第二十四話「天帝の玉座」3
第三章 愛の証明
「道を開けなさい、ポンコツ陰陽師!」
白雪美流愛が叫び、宙を舞う。彼女の純白のドレスが、地下の瘴気に汚れることも厭わず、戦場に咲く花のように翻った。左右からは、双子の妹――亞莉愛と華琉愛が、影のように追随する。三位一体の波状攻撃。ワイヤーが閃き、ナイフが空を切り裂く。だが、玉座に座る烏丸保憲は、指先一つ動かそうとしなかった。
「無粋な娘たちだ。……神聖な儀式の場を、泥靴で汚すな」
烏丸の周囲に浮かぶ無数の呪符が、意思を持ったように蠢いた。 それらは一瞬にして形を変え、巨大な黒い狼、鋭利な翼を持つ大鷲、そして鋼鉄の鱗を持つ大蛇へと変貌する。 高等式神。それも、一体一体が災害級の霊力を持った、特級の怪異たちだ。
「グルルル……ッ!」
黒狼が咆哮し、衝撃波だけで美流愛たちを吹き飛ばす。 大鷲が急降下し、その鉤爪で鉄鏡花のサブアームを引きちぎろうとする。
「くっ……! 数値がおかしい。……こいつらのエネルギー源はどこだ!?」
鏡花が、片腕を失った義手でガトリングガンを乱射しながら叫ぶ。 物理的な質量保存の法則を無視した、無限の再生と増殖。
「あそこです!」
天羽祈が、杖で祭壇の中央を指し示した。磔にされた少女――昊天から伸びるチューブが、氷室だけでなく、烏丸の玉座、そして式神たちにも繋がっている。少女の命が、この空間全ての敵を稼働させるバッテリーにされているのだ。
「あの子を……昊天ちゃんを助けないと、敵は無敵のままです!」
「なるほど。……元栓を締めろってことか」
辰巳響が、血の混じった唾を吐き捨てた。 彼女の身体は限界に近い。 アシュラツリーの干渉はここ地下深くにも及んでおり、龍としての力は半減している。 だが、その瞳から闘志は消えていない。
「おい、鏡花! 祈! ……アタシらが道を作る。お前らはあの子を助けろ!」
「了解した。……生存確率は低いが、計算上、それが唯一の勝機だ」
「はいっ! ……私も、守ります!」
作戦決定。 響が、最後の力を振り絞って大地を踏みしめる。
「美流愛! 双子! ……合わせろよ!」
「言われなくても!」
響が天に向かって両手を突き上げる。地下水脈の湿気を強引に集め、ドームの天井に雷雲を生成する。美流愛と双子が、ワイヤーとナイフを構え、式神の群れへと突貫する。
「雷轟ッ!!」
「殺戮舞踏!!」
落雷と斬撃の嵐が、式神の防壁を一点突破でこじ開ける。 そのわずかな隙間。鏡花が、背中のブースターを点火し、祈を抱えてロケットのように突っ込んだ。
「行かせんよ」
烏丸が冷ややかに笑い、印を結ぶ。大蛇の式神が鎌首をもたげ、鏡花たちを飲み込もうと大口を開けた。間に合わない。
「邪魔だァァァッ!!」
横合いから、響が飛び込んだ。 彼女は自らの身体を避雷針にし、大蛇の顎に雷撃を叩き込みながら、その牙を素手で受け止めた。バチバチと肉が焦げる音がする。
「響!?」
「行けぇッ! ……アタシのダチに、二度も首輪つけてんじゃねぇ!」
響の絶叫。その隙に、鏡花と祈は祭壇へと滑り込んだ。
目の前には、苦痛に顔を歪める昊天の姿。 祈は、震える手で彼女の頬に触れた。
「もう大丈夫です。……助けに来ました」
昊天の薄く開いた目が、祈を捉える。 そこには、助けを求める光すら消えかけた、深い諦念があった。
「……逃げ……て……。私……は……」
「逃げません!」
祈は叫んだ。 その声は、いつもの弱気なものではなく、誰かを守ろうとする強さに満ちていた。
「あなたは人形じゃない! 生贄なんかじゃない!」
祈の脳裏に、かつて自分が「禁忌の子」として絶望していた日々がよぎる。 誰かが決めた運命。押し付けられた役割。 そんなものに縛られて、死んでいい命なんてない。
祈は、昊天の手を強く握りしめた。 その手は冷たく、機械に繋がれているけれど、確かに脈打っていた。
「神様なんて立派なものじゃなくて……もっと弱くて、自由で、ワガママな……」
祈は、涙を流しながら訴えかけた。魂からの問いかけを。
「普通の女の子に……なりたくないの!?」
その言葉が、昊天の虚ろな瞳に光を灯した。普通の、女の子。 鳥籠の外。痛みも、苦しみも、そして喜びもある世界。12歳の少女が、ずっと喉の奥で押し殺していた、たった一つの願い。
「……なり、たい……」
昊天の唇が動いた。一筋の涙が伝い落ちる。
「私も……生きたい……ッ!」
「はいっ!!」
祈は叫び、杖を振り上げた。彼女の意志と、昊天の「生への渇望」が共鳴し、魔力を爆発的に増幅させる。 魔眼の力が、チューブの中を流れる呪いの構造を見抜く。物理的な切断では再生してしまう。術式そのものを反転させ、呪いを解く。
「『楽園追放』……反転術式ッ!!」
祈の杖が、チューブの束を強打する。 極彩色の光が走り、ドス黒いエネルギーの流れを逆流させた。
バヂヂヂッ!!
