第二十三話「螺錠門の決闘」3
第三章 神鳴り、門を穿つ
鉄鏡花が示した座標。 巨大な朱塗りの柱の根元、肉眼では何もない空間。 だが、そこは確かに世界の「綻び」だった。
「穿て!!」
白雪美流愛の叫びと共に、三つの白い影が夜を駆ける。 美流愛、亞莉愛、華琉愛。 彼女たちが同時に腕を振り抜くと、三条のマイクロフィラメント・ワイヤーが、銀色の蛇となって空を走った。 狙いは一点。X-20、Y-50。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
空気を切り裂く音が重なる。 鋼鉄をも切断する極細の糸が、何もないはずの空間に巻き付き、食い込んだ。 ジジジ……ッ! 火花が散る。不可視の結界が、物理的な干渉を受けて悲鳴を上げている。
「硬い……! まるで山を引っ張ってるみたい!」
「お姉様、ワイヤーが焼き切れそうです!」
双子が歯を食いしばる。 結界からの反動が、彼女たちの細い腕をきしませる。だが、美流愛は笑った。 汗と泥にまみれた顔で、獰猛に。
「構わない! 引けぇッ! 傷は入ったわ!」
彼女たちがワイヤーを極限まで引き絞り、結界に物理的な「亀裂」を作った、その瞬間。
「どきな! 特大のが通るぞ!!」
後方から、辰巳響が大地を蹴った。アシュラツリーに吸われ、枯渇しかけている彼女の肉体。 足は震え、視界は明滅している。だが、その魂の底には、まだ燃え尽きない熾火が残っている。かつてこの京帝の地を追われ、東の果てで泥水を啜りながら生き延びた、龍神としての意地。
「アタシの家に……勝手な鍵かけてんじゃねぇよッ!!」
響は、残った生命力の全てを右腕に集中させた。
バチバチバチッ!!
青白いプラズマが凝縮し、直径数メートルの球体となって輝く。 それは、天候操作による広範囲攻撃ではない。 一点突破のためだけに練り上げられた、高密度の雷槍。
「喰らえぇぇぇぇッ!!」
響が、全力で腕を突き出した。 放たれた雷撃は、美流愛たちがワイヤーで傷つけた「結界の継ぎ目」へと、吸い込まれるように一直線に奔った。
ドガァァァァァァン!!
轟音。 そして、鼓膜をつんざくような高周波の破壊音。科学的なジャミング(ワイヤーによる物理干渉)と、自然エネルギーの奔流(雷撃)。 異質な二つの力が一点で衝突し、臨界点を超えた。
パリーン……!
世界にヒビが入る音がした。螺錠門を覆っていた不可視の膜が、ガラス細工のように砕け散る。強固なセキュリティが、暴力的なハッキングによって強制解除されたのだ。 結界が、破れた。
「今だァァァッ!!」
その瞬間を、久遠灯は見逃さなかった。爆風と粉塵が舞う中、彼女はM500を片手に、崩れかけた結界の隙間へと突っ込んだ。
「続け! この風穴をこじ開けるぞ!」
「ウオオオオオッ!!」
灯の背中には、レジスタンス『夜烏』の妖怪たちが続く。一つ目小僧が、河童が、鎌鼬が。抑圧された怒りを牙に変え、雪崩のように押し寄せる。 それは、1000年の間、闇に隠れ住んでいた者たちの「夜明け」への疾走だった。
「な、なんだ……!?」
「力が……供給が止まった!?」
門の前に立ち尽くす『十二神将』たちの動きが鈍る。螺錠門からのエネルギー供給バイパスが断たれ、彼らの身体を覆っていた紫色の再生炎が、フッと消え失せたのだ。 圧倒的な威圧感を放っていた神々が、ただの頑丈な「動く死体」へと成り下がる。
「オラオラオラァ!」
響が、残像を残して踏み込む。 雷撃を放った反動で右腕は黒く焦げているが、彼女の闘志は衰えていない。 目の前には、先ほど雷撃を完全に防いだ、大盾持ちの巨人が立ちはだかっていた。 だか、もはやその盾に呪術的な加護はない。
「古い術理なんぞ……」
響が拳を振りかぶる。 龍の膂力と、遠心力と、そして理不尽な運命への怒り。 それらが一点に集束し、炸裂する。
「アタシらの物理の前では無力なんだよッ!!」
メキョッ!!
