Ⅰ 1武道大会
とあるファーストフード店。
日曜日の夕方、異様な雰囲気を放つ二人はそこにいた。
一人はアジア系のモンゴロイド、日本人らしかった。
しかしもう一人の少女は白人かと思われるほど肌が白い。
少女は体格こそ幼いが、その表情は体格には合わぬ妖艶さと落ち着きを持ち合わせている。
白く雪のような肌に対し、黒くどこまでも深く澄んだ瞳は見る者すべてを射止めるような鋭さを秘めている。
格好は漆黒のドレスに純白の手袋、髪型は床に届かんほどに長い黒のストレートヘアだ。
黒を基調とした衣に身を纏った彼女はただ闇夜に輝く月のように美しかった。
彼女に相対するように椅子に腰かけている少年は17歳前後といったところか。
表情からは活発や明るい、といった性格が見て取れる。
少年はごく一般の学生のユニフォーム、つまりは学ランを来ていた。
襟にはバッチがついており、鳥が翼を広げたようなエンブレムが彫られている。
これは異能の者が集う鐘ヶ淵高等学校に通う証だ。
少年はテーブルに広げたペーパーの上にあるフライドポテトを一摘みして口に運んぶという作業に没頭していた。
それを呆れたような眼差しで少女は見つめていた。
「そう怒りなさんなリリア、ほら君も食べる? 」
なんて楽しそうに語りかけてきた少年に対しリリアと呼ばれる少女は少年に怒りを爆発させた。
「ユウマっ!! 」
「はいっ!? 」
突然怒鳴られた少年、ユウマは驚きで椅子からひっくり返りそうになりながらもなんとか耐え、恐る恐るリリアの表情を伺う。
「これ……あげるから……な?」
とっさに次はハンバーガーを差し出してくる。
地面に置いてあるアルミのアタッシュケースが椅子にぶつかって倒れるが2人はこれを気にもせず続けた。
「誰がそんな庶民の食べ物……じゃなくて!!」
「びっくりした~。いきなり怒鳴るなよぉリリア」
リリアは雪のような純白の肌を紅く上気させ、少年を射殺さんばかりの視線を投げかけた。
それに対しルユウマはやや不満そうな表情で片手にジュースのボトルを取り、飲む。
「なんだよ~リリア」
「まったくあきれるのです……反省するのです。 あれがなんでもありの武道大会でなければあなたは今頃監獄の中だというのに!! 大体いつもあなたは物事に対し軽率過ぎなのです。 いいですか? 鐘ヶ淵の生徒たるも者は実直かつ誠実でなくてはいけないのですよ、なのにあなたときたら……」
口をとがらせ叱責する彼女に対し、少年はというと――
「ん? これ美味しいよ! やべぇよ! この塩加減がいいんだよなぁ……おめぇも食えよ」
聞いていなかった。
まったくもって聞いていなかった。
指で摘まんだフライドポテトを笑顔でよこしてくる。
コ・ロ・ス……
楽天的というか、いい加減というか、とりあえず陽気なユウマに対しリリアは今までどうにか自制していた怒りをついに暴力という手段をもって爆発させた。
それも満面の笑みだったのだから、この光景を見た者は恐怖に足がすくんだに違いない。
ドゴッ!!
「ウゴァッ!」
という鈍い音と叫び声がしたと思うと、すでにそこには、ユウマの姿はなかった。
轟音と共に突如店の壁にできた穴が人型であったのは単なる偶然ではないだろう。
それを他の客はただ茫然と眺めていた。
何が起きたのか理解できないといった表情で客が青ざめる。
やがて静まりかえった店内の人々の視線は1人の少女へと向けられた。
超常現象とも取れるその行為に、皆が驚愕した。
多く人々の恐怖と驚きが混同した視線を浴びた当の本人は落ち着いた表情で店員に対し、
「修理代、これで足りますか?」
と落ち着いた口調で悠然と店員に近づいて言い、カウンターにアタッシュケースを置いた。
「あ、あの……」
驚きで口をパクパクさせている店員時間の無駄と判断したのか無視し、漆黒の少女はどこかに飛んで行った、いや、ぶっ飛ばした少年を探すため店を後にした。
少女が去ったのち、店員は我に返りアタッシュケースを開いた。
店員は中身を見て再度絶句した。
これはもはや噂なのだが、中には大量の札束、総額1億円もの大金が入っていたらしい。
慌てて店員は店の外へ出たが、少女の姿ははどこにも見当たらなかった。
