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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第二十五話「魂の在処(ありか)」3

第三章 常世(とこよ)の彼方へ


 ズドォォォォォォォォォン!!


 轟音。 いや、それは音という概念を超えた、大気の悲鳴だった。地下空間の湿り気も、淀んだ瘴気も、全てを一瞬にして蒸発させる絶対的な熱量。 久遠灯(くおん あかり)の放った銃弾は、物理的な鉛の塊としての質量を捨て去り、純粋な光の奔流となって虚空を貫いた。


 それは、神気を帯びた彗星だ。天帝の血が与える「浄化」の輝きと、吸血鬼の血がもたらす「破壊」の衝動。 相反する二つの力が螺旋を描いて絡み合い、烏丸保憲(からすま やすのり)という特異点へ向かって収束していく。


『ガ、アァァァァァァァァァッ……!!』


 巨人が絶叫した。その声は、断末魔であると同時に、1000年分の(うみ)が弾け飛ぶ開放の音でもあった。


 光弾は、泥の装甲を紙のように貫通し、その奥深くに埋没していた「(コア)」――烏丸の肉体そのものを直撃した。防御など無意味だ。 これは因果の精算。 彼が積み上げてきた1000年の「(ごう)」に対し、灯が叩きつけた1000年の「意地」が、重さにおいて勝ったのだ。


 バリバリバリバリッ!!


 亀裂が走る。巨人の眉間から始まった光のひび割れが、瞬く間に全身へと伝播していく。 泥が乾燥し、ひび割れ、剥がれ落ちる。内部から溢れ出す浄化の光が、彼を構成していた怨念や呪詛を焼き尽くし、ただの無機質な土へと還していく。


『馬鹿な……。私が……神になるはずの私が……』


 崩壊する泥の中で、烏丸の声が響いた。 もはや重低音の威圧感はない。 枯れ木が擦れるような、掠れて弱々しい老人の声。


 巨人の身体が崩れ落ちる。 山が崩落するように、膨大な質量の土砂が祭壇を埋め尽くしていく。その土煙の中から、一つの影が弾き出された。


 ドサリ。


 地面に転がったのは、小さく、干からびた物体だった。若返りの術は解け、他人の肉体を乗っ取る転生の法も無効化されている。 そこにいたのは、本来の姿――1000年の歳月を重ね、朽ち果てる寸前の、醜いミイラのような老人だった。


「……はぁ、はぁ……」


 烏丸は、眼窩の奥で弱々しく光る瞳で、天井を見上げた。 身体が動かない。指先から感覚が消えていく。1000年分の老化が一気に押し寄せ、細胞の一つひとつが死滅していく音だけが聞こえる。


「なぜだ……。私の計画は……完璧だったはずだ……」


 彼は、未だに理解していなかった。計算式は合っていた。素材も揃っていた。 それなのに、なぜ。


 ザッ、ザッ。


 瓦礫を踏む足音が近づいてくる。烏丸は、混濁する視界を動かした。 そこに、久遠灯が立っていた。


 変身は解けている。 幾何学的な紋様も、赤い瞳の輝きも消え、ただの傷だらけで泥だらけの女が、M500を片手に彼を見下ろしていた。 その姿は、神々しくもなければ、恐ろしくもない。ただ、圧倒的に「生きて」いた。


「……完璧だからだよ」


 灯は、冷ややかに告げた。 その声には、憎しみすら通り越した、深い憐憫があった。


「お前の作った世界には、隙間がなさすぎた。……傷つくことも、迷うことも、間違えることも許されない、窒息しそうな箱庭だ」


 灯は、胸ポケットから潰れた「わかば」の箱を取り出し、空であることを確認して舌打ちした。


「人間ってのはな、もっといい加減で、脆くて、しぶとい生き物なんだよ。……お前の計算機じゃ、測りきれないノイズの塊だ」


『ノイズ……だと……』


「ああ。そのノイズが、お前の綺麗な設計図を食い破ったんだ。……周の心が、響の怒りが、美流愛の意地が、鏡花の計算が、祈の優しさが」


 灯は、烏丸の目の前にしゃがみ込んだ。


「そして、私の執着がな」


『……ふ、ふふ……』


 烏丸の喉から、乾いた笑いが漏れた。 それは自嘲か、それとも最期に見た「人間」という不可解な存在への、皮肉な賞賛か。


『そうか……。私は……人間を、見誤っていたのか……』


 烏丸は、枯れ木のような手を伸ばした。 虚空を掴もうとする手。 だが、その指先から崩壊が始まった。サラサラと、砂になって崩れていく。


『見たかったな……。貴様らが……どこへ行くのか……』


 その言葉を最後に、烏丸保憲という存在は、塵となって消滅した。1000年の妄執が、風に吹かれて消えていく。 後には、何も残らなかった。ただ、彼が身につけていた狩衣の残骸だけが、虚しく地面にへばりついていた。