鋼鉄の盾が、飴細工のようにひしゃげた。 衝撃は盾を貫通し、巨人の腕ごと粉砕する。
「ガ、アァ……」
巨体は 鞠のように吹き飛び、背後の門柱に激突して動かなくなる。再生しない。完全に、沈黙した。
「ヒャハッ! ざまぁ見やがれ!」
響が膝をつき、荒い息を吐く。全身から煙を上げながらも、その顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
それを合図に、戦況は一変した。 美流愛のワイヤーが神将の首を刎ね、鏡花のサブアームが装甲を抉じ開け、妖怪たちが群がって手足をバラバラにする。 不死身の軍団が、次々と鉄屑と肉片の山へと変わっていく。京帝の夜明け前。 最強の防衛線は、リコリス・バロックという「毒」によって、内側から食い破られたのだ。
ズズズ……ン!
地響きと共に、螺錠門が悲鳴を上げた。基部を破壊され、エネルギーの逆流に耐えきれなくなった巨大な楼門が、内側から崩壊を始める。朱塗りの柱が折れ、漆黒の瓦が雪崩のように落下してくる。
もうもうと立ち込める土煙。 その向こう側に、京帝の中枢――御所の姿が露わになった。
広大な敷地の中央に鎮座する、紫宸殿。 だが、その姿はあまりに異様だった。 建物の周囲を、禍々しい紫色の光の柱が取り囲み、天へと伸びている。 地下の『大龍穴』から吸い上げられた莫大な霊力が、一点に集中しているのだ。
「……間に合ったか?」
久遠灯が、瓦礫を踏み越えて御所を見据える。彼女のコートはボロボロで、肩の傷も開いている。だが、その瞳は爛々と輝き、紫宸殿の奥にある「気配」を鋭く探っていた。
「いや……儀式は最終段階に入っている」
鉄鏡花が、義眼の解析データを読み上げる。その声には、わずかな焦燥が含まれていた。
「エネルギー充填率、98パーセント。……あと数分で、何かが『孵化』するぞ」
「孵化だと? 中に何がいるんだ」
「高密度の生体反応が二つ。……一つは、我々が追ってきた氷室。そしてもう一つは……」
鏡花が言葉を濁し、眉をひそめた。
「……『天帝』だ。それも、極めて微弱で、幼い反応」
その言葉に、灯の足が止まる。 心臓が、嫌なリズムで跳ねた。
天帝。この国の霊的支柱であり、京帝の象徴とされる存在。 だが、今の天帝は、ただの象徴ではない。 烏丸保憲によって擁立された、哀れな傀儡だ。
「……昊天か」
灯が、その名を口にする。 現・天帝、昊天。わずか12歳の少女。生まれつき病弱で、強力すぎる霊力ゆえに肉体が耐えきれず、一年の大半を寝所で過ごしているとされる幼き帝。彼女は即位して以来、一度も御所の外へ出たことがない。いや、出してもらえないのだ。烏丸にとって、彼女は支配のための「御旗」であり、そして儀式のための「生体部品」でしかないからだ。
「……聞こえる」
天羽祈が、耳を塞ぐようにして震えた。彼女の魔眼と聴覚が、光の柱の中から漏れ出る「声なき悲鳴」を捉えていた。
「痛い……苦しい……助けて……。女の子の声が、頭に響いてきます……!」
光の柱の中。 そこでは今、昊天の身体を触媒にして、大龍穴のエネルギーが氷室へと注ぎ込まれているのだ。彼女の命を燃料にして、最強の神を鋳造する冒涜的な儀式。
「……クソジジイが」
灯の脳裏に、1000年前の記憶がよぎる。
御簾の向こう。ただ呼吸することだけを許されていた、かつての自分。 「神の血」を引くというだけで祀り上げられ、自由を奪われ、美しい鳥籠の中で飼い殺されていた日々。 あの窒息しそうな孤独。 世界はこんなにも広いのに、自分には四畳半の空間しか許されていない絶望。
今の昊天も同じだ。 彼女は、自分の意志とは関係なく神輿に乗せられ、そして今、使い潰されようとしている。12歳の少女が背負うには、あまりに重く、残酷な運命。
「……待ってな、昊天」
灯は、M500に新たな弾丸を込める。 チャキッ、という音が、彼女の決意を告げる。それは、かつて自分が誰かに望み、そして叶わなかった願い。『ここから連れ出して』という祈りへの回答。
「今、クソジジイの呪縛から解放してやる。……人形じゃねぇ、人間として生きさせてやるよ」
灯は、遠い血縁である幼き帝に呼びかける。彼女を救うことは、かつて「姫宮」として鳥籠にいた自分自身を救うことでもある。 過去の清算と、未来への希望。その両方を背負い、灯は歩き出した。
「行くぞ! ここからが本番だ!」
傷だらけの魔女たちは、最後の戦場――御所へと足を踏み入れる。1000年の因縁が渦巻く、呪われた玉座へ。夜明けの光が、彼女たちの背中を押し出していた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




