第二十六話「ミッドナイト・ヘブン」1
第一章 古都の修学旅行
京帝の上空を1000年にわたり閉ざしていた分厚い結界は、朝霧のように消え失せていた。 見上げれば、そこには突き抜けるような青空が広がっている。かつては薄暗く淀んでいた古都の空気が、今は新鮮な風と共に循環し、街全体が呼吸を始めたようだった。
街は、瓦礫の撤去と復興の槌音に包まれている。崩壊した羅城門や、損壊した家屋の修復作業には、人間だけでなく、これまで地下や影に隠れていた妖怪たちの姿もあった。力自慢の赤鬼が柱を担ぎ、器用な小豆洗いが瓦を並べる。それは、かつてはあり得なかった共存の光景。
京帝の中心、御所。そのバルコニーに、一人の少女が立っていた。天帝・昊天。 彼女はもう、生命維持装置に繋がれた哀れな人形ではない。純白のドレスを纏い、自らの足で大地を踏みしめている。
眼下の広場には、数千の民衆が集まっていた。人間も、妖怪も、半妖も。かつては互いに憎しみ合い、差別し合っていた者たちが、今は同じ空の下で、一人の少女の言葉を待っている。
「……民よ」
昊天の声は、まだ幼く震えていたが、マイクを通して広場に響き渡った。
「私はもう、籠の中の鳥ではありません。……これからは、皆と共に歩み、共に生きる、この国の民として、新しい京帝を作ります」
歓声が上がる。 それは、1000年の停滞を打ち破る、新しい時代の産声だった。
その傍らには、狐面を外した葛葉が控えていた。 金色の瞳と、ピンと立った狐耳。 彼女はレジスタンス『夜烏』のリーダーから、天帝の側近(筆頭式神官)へと転身し、世間知らずな幼い帝を支える「影の宰相」となっていた。
「立派にならはりましたな、昊天様」
「……足が震えてるの、見えなかった?」
「ふふ。それくらいが丁度よろしおす」
一方、京帝の郊外。 久遠灯たちは、ボロボロになった『鉄の馬車』の整備に追われていた。鉄鏡花がエンジンの調整を行い、天羽祈が車体の凹みを魔法で修復する。
「……あーあ。せっかく京帝に来たのに、トンボ帰りかよ」
辰巳響が、スパナを回しながらぼやく。
「せっかくだし、観光していかない? 双子も初めてでしょ?」
白雪美流愛が、ガイドブックを片手に提案した。その言葉に、白雪亞莉愛と白雪華琉愛が目を輝かせる。
「観光……! お姉様とのデートですか!?」
「修学旅行……憧れのシチュエーションです!」
「おい待て。誰が金払うんだ」
灯が渋い顔をするが、多数決で押し切られた。
数時間後。 そこには、レンタル着物に身を包んだ7人の姿があった。美流愛と双子は華やかな振袖、響はモダンな矢絣、祈は清楚な訪問着、鏡花は書生風の袴。そして灯は、極道の姐さんのような黒留袖を無理やり着せられ、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「……なんで私がこんな格好を」
「似合ってるわよ、灯さん。貫禄あって」
美流愛が笑いながらシャッターを切る。八ツ橋を食べ歩き、古刹を背景に記念撮影をし、清水の舞台から飛び降りるフリをして騒ぐ。それは、彼女たちがこれまで一度も経験したことのない、普通の少女たちのような「青春」の1ページだった。
夕暮れ時。 響は一人、禍喪川のほとりに立っていた。 かつて自分が祀られ、そして追放された因縁の川。 今は、夕日を反射して美しく輝いている。
「……あばよ」
響は、コンビニで買ったワンカップの酒を、川面へと注いだ。
「もう二度と来ねぇからな。……次は、ただの観光客として来てやるよ」
それは、神としての自分への手向けであり、人間・辰巳響として生きていくための、新しい自分への祝杯だった。川面を渡る風が、彼女の髪を優しく揺らした。
出発の朝。 御所の門前まで、昊天と葛葉が見送りに来ていた。
「灯様。……本当に行ってしまわれるのですか?」
昊天が、寂しそうに灯を見上げる。
「ここにいれば、安らかな暮らしが約束されています。……貴女は、私の恩人であり、大切な血縁なのですから」
京帝に留まれば、灯は「姫宮」として何不自由ない生活を送れるだろう。もう、泥水をすすり、血にまみれて戦う必要はない。
「……悪いな、お雛様」
灯は、苦笑して首を横に振った。
「私の居場所は、あっちのドブ川にあるからな。……綺麗な水じゃ、息が詰まっちまう」
「そうですか……」
昊天は寂しそうに微笑み、灯に小さな木箱を差し出した。
「これを持っていってください。……皇室に伝わる、最高級の茶葉です」
「へえ。そいつはありがたい」
灯が受け取ると、昊天は真っ直ぐに灯を見つめた。
「いつか、また会えますか?」
「さあな。……だが、不味い茶が飲みたくなったら呼んでくれ。飛んで行ってやる」
灯は、昊天の小さな頭をポンと撫でた。
「達者でな、お雛様。……いい国作れよ」
「はい! 灯様も!」
昊天の顔に、年相応の無邪気な笑顔が咲く。
「またタピオカ送っておくれやす、青龍様」
「おう、任せとけ! 流行りのやつ送ってやるよ!」
葛葉も響にウィンクを送り、響が親指を立てて応える。 かつての主従ではなく、遠く離れた友人としての約束。
装甲車のエンジンがかかる。7人の魔女を乗せた鉄の馬車は、手を振る少女たちに見送られ、朝霧の中へと消えていった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




