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職人馬鹿と最強の家族 ~左大臣の無茶振りから始まった都一の車大工~  作者: 紡木 結


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重力からの解放と、招かれざる使者

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、いよいよ「板バネ」の本格的な試作と、手に汗握るテスト走行のエピソードです。木と革、そして藤太の執念が生み出した「乗り心地」とは果たして……!?

朝日が工房の土間に斜めに差し込み、宙を舞う木屑を金粉のように照らし出している。

俺は、昨夜月の光の下で研ぎ澄ませた大鋸おがと小刀を手に取った。刃先が木の表面に触れた瞬間、抵抗なく「スッ」と吸い込まれるような極上の感覚がある。昨夜の俺の「研ぎ」は完璧だった。


俺は作業台の奥、埃を被った物置から、一台の古い荷台車を引っ張り出してきた。

それは、俺がまだかんなの使い方もろくに知らなかった修行の初めに作った、いわば「過去の失敗作」だ。車輪と荷台の固定が甘く、少し引いただけでガタガタと情けない音を立てるため、長らく放り出されていた代物である。


「……ふむ、修行時代の名残か。こいつを実験台にするのは悪くねぇな」


腕を組んだ親方が、背後で面白そうに目を細めた。俺は荷台車の古い車軸を外し、この不格好な失敗作を「新たな挑戦」の土台として据え直す。


俺は親方に教わった通り、ケヤキの板を実物大へとスケールアップさせる作業に入った。

一尺(約三十センチ)だった雛形の板は、今度はその三倍以上、一メートルほどの長さになり、厚みも増している。だが、ただ大きく分厚くすればいいというものではない。


俺は小刀を握り直し、一枚一枚の板を慎重に削り出していく。

板の中心部――車軸が当たり、最も負荷がかかる部分にはしっかりと厚みを残し、そこから両端に向かうにつれて、緩やかな曲線を描くようにわずかに薄く削ぎ落としていく。こうすることで、衝撃を受けた際の「しなり」が一点に集中して折れるのを防ぎ、板全体で力を逃がすことができるのだ。


そして、ここからが俺の「本分」とも言える革の作業だ。


たっぷりと牛の脂を含ませた、分厚く極上のなめし革。昨夜の閃きの通り、俺は革の重なり合う端の部分を、小刀で極限まで薄くいた。

それを、重ね合わせた槻の板に、渾身の力で巻きつけていく。


「ふんっ……!」


奥歯を噛み締め、腕の筋肉がはち切れんばかりの力で革紐を引く。

革が木にギリギリと食い込み、ミシミシ、ギチチと、悲鳴のような音を立てる。脂が染み出した革の表面が、俺の手のひらにねっとりと吸い付いた。指の皮が擦り切れそうになるほどの張力。

それはただの補強ではない。反発しようとする木という硬い素材に、革という柔軟で強靭な生命の強さを宿らせ、ひとつの新しい「筋肉」を造り上げるような圧倒的な熱を帯びた作業だった。


昼過ぎ。

汗だくになった俺の目の前には、古い荷台車の車軸と荷台の間に、完成した「木と革の板バネ」が二組、見事に組み込まれていた。

革の端を薄く漉いたおかげで、表面には一切の段差がなく、まるで黒い大蛇が木に巻き付いているかのような、異様で美しい滑らかさを保っている。


「よし、藤太。乗ってみろ。俺が引いてやる」


親方が荷台のを力強く握った。

俺は手ぬぐいで汗を拭い、少し緊張しながら、荷台の上にどっかりと腰を下ろす。

その瞬間だった。


ギチッ……。


俺の体重を受け、板バネが微かな音を立てて「グッ」と心地よい沈み込みを見せたのだ。ただの木の箱なら絶対にあり得ない、生き物のような柔らかい受け止め方。


「行くぞ!」


親方が太い足で土間を蹴り、力強く歩き出した。

そして、工房の土間に転がっているこぶし大の石を、わざと車輪が踏み越えるように真っ直ぐに引いた。


(――来るっ!)


