくれ…!」
「仕方ないなぁー、もう。私より先に疲れるとか…」
呆れた表情をしながら、隣にいる奏を軽く叩く。
本当に何かモノが触れたなー…程度の強さ。叩くというより、瑞羽の手のひらが奏の腕をかすめるという感じ。
「もう…!」
瑞羽はそう呟いて、ふてくされてる。
実は奏は一睡もせずに夜を明かすことが少なかったので、夜更かしの耐性は皆無に等しく、相当に意識が薄らいでいた。
瑞羽からすればいつもに比べて反応も薄く、会話をしているようで、半分寝てしまっているんじゃないかと思うくらいウトウトしていた。
それで話せば話すほど瑞羽はふてくされてしまっていた。奏から話しかけてきたっていうのに…。まったく…。
そんなことがありながらも、2人は休まず歩き続けておよそ7時間…。
つまり、奏のやや薄らいでいる意識の中では今は正午手前、11時といったあたりだろうかと考えていた。
膨れっ面の旅のパートナーも遂に疲労と睡魔が極限に達していた…。さっきまで奏に文句がありそうな顔をしていたものの、どうやら最後に疲労と睡魔に打ち勝ったのは奏のほうだったようだ。
大きな樹木の根元、ちょうど休憩には十分なスペースを見つけ、立ち止まる。奏はまず、無言で瑞羽を座らせてやった。瑞羽を樹木に寄りかからせ、そのまま瑞羽の体を沈めるように瑞羽の上から力をかけてやった。
瑞羽も弱り切っていたため、抵抗もなくストンと落ちるように座った。
奏は何か瑞羽に毛布がわりになるものをと思い、少し考えたがそんなものは持ち合わせていなかったので、ちょっと申し訳なさそうな顔つきで瑞羽に言った。
「おやすみ。ゆっくり休んで…。今日はお疲れ様、ありがとう!
大丈夫だから。頼りないかもしれないけど、見張りは任せて…!」
瑞羽はその言葉を頭で理解する以前に、奏の顔をぼんやりと眺めて、落ち着いた表情で眠りに落ちたーーー。




