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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第二十五話「魂の在処(ありか)」2

第二章 神を喰らう者


「オォォォォォ……!!」


 異形の巨人――烏丸保憲(からすま やすのり)の成れの果てが、口腔に似た無数の亀裂から、絶叫とも嘔吐ともつかない咆哮を上げた。地下空間の空気が、ビリビリと震える。 それは単なる音圧ではない。1000年分の怨嗟が、物理的な質量を持って鼓膜を圧迫し、精神を削り取っていく「呪詛の風」だ。


 巨人の身体から、無数の泥の触手が放たれた。アスファルトを突き破り、壁を砕き、四方八方からリコリス・バロックの魔女たちへと殺到する。触手の一本一本が、人間の胴体ほどもある太さを持ち、表面には苦悶する亡者の顔が浮かんでは消えている。掠めるだけで皮膚が腐り落ち、精神が汚染される、死の鞭。


「させねぇよ! ここはアタシの庭だ!」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、先陣を切って飛び出した。 彼女は、天井に渦巻く雷雲を鷲掴みにするように腕を振るう。 地下水脈から立ち昇る湿気が、高圧電流を伝導する最高の媒体となる。


雷轟(サンダーボルト)八岐(ヤマタ)ッ!!」


 八方向に枝分かれした蒼雷が、闇を切り裂いた。プラズマの熱量が、迫りくる触手を直撃し、内側から沸騰させる。 ジュワアアッ!! 泥が焼け焦げ、嫌な臭いのする蒸気となって霧散する。 だが、泥は無限だ。焼かれた端から、京帝の地下に眠る穢れを吸い上げ、さらに質量を増して再生する。一本焼けば、二本生えてくる。終わりのない増殖。


「キリがないわね……。でも、切るものには困らないわ!」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、双子の妹たちと共に戦場を舞う。三条の銀線が、暗闇の中で幾何学的な殺意を描く。 マイクロフィラメント・ワイヤーが泥の巨体を締め上げ、肉を削ぎ落とす。


「シスターズ! 撹乱しなさい!」


「「はい、お姉様!」」


 白雪亞莉愛(アリア)と白雪華琉愛(カルア)が、固有能力『真愛幻影(ラブミラージュ)』を展開する。空間に、無数の美流愛の幻影が出現した。それらは囮となり、巨人の攻撃を引きつける。泥の腕が幻影を薙ぎ払うが、手応えはない。 その隙に、本物の美流愛が死角から飛び込み、関節部(と思われる箇所)を切断する。


「硬い……! まるでタールを切っているみたいだわ!」


 美流愛の手首がきしむ。 泥の粘度が、ワイヤーを絡め取ろうとするのだ。物理的な切断は可能だが、相手には「形」がない。 切っても切っても、すぐに融合し、元通りになってしまう。 生物というよりは、巨大な汚染そのものと戦っているような徒労感。


「構造解析、完了せず。……対象は不定形。(コア)の位置が流動している」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、サブアームで降り注ぐ瓦礫を粉砕しながら叫ぶ。彼女の義眼(カメラアイ)をもってしても、この混沌の塊の全容は掴めない。烏丸の魂は、泥の中を泳ぐ魚のように、巨体の内部を高速で移動し続けているのだ。 心臓を狙っても、そこにはもう心臓がない。脳を狙っても、脳は別の場所にある。


「なら、全部吹き飛ばすまでです!」


 天羽祈(あもう いのり)が、戦場の中央へと走る。 彼女は救出した昊天(コウテン)を、安全な岩陰の結界内に寝かせていた。 今は、全力で戦える。


 祈は杖を地面に突き立てた。 オッドアイが限界まで輝く。 右目の青と、左目の赤。神聖と邪悪が混じり合った、灰色の魔力。


「光よ、闇よ……混ざり合って、盾となれ!」


 極彩色のドーム状結界が展開される。 それは、巨人が吐き出す呪詛のブレスを受け止め、中和していく。ジジジ……と結界が悲鳴を上げる。 祈の額から脂汗が流れる。 彼女一人の魔力では支えきれないほどの重圧。1000年分の呪いが、少女の細い肩にのしかかる。


「……負けるな、半端者! ここが踏ん張りどころだ!」


「お前が守らなきゃ、誰が守るんだ!」


 祈の背後から、声援が飛ぶ。レジスタンス『夜烏(よがらす)』の妖怪たちだ。一つ目小僧、河童、雪女、鎌鼬。 彼らは自らの妖力を、祈の結界へと注ぎ込む。小さな力も、束ねれば神に届く。 結界が強固になり、輝きを増して、泥の奔流を押し返した。


「道は作った! ……行け、灯!」


 鏡花が叫ぶ。 泥の海が割れ、巨人の中枢へと続く一本の道が開かれた。その奥深くに、一瞬だけ赤く輝く光が見えた。熱源反応。 烏丸の(コア)


