第二十四話「天帝の玉座」1
第一章 孵化する神
京帝の中枢、御所。 その壮麗なる紫宸殿の床下には、地上の雅な静寂とは隔絶された、巨大な虚無が口を開けていた。
『大龍穴』。
この国の背骨を走る龍脈が噴き出し、渦を巻く、霊的な心臓部。エレベーターなどという文明の利器はない。崩れかけた石階段を、私たちは転がるように駆け下りた。 深度が増すにつれ、鼓膜を圧迫する耳鳴りが酷くなる。空気の密度が違う。 酸素ではなく、純粋な魔素が充満しているのだ。呼吸をするたびに、肺胞が焼けるような熱さと、泥を飲み込んだような重苦しさを感じる。
「……ッ、濃いな」
久遠灯が、口元を覆って呻いた。最深部に辿り着いた私たちの目の前に広がっていたのは、自然と人工が醜悪に融合した、冒涜的な祭壇だった。
太古の鍾乳洞がそのまま残されたドーム状の空間。 天井からは鋭利な鍾乳石が牙のように垂れ下がり、地面には底知れぬ地底湖が広がっている。 だが、その神秘的な光景は、無数の無機物によって凌辱されていた。
鍾乳石に突き刺された、太い冷却パイプ。岩肌を埋め尽くす、最新鋭のサーバーラックと点滅するLED。 そして、空間を埋め尽くすように貼られた、数万枚もの呪符。 それらはまるで、巨大な生物の内臓に寄生した機械虫のようだった。サーバーのファンが唸りを上げ、呪符が霊的な風に煽られてカサカサと鳴る。 その音が、龍脈の地響きと混じり合い、不快な不協和音を奏でている。
「あそこに……いるぞ!」
辰巳響が指差した先。 地底湖の中央、龍脈の奔流が最も激しく噴き出す一点に、それはあった。
十字架ではない。無数のケーブルとチューブで構成された、蜘蛛の巣のような拘束具。 その中心に、一人の少女が磔にされていた。
現天帝・昊天。
わずか12歳。 豪奢な十二単は剥ぎ取られ、白い薄衣(死装束)だけを纏った華奢な身体。 その細い腕に、脚に、そして首筋に、容赦なく透明なチューブが突き刺さっている。チューブの中を流れるのは、血液ではない。地下から吸い上げられた、ドス黒く濁った龍脈のエネルギーだ。
「……う、ぅ……ッ……」
少女の口から、言葉にならない音が漏れる。白目を剥き、身体を痙攣させている。 彼女は、生きたフィルターにされていた。土地の穢れや怨念を含んだ強大すぎるエネルギーを、その身を通して濾過し、純粋な「神気」へと変換するための、使い捨ての浄化装置。彼女の魂が削れる音が、聞こえるようだった。
そして、その純化されたエネルギーが注ぎ込まれる先。昊天の背後に、一人の男が立っていた。
氷室。
彼は上半身を露わにしていた。白磁のような肌には、血管に沿って幾何学的な呪印が刻まれ、それが呼吸をするように明滅している。彼は両手を広げ、昊天から送られてくる莫大な力を、貪るように吸収していた。その背中の筋肉が脈打ち、何かが生まれようとして蠢いている。 もはや人間ではない。 エネルギーの器として再構築された、美しい肉袋。
「……間に合わなかったか」
鉄鏡花が、絶望的な数値を読み上げる。充填率、100パーセント。 臨界点突破。
「素晴らしい」
空間を震わせる、朗々とした声が響いた。祭壇を見下ろす位置。鍾乳石を削って作られた玉座に、その男は座っていた。
烏丸保憲。
1000年の時を生き、他人の肉体を乗っ取り続けてきた怪人。今の彼は、皺だらけの老人ではなかった。若返りの秘術を使い、全盛期の青年の姿を取り戻している。長い黒髪。切れ長の瞳。 その美貌は冷徹で、人間を「部品」としか見ていない狂気が宿っている。彼は、眼下の凄惨な儀式を、まるでオーケストラの演奏を聴くようにうっとりと眺めていた。
