第二十五話「魂の在処(ありか)」1
第一章 空っぽの腕、満たされた心
京帝の御所。 その地下深くに広がる祭壇は、静寂に包まれていた。先ほどまで空間を圧迫していた禍々しい霊力も、耳障りな機械の駆動音も、全ては夢幻のように消え去っている。
地底湖の水面には、光の粒子が蛍のように舞い、ゆっくりと霧散していく。 それは、氷室という男を構成していた最後の残滓。そして、彼の中に宿っていた周の魂の煌めきだった。
久遠灯は、その光の中で立ち尽くしていた。彼女の腕の中には、もう誰もいない。重みも、体温も、鼓動もない。だが、その泥と血にまみれた掌には、確かな温もりの記憶が焼き付いていた。
「……バカな男だ」
灯は呟き、宙を掴むように拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、新たな血が滲む。 だが、それは喪失の痛みではない。1000年の間、胸の真ん中に空いていた風穴が、ようやく塞がったような……静かで、重厚な充足感だった。
彼は逝った。 今度こそ、本当に。 未練も、後悔も、歪んだ執着も、全てを笑顔に変えて。
灯は、頬を伝う涙を乱暴に拭った。 そして、ゆっくりと顔を上げる。 その瞳は、過去の亡霊を追うのではなく、目の前に座る「生きた悪意」を射抜いていた。
「……嘆かわしい」
祭壇を見下ろす玉座。そこから、氷のように冷徹な声が響いた。
烏丸保憲。彼は、手塩にかけた最高傑作――氷室が自壊した様子を、無表情に見下ろしていた。 怒りではない。悲しみでもない。 計算式が合わなかったことへの、純粋な苛立ちと侮蔑。
「完璧な器のはずだった。……出力も、耐久性も、理論上は神を受け入れるに足るスペックを持っていたはずだ」
烏丸は、玉座の肘掛けを指先で叩いた。 カツ、カツ、という音が、神経質に響く。
「だが、最後に『心』などというバグが混入したせいで、全てが台無しだ。……やはり、人間の記憶などという不確定要素を残すべきではなかったか」
「……バグ、だと?」
灯の声が低く唸る。彼女は、M500を拾い上げ、泥を払った。
「烏丸。お前には、一生わからねえよ」
灯は、銃口を烏丸に向けた。
「あいつは壊れたんじゃない。……最期に自分の意志で、『人間』になったんだ」
「人間? ……脆く、愚かで、感情に流され、すぐに死ぬ存在にかね? くだらない」
烏丸は、心底つまらなそうに吐き捨てた。彼にとって、人間とは克服すべき欠陥であり、利用すべき資源でしかない。 1000年の時を生き、肉体を乗り換え続けてきた彼にとって、「個」としての尊厳など、路傍の石ころほどの価値もないのだ。
「進化の行き止まりだよ、人間は。……だから私が、神という新たな種を創造し、導いてやろうとしたものを」
「その、くだらねえ人間に……」
灯は、撃鉄を起こした。 カチリ、という音が、宣戦布告の鐘となる。
「テメェは負けたんだよ」
その言葉が、烏丸の逆鱗に触れた。 彼の美貌が歪み、青筋が浮かぶ。
「負けた、だと……? この私が?」
烏丸が立ち上がる。その背後で、制御を失った『大龍穴』が唸りを上げ始めた。器(氷室)を失った莫大なエネルギーが、行き場をなくして逆流し、暴走の兆しを見せている。 空間が歪み、赤黒い稲妻が走り始める。
「認めん……。認めんぞ!!」
烏丸が咆哮した。 それは、知性ある人間の声ではなく、追い詰められた獣の遠吠えだった。 1000年の計画が、たった一人の「人間らしさ」によって崩れ去ったことへの、耐え難い屈辱。
「器がないなら……私が成るしかない」
彼は、狂気じみた笑みを浮かべ、印を結んだ。
「この腐った国を更地にするには、破壊神が必要なのだ。……たとえ、この肉体が崩壊しようともな!」
「なっ……正気か!?」
鉄鏡花が叫ぶ。烏丸は、氷室のために用意していた純度100%の龍脈エネルギーを、生身の肉体に直接取り込み始めたのだ。 それは、人間が耐えられる許容量を遥かに超えている。自爆行為に等しい。
「フハハハハハッ!!」
烏丸は嗤う。 全身の血管が浮き上がり、皮膚が裂け、血が噴き出す。 だが、彼はその痛みさえも愉悦として受け入れていた。
「私は1000年待ったのだ! ……この程度の痛み、心地よいわ!!」
バリバリバリッ!!
肉が裂ける音が、地下空間に響き渡った。烏丸の肉体が、内側から膨張する。 若返った青年の皮が弾け飛び、中から溢れ出したのは、鮮血ではなかった。
どす黒い、ヘドロのような泥。 それは、京帝という都市が1000年間溜め込み、地下へと流し続けてきた呪詛、怨念、そして「穢れ」の集合体。
「オォォォォォ……ッ!!」
泥は生き物のように蠢き、膨張し、烏丸の姿を飲み込んでいく。巨大な鬼のようであり、腐りかけた大樹のようでもある、不定形の異形。その表面には、無数の苦悶の表情が浮かび上がっては消えていく。
これが、この国の闇。 繁栄の裏側で切り捨てられてきた、弱者たちの怨嗟の声。 烏丸は、それら全てを取り込み、自らを核とした怪物へと成り果てたのだ。
『我は烏丸にあらず……』
異形の巨人が、地響きのような声で告げる。
『我は、この国の『業』なり!!』
理性は消し飛んだ。 残ったのは、世界への憎悪と、全てを無に帰そうとする破壊衝動だけ。 1000年分の因果が、今、厄災となって顕現する。
「……ッ、デカいな」
久遠灯は、見上げるような巨躯を前にしても、一歩も引かなかった。 彼女はM500に新たな弾丸を込める。 最後の予備弾倉。 残弾、5発。
「上等だ。……テメェが業だってんなら、私たちが引導を渡してやる」
灯は、シリンダーを叩き入れた。チャキッ、という音が、終わりの始まりを告げる。
「みんな、構えろ! ……これが最後の仕事だ!」
灯の叫びに、リコリス・バロックの仲間たちが呼応する。傷だらけで、魔力も弾薬も尽きかけの魔女たち。だが、その瞳は死んでいない。
「了解。……最大火力でいくぞ」 鏡花がサブアームを展開する。 「アタシの故郷を……これ以上汚すんじゃねぇ!」 辰巳響が雷を呼ぶ。 「昊天ちゃんは……絶対に渡しません!」 天羽祈が結界を張る。「醜いわね。……整形してあげる!」 白雪美流愛と双子がナイフを構える。
「行くぞ、野郎ども! ……神殺しの時間だ!!」
灯が駆ける。 その背中を追って、仲間たちが続く。1000年の因縁、その全ての清算。 常世の彼方へ、最後の喧嘩が幕を開ける。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