「……地獄で詫びてこい」


 灯は立ち上がった。


「周にも……今までお前が踏みにじってきた全ての人たちにもな」


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 地響きが収まっていく。主を失った『大龍穴』のエネルギーは、逆流を止め、静かに大地の底――本来あるべき水脈へと戻っていく。暴走していた龍脈が鎮まり、地下空間の空気が澄んでいくのがわかった。


「……終わった、のか?」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、呆然と呟いた。 彼女は瓦礫の上に座り込み、自分の手を見つめていた。透けかけていた指先が、確かな質量を取り戻している。 アシュラツリーの呪縛が解け、京帝の土地神としての力が、正規のルートで循環し始めたのだ。


「エネルギー反応、消失。……システム、オールグリーン」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、サブアームを収納しながら報告する。その義眼からは、警告の赤色が消え、平時の緑色が灯っている。彼女は眼鏡のフレーム(割れてしまっているが)を押し上げ、ふぅ、と息を吐いた。


「お姉様……! ご無事ですか!?」


「ああ、もう! くっつかないでよ、暑苦しい!」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、泣きながら抱きついてくる双子――亞莉愛(アリア)華琉愛(カルア)を引き剥がそうとしている。 だが、その顔は笑っていた。 ドレスはボロボロで、泥だらけだが、スポットライトを浴びている時よりも美しく見えた。


昊天(コウテン)ちゃん……」


 天羽祈(あもう いのり)は、救出した幼き帝を抱きしめていた。少女は眠っている。 だが、その寝息は安らかだ。 もう、彼女を縛るチューブも、命を削る儀式もない。ただの12歳の少女として、夢を見ている。


「……みんな」


 灯は、湯気の立つM500をホルスターに収め、仲間たちの方を向いた。全員、ひどい有様だ。 血と泥と油にまみれ、立っているのが不思議なくらい消耗している。けれど、誰も欠けていない。誰一人として、失わなかった。


 灯の胸に、熱いものが込み上げる。 それは、1000年前に周を失った時には感じられなかった、満ち足りた重みだった。


「……仕事完了(フィニッシュ)だ」


 灯が告げると、全員の肩から力が抜けた。へなへなと座り込む者、大の字に寝転がる者、互いに肩を叩き合う者。地下空間に、安堵の笑い声が響く。


 その時。 頭上の天井に空いた大穴から、一筋の光が差し込んできた。それは、青い燐光でも、毒々しいネオンでもない。塵をキラキラと輝かせる、澄み渡った本物の陽光。


「……朝だ」


 誰かが呟いた。1000年の間、分厚い結界と曇天に閉ざされていた京帝の空に、初めての「青空」が広がっていた。それは、長い夜が明けたことの、何よりの証明だった。


 灯は、光を見上げた。 眩しさに目を細める。吸血鬼の肌には少し刺激が強いが、悪くない気分だ。


「……不味いな」


 灯は、懐を探ったが、やはり煙草は空だった。エア喫煙の真似事をして、苦笑する。


「一服したいところだが……生憎、切らしちまった」


「私の予備をあげよう」


 鏡花が、白衣のポケットから、くしゃくしゃになった箱を放り投げた。灯が受け取る。銘柄は「わかば」。


「……お前、吸わないだろ?」


「分析用サンプルだ。……成分は最悪だが、精神安定作用は認められている」


 灯はニヤリと笑い、一本取り出した。美流愛が、改造ペンライトの残り火で火をつけてくれる。


「サービスよ。……特別料金だけど」


「出世払いで頼むわ」


 紫煙を深く吸い込み、吐き出す。 肺が焼けるような苦味。 それが、生きている実感となって全身に染み渡る。


「帰るぞ」


 灯は言った。 この古都は、彼女の故郷だった場所。 けれど、もう未練はない。


「アタシらの家に」


 響が立ち上がり、ニカっと笑う。祈が頷き、昊天の手を引く。 美流愛と双子がポーズを決める。 鏡花が、いつもの無愛想な顔で続く。


 5人の魔女と、その仲間たち。 彼女たちは泥と光の中で、互いに笑い合った。 長く、暗い夜は終わった。これから始まるのは、騒がしくて、面倒で、そして愛おしい「日常」だ。


 東帝都へ。不味いコーヒーと、腐った鍋の思い出が待つ、あのボロ屋へ。鉄の馬車が、朝陽に向かってエンジンを吹かした。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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