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Clavis  作者: 松岸煉歌
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4

研究所での日々は慌ただしく過ぎていった。薫はレポートを書いたり、合間に杏夏や政臣の研究の補助をしたりして過ごしていた。

「あの、杏夏さんと政臣さんに質問なんだけど、僕がいないと魔力測定器は完成しなかったって、それ相当な知識が必要ってことじゃ……」

杏夏は資料を片付けながら言った。

「知識っていうより、薫君のすごいところは、魔術ランクE-ってところなんだよね!」

「……それはどのくらいすごいの?」

今度は政臣が口を開く。

「魔術ランクE-っていうのは、魔力が全くない人なんだ。何千人に1人っていうくらいで、これは結構珍しい。魔力で動くタイプの道具も使えないから不便かもしれないけど、研究するにはとてもありがたいんだ。基準になるからね」

政臣はコーヒーを1口飲んだ。

「でも知識がいらないというわけじゃない。薫君は実験台じゃなくて研究者だからね。白林先生も研究者としての君に期待しているから、この課題を課したんじゃないかな」

「な、なるほど……」

二人はどんな質問にも答えてくれたし、実験をしながら知識を紐付けさせてくれた。

充実はしているが、ただ1つ、姉だという葵が長期欠勤し続けていることだけが気がかりだった。


ある日、杏夏が薫のもとへ駆け寄ってきた。

「薫君、ちょっとお願いがあるんだけど」

「何?」

「私これから数日出張で出なきゃいけないんだ。その間に知り合いが来ることになってるから、その対応をお願いしたいんだ」

「良いけど、知り合いってどんな人?」

「モノクル掛けた男だよ。……いや男じゃないかもしれないけど……」

「え?」

「うーん…まあとにかくモノクル掛けてれば本物だから!封筒を受け取ってくれればいいだけだから!」

「なんかそれ犯罪臭が」

「違法なことはしてないから大丈夫!ね!」

そして杏夏は言葉を続けた。

「ああ、それとね。私のデスクの上から二番目の引き出しは開けないでね。基本鍵かけてるけど、もしかけ忘れてても開けないで」

「いいけど…どうして?」

「女には秘密の一つや二つあるものなんだよ♪じゃ、よろしくね~」

そう言って杏夏は出かけて行った。


が、数日経ってもモノクルを掛けた男どころか客人さえ誰も来ない。

「薫君、少しいいかな」

「あ、はい、政臣さ…蔵中先生」

「政臣でもいいよ。鯨井さんに頼んでた資料が見当たらないんだけど、知らない?黒い封筒に入れてデスクにしまってあるはずって聞いたんだけど。それとも、まだ届いていないのかな」

「うーん、見てはいないですが……探してみます」


薫は杏夏のデスクを探した。杏夏は意外にも筆まめなようで、友達と思われる人たちからのたくさんの手紙がしまってある。

「あれ…?ここには無いのかな…」

手紙を一つひとつ確認するが、政臣の言う黒い封筒は見つからなかった。

「他の引き出しなのかな?」

1つ上の引き出しを開ける……違う。今度は1つ下の引き出しを開ける……これも違う。

「どうかしたの?」

声のした方を見上げると瑠衣だった。

「蔵中先生に頼まれたものが見つからなくて」

「ふーん、じゃあ私も手伝うわ。どういう物なの?」

「ええと、黒い封筒で……」

一通り説明を終えると、瑠衣もデスクを探し始めた。

だが、あと残されているのは杏夏に開けないよう言われている上から二番目の引き出しだけだ。

ここならばあるいは……。薫は引き出しの取っ手に手をかけた。……開いているようだ。

――ごめん杏夏さん!薫は引き出しを開けた。

「……え?」

引き出しの中には白い鍵が一本だけ入っていた。


「薫、どうかした?」

「いや…えっと…」

「見つけたの?」

なんと言って良いのか分からない。異様な光景ではあるが、そもそも開けてはいけなかったのだし。

答えに困っていると、瑠衣が覗き込んできた。するとはっとして呟いた。

「これ…」

「瑠衣、これ知ってるの?」

「この鍵、私が失くしたものだったの。こんなところにあったなんて…」

落し物として拾ったのであれば、持ち主が見つかるまで鍵付きの引き出しに入れていたのも納得だ。

「杏夏さん、あとで届けようとしてたのかな……」

「そうね、……もしかしたら鯨井さんに盗られたのかもしれないし」

「どういうこと?」

瑠衣はそれには答えず続けた。

「とにかく、鯨井さんには知られたくないわ。その鍵、渡してくれない?」

薫は逡巡した。元々この引き出しは開けてはいけなかったものだ。でも瑠衣の話が本当なら、杏夏に見つかる前に渡した方がいい。何より、ただの落し物として拾っていただけかもしれない。

「うん……分かった」

薫は鍵を手渡した。瑠衣は鍵を奪い取るように受け取ると、ドアに駆け寄った。そして口の端を釣り上げた。

「なあんてね」

「瑠衣!?どうして?」

「怪しいとは思ってたのよねー、この棚。他のところはどこでも見られるのに、ここだけ触らせてもらえないんだもの。」

瑠衣は鍵をくるくるさせながら、薫に向かって不敵に笑いかけた。

「瑠衣、君は……」

「さ、茶番はもう終わり。これはもう私のもの。これさえあればあのお方に……」

「あれあれ、何してるのかな?瑠衣ちゃん?」

声のした方を振り返って見ると、そこには杏夏が立っていた。

「杏夏!?」

杏夏は掛けているモノクルをチャッと上げた。瑠衣が呟く。

「まだ帰って来ないはずじゃ……」

「もちろん私だってそのくらい対策してましたー」

でも、何かがおかしい。そういえば杏夏は丸眼鏡を掛けていたような気がするのだが……。

「誰……?」

「えっ薫君、また記憶喪失になっちゃったの?」

「そうじゃなくて……」

「邪魔しないで!」

瑠衣は薫と杏夏を突き飛ばすと、廊下へ駆け出して行った。

「痛てて……大丈夫?」

「うん、大丈夫……あの、本当に。貴方は誰?」

杏夏はにやりと笑った。

「……君って本当に察しがいいなあ。まあ、モノクルと丸眼鏡の区別くらい普通はつくものかな?」

ぬるり。そうとしか形容できないように、杏夏の輪郭が溶け、知らない男の輪郭になる。

「はじめまして、僕は魔道図書館館長、ニアル=シュバルッパ。君たちと違って名字が後ろだ」

ニアルと名乗った男は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「大丈夫、杏夏ちゃんはもう既に呼び戻してる。今向かっているはずだ。杏夏ちゃんが来たら入れ替わりで僕はここを去るから」

「あの、どうして僕の名前を?」

「杏夏ちゃんから事前に聞いてたからね。おっと、もう人が来るみたいだ」

ニアルは小声で付け足した。

「杏夏ちゃんに化けてることは僕と薫君だけの秘密ね」

ニアルはまたぬるりと杏夏の姿に戻った。

「僕もね、まだ仕事が残ってるし、早く帰りたいんだよね」

そう言って黒い封筒を差し出した。

「杏夏ちゃんに何か受け取るように頼まれてたでしょ?それがこれ」

杏夏の姿をしたニアルはニッと笑った。

「遅くなってごめんね。じゃあ、幸運を。機会があればまた会おう」

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