リリアの怒りの発端は約6時間前まで遡る。
2人は入学時に学校で開催される武道大会なるものに参加していた。
武道というと過去の遺物となった柔道や剣道などを思い浮かべるかもしれないが、2055年現在は違う。
過去、戦争には核や銃器が持ち出されていたが、科学技術が発達した今、兵器となるのは生身の人間となった。
『生身』と言ってよいものなのか、戦地に駆り出された者はある特別な『チカラ』を使って戦場を駆け抜ける。
或る者は口から超高圧ウォーターカッターを放射し、或る者は毒ガスを撒き散らし、或る者は戦場自体を爆炎で焼き払う。
もはや人智をを超えた超絶能力バトルへと変わっていった。
なぜこんな『チカラ』を持つものが現れたのか……。
実は、はっきりした今だ理由は分かっていない。
いや、分かってはいるが何者かが真実を握るつぶしているだけかもしれないし、単なる偶然かもしれない。
しかし確実に分かっていることが1つある。
それは、2032年以来、突如として世界中で生まれる人間が『チカラ』をもつようになったのだ。
そしてそれは現在に至り、『チカラ』をもつものは生まれ続けている。
こぞって世界が『チカラ』を持つ者を育成し兵器として育て上げた。
『チカラ』をもつものは核などに比べ圧倒的なコスト削減が可能であり、かつ強力だったから世界が『チカラ』の育成に尽力したのも頷ける。
かくしてユウマ、リリア2人が通う軍事中心の学校ができ、文化が生まれ、ついには『チカラ』を駆使した武道大会までもが行われるようになった。
だがどうしてルイスがこの武道大会でリリアを怒らせる原因を作ってしまったかというと至極簡単。
ユウマが勝ってしまったからだ。
誰に? 相手の女子生徒にだ。
ただ暴力を使って倒すというのは、もはや彼らの学校では一般的なことだった。
ならなぜリリアが怒ったか、それは倒し方に問題があった。
そう、そのユウマのふざけているともいえる、というかもう犯罪紛いのその戦い方に――。
武道場は一階が戦闘、二階が観戦するための構造となっている。
天井のスポットライトは武道場中央の二人に向けられている。
多くの生徒がたった今始まろうとしている試合に歓声をあげ、興奮に武道場がつつまれた。
「やっちまえエリカ!」
「玉だ! 玉を狙え」
「ブーブー」
「エリカ頑張ってー!」
ユウマに対する野次とユウマの相手、エリカへの応援の比率が9対1という完全アウェーの中、ユウマは笑顔を崩さずエリカに相対した。
彼女は紅と白に彩られた制服に身を包み、アーマーなどは付けていなかった。
戦闘でのアーマーの装着は基本なのだが、彼女にはな何か策があるのか、その類のものは一切付けていなかった。
髪型は赤みがかったポニーテール。
性格は男勝りなのか、その表情はボーイッシュな雰囲気を漂わせる。
エリカはポニーテールを揺らしながら、声援に手を振ってこたえる。
「まさかアンタみたいなダメ男が相手とはね……最悪だなぁ。まぁ瞬殺してあげるから感謝するんだね」
二っと不敵な笑みを浮かべるエリカ。
「いやぁー、お褒めに預かり光栄だなぁエリカちゃん」
とヘラヘラ笑うユウマ。
「うっ、キモ」
とエリカが声を発したとともに試合開始のブザーが会場に鳴り響いた。
爆発的な歓声により、高揚した空気が一気に会場を満たす。
ついに戦いの火ぶたが切って落とされた。
先攻はエリカ。
堅い武道場の無機質な床を蹴り凄まじいスピードでユウマの懐へと入る。
(速いな……)
ただ速いと言っても、足が速いなど規模の小さな話ではない。
エリカが使用した『チカラ』は移動高速化の類のもので、彼女のそれは初速が時速100キロ前後といったところだ。
もはや人智を超越していた。
アーマーを付けていなかったのはどうやらこのためだったらしい。
最大限の軽量化による移動速度の増加のためだった。
その速度にユウマは半ば驚きつつも笑みを崩さない。
「セイヤァっ!!」
という掛け声とともにエリカが右ストレートをユウマの顔面に放った。
ユウマがユラリと上体をわずかに傾ける。
ビリッ!
という空気が弾けるような音とともにエリカの拳は虚空を切り裂いていた。
(避けた!?)