「実に素晴らしい適合率だ。……計算以上だよ」
烏丸は立ち上がり、侵入してきた私たちを見下ろした。 動じる様子はない。むしろ、観客が増えたことを喜んでいるようだ。
「ようこそ、リコリス・バロックの諸君。……そして、愛しき姫宮様」
烏丸は立ち上がり、両手を広げて灯を歓迎した。
「待ちわびましたよ。……これで、全ての『素材』が揃った」
「……素材だと?」
灯がM500を構える。
「ええ。ご覧なさい」
烏丸は、氷室を指差した。
「あれは『器』です。周という強靭な肉体をベースに、龍脈のエネルギーで満たされた、空っぽの神の器」
次に、磔にされた昊天を指差す。
「あれは『燃料』です。薄まったとはいえ天帝の血を引く者。器を起動させるための電池に過ぎない」
そして、烏丸の視線が灯を射抜く。
「そして貴女だ、灯様。……貴女の体内に流れる、1000年練り上げられた濃厚な『神の血』。……それこそが、この器に魂を宿し、真の神へと昇華させるための最後の鍵なのです!」
烏丸の狂気が爆発する。 氷室はまだ未完成だ。 エネルギーは充填されたが、それを統べる「核」がない。烏丸は、灯を殺し、その血を氷室に注ぎ込むことで、最強の神を完成させようとしているのだ。
「……黙れ、クソジジイ」
灯の怒りが頂点に達する。
「人間は部品じゃねえ。……テメェの妄想のために、これ以上あいつらを汚すな!」
灯は引き金を引く。 轟音。弾丸が烏丸の眉間を狙う。
だが。
キンッ!!
弾丸は、烏丸に届く前に見えない壁に阻まれ、弾け飛んだ。結界ではない。 氷室が、瞬きする間に烏丸の前に移動し、剣で弾いたのだ。その手には、禍々しい紫色に染まった刀が握られている。
「……邪魔をしないでください」
氷室が顔を上げる。 その瞳は、金色の光を放ち、もはや人のものではなくなっていた。神の力が、彼の中で暴れまわっている。
「灯。……来てくれたんですね」
氷室は、刀を下ろし、灯に向かって手を差し伸べた。 その表情は、先ほどの冷徹さとは打って変わり、慈愛に満ちていた。 周の記憶が、灯を求めているのだ。
「準備は整いました。……さあ、僕と一つになりましょう」
彼は、灯を抱きしめ、その血を啜ることを望んでいる。 それが、彼にとっての「完成」であり、究極の愛の形だと信じ込んで。
「……その力は、あの子の命だ」
灯は、氷室の手を睨みつけた。背後では、昊天が限界を迎え、皮膚がひび割れて光が漏れ出している。
「他人の犠牲の上に成り立つ楽園なんざ……私は認めない!」
「理解してくれないのですね。……悲しい」
氷室が、悲しげに微笑む。 その笑顔は、かつて周が見せたものと同じだった。だからこそ、灯の心を抉る。
「ならば、魂を変えてでも、分からせるしかありません」
氷室が構える。その瞬間、灯の背筋が凍りついた。
右足を一歩引き、刀を正眼に構える。呼吸。重心。視線。 すべてが、1000年前に灯を守り続けた、あの頼もしい周の剣技そのものだったからだ。
「……ッ!」
氷室が踏み込む。速い。音を置き去りにする神速。
灯は反応する。だが、その剣は灯の急所――心臓や脳を正確に狙いつつも、寸前で軌道を変え、手足を狙う軌道を描いていた。 「殺さずに無力化し、生け捕りにする」ための手加減。愛ゆえの暴力。それが、殺意よりも深く、何よりも灯を苦しめる。
1000年の時を超えた、愛と狂気の決闘が幕を開ける。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