「おうよ!」


 久遠灯(くおん あかり)が駆ける。 彼女の視線は、巨人の胸部に一点集中していた。泥濘を疾走する足取りは、泥に足を取られることもなく、重力さえも振り切るように軽い。 彼女の背中には、仲間たちの想いが、そして先ほど看取った氷室の最期の願いが、見えない翼となって生えていた。


「烏丸ァァァッ!!」


 灯の怒声に反応し、巨人の腹部に埋まった烏丸の顔が、醜悪に歪んだ。 泥で構成された巨大な顔面が、苦悶と憎悪で波打つ。


『来るな……! 穢らわしい人間風情が……! 神の座は私のものだ!』


 巨人の胸部が裂け、そこから巨大な泥の(あぎと)が出現した。 灯を飲み込もうと、津波のような質量が襲いかかる。 回避不可能。 全方位からの圧殺攻撃。


「灯さん!」


 美流愛の悲鳴が響く。 だが、灯は止まらない。 彼女は、懐から一本のアンプルを取り出した。 それは、氷室が持っていたもの――高純度の『青い涙』の原液。 毒であり、薬であり、そして強大なエネルギーの結晶。 彼女はそれを、躊躇なく奥歯で噛み砕いた。


 ガリッ。


 ガラスの砕ける音が、頭蓋骨に響く。苦い液体が、喉を焼いて流れ込む。


 毒を以て毒を制す。吸血鬼の肉体が、劇薬に過剰反応を起こし、細胞分裂を暴走させる。 さらに、彼女の中に眠る「天帝の血」が、薬物のブーストを受けて臨界点を超えた。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


 灯の全身から、真紅のオーラが噴き出した。 それは、いつもの『血の晩餐(ブラッディーディナー)』のような霧ではない。 神気と妖気が融合し、プラズマのように輝く破壊のエネルギーだ。


「邪魔だッ!!」


 灯が右腕を振るう。 ただの裏拳。 だが、その衝撃波が、迫りくる泥の津波を真っ二つに割った。蒸発した泥が、赤い粒子となって舞う。


『な……んだ、その力は……!?』


 巨人の内部から、烏丸の驚愕の声が響く。 灯の姿が変わっていた。 黒いコートが衝撃で弾け飛び、その下の白い肌には、氷室と同じような幾何学的な紋様――呪印が赤く浮かび上がっている。 吸血鬼の爪が鋭く伸び、瞳は鮮血のように赤く、そして神々しく輝いていた。


 1000年の時を経て、初めて完全に覚醒した「魔王」の姿。あるいは、地に堕ちた「女神」の姿。


「テメェが1000年かけて積み上げたもんが『(ごう)』だってんなら……」


 灯が、瓦礫を蹴って跳躍した。 重力を無視した加速。 彼女は、赤い彗星となって、巨人の懐へと一直線に飛び込む。


「私が積み上げた1000年は……『意地』だッ!!」


 泥の障壁を突き破り、灯は巨人の本体へと肉薄する。 目の前には、泥に埋もれた烏丸の本体――(コア)がある。そこには、若返った青年の顔ではなく、1000年の妄執で干からびた、老人のような醜い形相が浮かんでいた。それが、彼の実体。他人の肉体を奪い、歴史の影で生き永らえてきた寄生虫の正体だ。


 灯は、M500の銃口を、その醜い眉間に押し当てた。


 ゼロ距離。


 烏丸の瞳に、灯の鬼神の如き形相が映る。 恐怖。 1000年生きてきて、初めて感じる「死」の実感。


『や、やめろ……! 私を殺せば、この国を支える柱がなくなる! 龍脈が暴走して、京帝は沈むぞ!』


 烏丸が命乞いをする。 この期に及んで、自分の命と国の存亡を天秤にかける卑劣さ。神を名乗りながら、その本性はどこまでも俗物で、小心な人間だった。


「知ったことかよ」


 灯は、ニヤリと笑った。 その笑顔は、どこまでも晴れやかで、ふてぶてしかった。世界の運命よりも、自分の美学を優先する、最高のエゴイストの顔。


「国が沈もうが、世界が滅びようが……私の知ったことじゃねえ」


 ハンマーが起きる。 カチリ、という音が、断頭台の刃が落ちる音のように響く。


「私が守りたいのは、抽象的な『世界』じゃない。……今、後ろで泥だらけになって戦ってる、あいつらだけだ」


 灯の脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。 不味い鍋を囲んだ夜。 くだらない話で笑い合った朝。傷つけ合い、許し合い、背中を預け合った日々。それこそが、灯にとっての「世界」の全て。 それさえ守れれば、あとはどうなってもいい。


「テメェの1000年の妄執……ここで終わらせてやる!」


 灯は、右腕に全てのエネルギーを集中させた。 天帝の血が、弾丸に神聖な加護を与える。吸血鬼の力が、火薬の爆発力を極限まで高める。銃身が熱で赤く輝き、融解寸前まで温度を上げる。


「あばよ、クソ師匠(センセイ)


 トリガーが、引かれた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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