今度はエリカが驚く番だった。
最初の二人の距離は10メートル前後、その距離を一瞬で詰め拳を放つまでの時間……
わずか0、5秒――
これを躱したユウマの反応速度もとても人間それとは言えなかった。
「ヒャーこっえぇな!! おっかねぇ姉ちゃんだなオイ!」
余裕といった表情で笑うユウマ。
しかしこんな余裕を見せつけられ驚くようなエリカではない。
「フンッ! 速攻で決めるつもりがしくじったかぁ。 でも……次で終わり、だよ!!」
と言うとエリカはまたしても超高速で駆け出す。
今度はユウマの向かってではなく彼の周りをだ。
数秒すると彼の周りを数人のエリカの分身が囲んだ。
「おお! 美女がいっぱいだなぁ。 どれ捕まえよっかな~」
周りを見回しながらユウマはふざけながら言う。
「やれるもんならやってみな!!」
という声とともに全ての分身がユウマに襲い掛かる。
(勝った!!)
という確信がエリカにはあった。
なぜならエリカの本体はユウマの周りを走っていなかったから。
なんとエリカの本体は上空を経由し彼の周りを跳んでいたのだ。
それに気づくはずもなくキョロキョロと周りを見るユウマ。
地上からの分身による攻撃を回避もしくは防御したところで、空中からたたく。
予想どおり、ユウマは分身に気を取られて防御姿勢をとった。
スピードを限界まで加速させた必殺の拳がユウマを貫く寸前……
エリカの予想を大きく上回ることが起こった。
なんと、ユウマは防御姿勢から一転、迎撃の体勢へと変更した。
それも上空に――
つまりはエリカの本体に向けて。
「カワイコちゃんつーかまえた!」
エリカの拳はユウマに片手でいなされ、エリカはそのまま少年に突っ込むようにしてぶつかったが、のち一瞬で拘束される。
観客がおおっ!!という感嘆の声を上げる。
(マズイっ!!)
エリカは身の危険即座にを感じとり拘束から逃れようともがく。
しかし男の力には力学操作系の『チカラ』やそれに準ずるものがなければ基本はかなうはずもない。
あっけなく拘束されたエリカは、
(負けた……)
と思った。
しかしユウマの反撃はいつまでたってもこなかった。
何事かと彼を見ようとしたその瞬間。
エリカの胸をユウマがグワシッ!と無造作につかんだ。
は!?とエリカが驚愕で目を剥く。
モミモミ……
エリカだけでなく観客の生徒全員がその異様な光景に絶句した。
ユウマがエリカの胸を揉んでいた……。
彼の異常行動に会場が静まりかえるが刹那、悲鳴がその静寂を切り裂いた。
「あ……ああ、キャアアアアアアアアアアアアアアア」
突然胸を触られたことに対する羞恥と悲しみと怒りでエリカは叫ばずにはいられなかった。
「うん。78点てとこか」
などと言いながらエリカの拘束を解きながらユウマは言う。
「う、うわああああん」
地面にペタンと座り込み顔を真っ赤に染め、突然エリカが泣き始めるものだからユウマは焦り自爆した。
「うお? って……あ……あのぉ、でもいい胸だったよ? 」
なんて言い出すものだから余計にエリカは泣きじゃくる。
「う……」
対応のしようがなく一歩後ずさる変態である彼に対し、
「反則だぁ! 退場しろ!」
「なんてことするのよ、ヘンタイ!」
「ブーブー」
と罵詈雑言を浴びながらユウマは戦場から逃げ出すようにして退散した。
それでも戦闘不能になったのはエリカだったため、パネルのウイナー表示は虚しいかな、ユウマの名前が煌々と輝いていた。
のちユウマはリリアに半ば強制的に危険させられ、二回戦敗退という結果に終わった。
これが今回の『ユウマの壁抜け』という事件の犯人、リリアの動機であり、ことの顛末だった。
武道大会ののちに学生寮で待ち受ける般若の存在に気付かぬまま、ユウマはいそいそと地獄へと歩みを進めていった。
寮ではリリアによる5時間に及ぶ説教が待ち構えたいた。
そしてそのあと昼食ともいえない時刻に昼食をを二人で食べに行ったのがあのファーストフード店というわけだ。
「こんなところにいましたか。まったく手の焼ける男なのです」
といいながらリリアは店から200メートル先で伸びている男を発見し、引きずるようにして学校寮へと戻る。
「はぁ……」
大きなため息が自然と漏れるリリア。
この先こんな男とやっていけるのかと。
とても小さな彼女の背中は、赤くそまるせつなげな夕焼けのせいで一層小さく見える。
やがて2人(1名はひきずられたまま)夕闇の空に溶け込むように姿を消した。
まず初めに謝罪です。
本作品は内容に大幅な修正、加筆があります、ごめんなさい!!
誤入力などがありましたらご報告のほどよろしくお願いします。
今回は本作品を読んでいただき本当にありがとうございました。
次回もどうかよろしくお願いします。
では。
大紺
本作品の関する御感想、ご感想を募集しています。