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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第二十六話「ミッドナイト・ヘブン」2

第二章 帰還、そして日常へ


『鉄の馬車』は、朝日を背に受けて東へと疾走していた。 行きとは違い、車内には穏やかな空気が流れている。エンジンの唸り声も、タイヤがアスファルトを噛む音も、どこか軽やかに聞こえた。


「右前方、旧東海道の分岐点です。……ナビの指示通りに進めば、夕方には東帝都(トウテイト)に到着します」


 助手席で地図を広げている天羽祈(あもう いのり)が、ナビゲーターらしく報告する。 彼女の膝の上には、昊天(コウテン)から貰った茶葉の箱が大切そうに抱えられている。運転席の鉄鏡花(くろがね きょうか)は、無言で頷き、ハンドルを切った。


「了解。……サスペンションの調子が悪い。安全運転で行く」


 後部座席からは、喧しいほどの笑い声が響いてくる。辰巳響たつみ ひびき白雪美流愛しらゆき みるあ、そして双子の亞莉愛アリア華琉愛カルアが、トランプに興じていた。


「はい、大富豪! アタシの勝ちー!」


「嘘でしょ!? 革命返ししたはずなのに!」


「お姉様、ドンマイです! 次は私たちが捨て身で……」


「捨て身とかいらないから普通に勝ちなさいよ!」


 久遠灯(くおん あかり)は、窓枠に肘をつき、流れる景色を眺めていた。 朽ち果てた看板、雑草に覆われた廃ビル、遠くに見える駿河の海。行きに見た時と同じ風景のはずなのに、今は全く違って見えた。


 胸ポケットから「わかば」を取り出し、火をつける。紫煙が、窓の隙間から外へと吸い出されていく。


 1000年の因縁は終わった。 (あまね)の骨も、氷室(ひむろ)の妄執も、烏丸保憲(からすま やすのり)の野望も、全て過去になった。胸の穴は塞がっていないかもしれない。 喪失感は、一生消えないかもしれない。 だが、そこには新しい風が吹き抜けている。空っぽだった場所に、仲間たちの騒がしい声と、不味いコーヒーの味と、泥臭い日常の記憶が満ち始めている。


「……帰るか」


 灯が、独り言のように呟いた。 その小さな声に、全員の視線が集まる。


「ええ」


 美流愛が、手札を置いて微笑んだ。


「あっちの方が、空気が汚くて落ち着くわ。……綺麗すぎる場所は、肌に合わないもの」


「全くだ。……あっちなら、タピオカも飲み放題だしな」


「私の修理パーツも、あっちのジャンク屋の方が揃う」


「……みんながいるなら、私はどこでもいいです」


 響、鏡花、祈も、それぞれに頷く。 双子は「お姉様が行く場所こそが、私たちの聖地です!」と敬礼している。


 彼女たちは、もう迷わない。 自分たちが「歪な花(リコリス)」であることを受け入れ、その根を張るべき場所を知っているからだ。 清浄な水では生きられない。泥と毒にまみれた、あの愛おしい掃き溜めこそが、彼女たちの故郷なのだ。


「飛ばすぞ、鏡花。……腹が減った」


「了解。……シートベルトを着用しろ」


 装甲車が加速する。 東の空に、鉛色の雲が見えてきた。懐かしい、終わらない曇天の街へ。


 数ヶ月後。 東帝都・神宿(シンジュク)の路地裏。


 かつてミサイルで吹き飛ばされた雑居ビルの屋上には、真新しい……とは言い難い、ツギハギだらけのプレハブ小屋が建っていた。廃材を拾い集めて増築を繰り返したその外観は、以前よりもさらに違法建築感が増し、もはや現代アートの域に達している。


 だが、入り口に掲げられた看板だけは、ペンキ塗りたてで輝いていた。


『万事屋 リコリス・バロック』。


 探偵事務所ではない。 何でも屋。清濁併せ呑む、この街の駆け込み寺。


 新知事・常盤宗一郎(ときわ そういちろう)の方針により、彼女たちは「指名手配」こそ解除されたものの、依然として「要注意団体(アンタッチャブル)」として監視対象にある。 公には存在しない、影の英雄たち。 だが、そんなことはお構いなしだ。


 ガチャリ、とドアを開けると、そこにはいつもの光景があった。


「あーもう! なんで追試なんだよ! 因数分解とか生きてく上で必要ねぇだろ!」


 響が、参考書を壁に投げつけて喚いている。彼女は留年が確定し、地獄の補習授業を受けている最中だ。


「ちょっと、静かにしてよ! 歌詞が書けないじゃない!」


 美流愛が、ヘッドホンをずらして怒鳴る。彼女はインディーズでリリースした新曲『殺意のメロンソーダ』が、一部のカルト的な層に大ヒットし、次作の制作に追われていた。 その横では、双子がファンクラブの会報誌を製本しながら、「お姉様の苦悩するお顔……尊い……」と悶えている。


「……駆動音にノイズあり。再調整が必要だ」


 鏡花は、部屋の隅でジャンク品の山に埋もれながら、何かのパーツを半田付けしている。 彼女の義手は、以前よりも無骨で、機能美に溢れた新型に換装されていた。


「はい、もしもし! ……あ、その件でしたら……ええ、大丈夫ですぅ!」


 祈は、電話対応に追われていた。 彼女は『しゅがーぽいずん』の店長に昇格し、昼は万事屋の事務、夜はコンカフェの切り盛りという二足のわらじを履いている。その表情は、以前のような怯えたものではなく、自信に満ちた「大人の女性」の顔だった。


 そして、灯。 彼女は、デスクに足を投げ出し、新しい依頼人の話を聞いていた。 依頼人は、腰の曲がった老婆だ。


「……で? その猫を探して欲しいと?」


「ええ。真っ白で、オッドアイの可愛い猫でねぇ……」


「なるほど。……で、報酬は?」


 灯が身を乗り出す。 命がけの仕事だ。それなりの対価を期待する。 老婆は、風呂敷包みを解き、恭しく中身を差し出した。


「虎屋の羊羹一本だよ」


 一瞬の沈黙。


「「「安っ!!」」」


 響、美流愛、双子、祈の声が重なる。鏡花さえも、作業の手を止めて呆れている。 世界を救った英雄への報酬が、羊羹一本。 あまりに安すぎる。


 だが、灯はニヤリと笑った。 その笑顔は、1000万ドルの報酬を提示された時よりも、ずっと楽しそうだった。


「商談成立だ」


 灯は、依頼書にサインをした。


「ウチの猫探しは、高くつくぜ? ……覚悟しな」


 彼女は羊羹を手に取り、包みを開ける。黒く輝く甘味。 それを一口齧り、「甘っ」と顔をしかめる。その横顔は、1000年の孤独を背負った吸血鬼のものではない。ただの、甘いものが苦手な、偏屈な探偵の顔だった。


 窓の外。東帝都の空は、相変わらず鉛色に曇っている。酸性雨が降り始め、ネオンが滲む。 腐った空気。騒音。欲望。 全てが元通り。けれど、この薄汚れた箱舟の中には、確かな「生」の熱気が満ちていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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