俺は無意識に体を強張り、背中から脳天に突き抜ける「ガツン」という強烈な衝撃に備えた。

車輪が石に乗り上げたのは間違いなかった。車輪自体は大きく跳ね上がり、車軸も激しく暴れているのが見えた。


しかし。

その激しい突き上げは、俺の尻の下に敷かれた板バネが「グワリ」と大きくしなることで完全に吸収され、霧散した。

荷台に座る俺の体には、まるで一瞬、重力から解き放たれたかのような、ふわりとした緩やかな上下動としてしか伝わってこなかったのだ。


「どうだ、藤太!」

「……揺れません。親父、全く違います! 前のガタガタした突き上げが、どこにもありません!」


俺は荷台の上で、たまらず興奮の声を上げた。木と革が、路面の衝撃を見事に食い殺している。


親方はさらに速度を上げ、工房の裏にある、わざと凸凹の激しい道へと台車を連れ出した。

激しい走行。車輪が石や窪みを拾うたびに、板バネは狂ったようにしなりを繰り返す。しかし、俺が限界まで締め上げた革がしっかりと木の繊維を束ねて押さえ込み、破断する気配は微塵もない。


「……耐久性も今のところは申し分ねぇようだ。お前の『革の仕立て』が、木の繊維を完璧に抑え込んでやがる」


親方は息を切らして台車を止め、額の汗を拭いながら、板バネの接合部を鋭い目で指差した。


「見事な仕組みだ。……だが、藤太」


親方の目は、手放しで喜ぶ職人のそれではなく、さらに高みを見据える厳しい目つきに変わっていた。


「これだけ激しく木と革が動き続けるとなると、革紐が少しずつ内側で摩擦を起こす。いずれは熱を持って緩んでくるかもしれねぇ。それとな……」

親方は台車の端をドンと強く叩いた。

「車体が軽くなった分、あまりに大きな衝撃を受けると、バネが反発して、逆にポーンと『跳ねすぎる』きらいがあるな」


俺は息を呑んだ。

親方の指摘は、恐ろしいほど冷静で的確だった。

確かに突き上げの不快感は消え、乗り心地は格段に向上した。しかし、バネが元に戻ろうとする時の「跳ね返り」をどう制御するか。そして革の摩耗をどう防ぐか。

これは、サスペンションという概念すら存在しないこの時代において、とてつもなく高次元な技術的課題だった。


(跳ね返りを殺す仕組み……。摩擦を防ぐための油壺の設置か……?)


俺が思考の海に深く潜り込もうとした、まさにその時だった。

工房の表通りから、昨日の兄上の声をはるかに上回る、ひどく賑やかで物々しい一行の気配が近づいてきた。


「源次郎殿、おられるか! 左大臣家、藤原様からの使いで参った!」


現れたのは、煌びやかな直垂ひたたれを纏った武官の一団だった。

どうやら、昨日の兄・惣太郎の「前評判の吹聴」が、俺たちの想像を絶する速さで都の権力者の耳目を集めてしまったらしい。


実験の成功に浸る間も、新たな課題を解決する間もない。

俺と親方は顔を見合わせ、ただならぬ空気を纏う使者たちの前に歩み出た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


板の厚みを中心と端で変え、革の端を漉いて密着させる。藤太の持つあらゆる手仕事の技術が結集し、ついに「重力から解放されたような」ふわりとした乗り心地が誕生しました!

しかし、同時に発生した「バネの跳ね返り(リバウンド)」という、現代の自動車開発でも悩まされる高度な壁にぶつかります。


そして空気を読まずに(?)やってきた左大臣家の使者。

完成にはまだ遠いこの実験台車を前に、藤太たちはどう対応するのでしょうか?

次回、波乱の予感です!

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