ショートするような音が響き、昊天を縛り付けていた拘束具が弾け飛ぶ。 供給が断たれた。
「なっ……!?」
烏丸が初めて表情を歪めた。式神たちの動きが鈍り、形を保てなくなり崩れ落ちていく。そして、氷室を包んでいた神々しい光もまた、急速に輝きを失っていった。
「……力が」
氷室が、愕然と自らの手を見つめる。 無限に湧き上がっていた全能感が、潮が引くように消えていく。神の座から、人の領域へと引きずり下ろされる感覚。
「今だ、灯!!」
美流愛の叫びが届く。久遠灯は、その瞬間を待っていた。彼女はボロボロのコートを脱ぎ捨て、M500をホルスターに叩き込んだ。銃はいらない。これは、愛する男の顔をした怪物への、最後の「手向け」だ。素手で、痛みごと叩きつける必要がある。
「うぉおおおおッ!!」
灯が踏み込む。 吸血鬼の脚力が、石畳を粉砕し、砲弾のような加速を生む。
「灯ッ!!」
氷室が、絶望と執着の入り混じった形相で叫ぶ。 彼は刀を振りかぶった。 その構えは、やはり周のものだ。完璧で、美しく、そして悲しいほどに「守るため」の剣技。
「なぜです! なぜ拒む! 僕は周だ! 貴女の愛した男だ!」
氷室の瞳から、涙が溢れ出す。 それは演技ではない。 彼の中に焼き付けられた周の記憶が、灯を傷つけることを拒絶し、それでも灯を手に入れたいという烏丸のプログラムと軋轢を起こし、魂を引き裂いているのだ。
「愛しているんだ! ……貴女がいない世界なんて、地獄と同じだ!」
刃が振り下ろされる。 灯の肩口を狙う、鋭い一撃。 だが、灯は避けない。防御もしない。
ザシュッ!!
刃が、灯の左脇腹を深々と貫いた。焼けるような激痛。鮮血が舞う。だが、灯は止まらない。 筋肉を収縮させ、突き刺さった刃を体内でロックする。 逃がさない。
「……捕まえた」
灯は、血を吐きながら笑った。 至近距離。驚愕に見開かれた氷室の顔が、目の前にある。
「……違うな」
灯は、右の拳を握りしめた。 ギリギリと、骨がきしむほどに強く。
「お前は、周じゃない」
周は、こんな風に泣き叫んだりしない。自分の弱さを知っていたからこそ、誰よりも強くあろうとした。 自分の命よりも、灯の未来を優先した。 愛する女に刃を向けるくらいなら、自ら喉を突いて死ぬような男だった。
「私の愛した男は……」
灯の脳裏に、1000年前の雨の日の記憶が蘇る。不器用で、口下手で。けれど、最期まで私の手を握りしめてくれた、温かい手。
「もっと不器用で、弱くて……そして、優しかった!!」
灯の拳が、唸りを上げた。吸血鬼の怪力。1000年分の孤独。 そして、愛する男への、断ち切れなかった未練への決別。 それら全てを込めた、渾身の一撃。
ドォォォォォン!!
鈍く、重い衝撃音が、地下空洞を震わせた。灯の拳が、氷室の胸板――呪印が刻まれた核を捉え、貫通した。
背中から、衝撃波が突き抜ける。 氷室の身体がくの字に折れ曲がった。
「……あ……」
氷室の手から、刀が滑り落ちる。 カラン、と乾いた音がして、地面に転がった。彼の身体を覆っていた紫色の瘴気が霧散し、金色の瞳から輝きが失われていく。 元の、穏やかな黒色の瞳に戻る。
彼は、糸が切れたように崩れ落ちた。 灯は、その身体を受け止めた。倒れ込む彼の重みは、記憶の中にある周の重さと、同じだった。
「……灯」
氷室が、掠れた声で呼んだ。 その声には、もう狂気も執着もなかった。あるのは、長い悪夢から覚めたような、穏やかな安らぎだけ。
「……ごめん。……痛かっただろう」
彼は、震える手で、灯の脇腹の傷に触れようとした。 自分のつけた傷を、気遣うように。
「……馬鹿野郎」
灯は、涙を堪えて悪態をついた。
「痛えよ。……すっげえ、痛え」
「そうか……。ごめん……」
氷室は、ふわりと微笑んだ。それは、1000年前のあの日、灯に見せた最期の笑顔と、瓜二つだった。作られた記憶かもしれない。偽物の人格かもしれない。けれど、今この瞬間、彼は間違いなく「周」として、灯の腕の中にいた。
「……生きて、灯。……君の選んだ、新しい仲間たちと」
彼の身体が、光の粒子となって崩れ始めた。維持していた呪術が解け、土塊へと還っていく。
「……ああ。生きるよ」
灯は、消えゆく彼を抱きしめた。
「お前がいなくても……私は、泥だらけになって、生きてやる」
光が弾ける。灯の腕の中には、何も残らなかった。ただ、一陣の風が吹き抜け、彼女の髪を揺らしただけだった。
「……さよなら。私の初恋」
灯は立ち上がった。 頬を伝う涙を乱暴に拭い、仲間たちの元へと振り返る。その瞳には、もう過去の亡霊は映っていない。 あるのは、勝利への意志と、守るべき現在の輝きだけだった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




