第二十三話「螺錠門の決闘」2
第二章 術式解体
「……硬いッ!」
白雪美流愛が、悔しげに舌打ちをした。 彼女の手首から伸びたマイクロフィラメント・ワイヤーが、十二神将の一体――巨像のような鎧武者の首を捉え、締め上げた瞬間だった。キィィィン、と耳障りな高周波音が響き、鋼鉄の糸が弾かれたのだ。
物理的な装甲の硬度ではない。 甲冑の表面に張り巡らされた、不可視の膜。幾重にも重ねられた呪術的な障壁が、あらゆる物理干渉を拒絶し、無効化している。
「嘘でしょ……!? 私のワイヤーが通じないなんて!」
美流愛がバランスを崩す。その隙を突き、神将が巨大な金棒を横薙ぎに振るった。 風圧だけで肌が切れるほどの質量攻撃。
「お姉様!」
白雪亞莉愛と白雪華琉愛が、身を挺して前に出る。 双子のナイフが金棒を受け止めるが、その衝撃は彼女たちの細い腕をきしませ、後方へと吹き飛ばした。
「ぐぅッ……!」
「申し訳ありません……お姉様……!」
「アタシの雷も吸われた!」
辰巳響が、焦げた拳を振るいながら悪態をつく。先ほど放った渾身の雷撃は、門の前に立つ別の神将が掲げた大盾によって、完全に遮断されていた。 盾の表面に刻まれた梵字が怪しく明滅し、高圧電流をどこかへと逃がしていく。アース線のように、あるいは底なしの沼のように。
「グルルル……!」
喉の奥で駆動音を鳴らしながら、神将たちが進軍してくる。 その一歩ごとに、石畳が悲鳴を上げ、空気が重く澱んでいく。
「チッ、図体がデカい割に小賢しい真似を!」
久遠灯が、正面から突っ込んだ。 彼女はM500を連射し、神将の兜の隙間――センサーアイと思われる部位を狙い撃つ。 着弾。爆発。頭部が吹き飛び、黒いオイルと紫色の煙が噴き出す。
「へっ、ざまぁ見ろ!」
だが、灯の勝利の笑みは、瞬時に凍りついた。
吹き飛んだはずの頭部が、陽炎のように揺らめいたかと思うと、次の瞬間には元通りに再生していたのだ。 傷口から溢れ出したドロリとした呪力が、鋼鉄の細胞を高速で再構築していく。 まるで、時間の巻き戻しを見ているような、生理的な嫌悪感を催す光景。
「な……ッ!?」
灯が驚愕に目を見開く間に、再生した神将が腕を振り下ろした。 避けきれない。 灯は咄嗟に身を翻すが、衝撃波だけで吹き飛ばされ、地面を転がった。受身を取って立ち上がるが、その顔には焦りが滲んでいる。こいつらは、ただ硬いだけではない。 終わらない悪夢だ。
「ダメです!」
空中に浮かぶ天羽祈が、悲痛な声を上げた。彼女は『祈りの魔天子』となり、灰色の翼を広げて戦場を俯瞰していたが、その魔眼には絶望的な光景が映っていた。
「門が……あの『螺錠門』そのものが、巨大なエネルギータンクになっています!」
祈が指差した先。 朱塗りの楼門が、脈打つように明滅している。その巨大な螺旋構造は、ただの装飾ではなかった。地下深く、京帝の心臓部である『大龍穴』から湧き上がる龍脈の奔流を吸い上げ、増幅し、十二本のパイプラインを通じて神将たちへと供給する、巨大な増幅器。
「あの門から力が送られ続けている限り……彼らは何度でも蘇ります! 無限のエネルギーを持った、不死身の軍団です!」
「……マジかよ」
響が唇を噛む。 口の中に鉄の味が広がる。 彼女もまた龍脈の化身だが、東帝都のアシュラツリーによって力を吸われ、弱体化させられている。本物の神の力が枯渇し、偽物のシステムによって作られた人形たちが、神の力を無尽蔵に食い荒らしているという皮肉。
「クソッ、やっぱりアタシの力じゃ、この土地の呪いには勝てねぇのかよ!」
響の拳から、力が抜けていく。 自分の故郷であり、自分を拒絶した土地。 その呪縛が、数千年の時を経てなお、彼女を縛り付けようとしている。
「属性反転も通じません! 結界の密度が高すぎて……私のフィールドが押し負けてしまいます!」
祈が必死に杖を振るう。 展開した極彩色の領域は、神将たちが放つ濃密な紫煙に侵食され、ガラス細工のように砕け散っていく。圧倒的な「量」の暴力。 個の能力がいかに優れていようと、都市そのものが持つエネルギー総量には敵わない。
科学も、魔術も、神の力さえも通じない。京帝1000年の技術の結晶、烏丸保憲の執念が、絶望的な壁となって私たちの前に立ちはだかっていた。
「……嘆くな、ポンコツ龍神」
戦場の喧騒を切り裂いて、不釣り合いなほど冷静な声が響いた。鉄鏡花だった。
彼女は、飛び交う斬撃と呪符の嵐の中、一歩も引かずに立ち尽くしていた。 その手には武器はなく、ただ一台の携帯端末が握られている。周囲で爆発が起き、破片が頬を掠めても、彼女は瞬き一つしない。
「力で勝てぬなら、知恵を使え。……それが、我々が人間である所以だ」
鏡花の義眼が、高速で明滅する。緑色のデータストリームが、彼女の網膜を滝のように流れ落ちていく。彼女が見ているのは、十二神将の動きではない。 この空間に満ちる「呪力の波長」だ。
螺錠門から供給されるエネルギーの流れ。神将たちの身体を構成する術式の編み目。そして、この場を支配する結界の周波数。 それら全てを「数値」として認識し、膨大なデータをリアルタイムで処理していく。 呪術という非合理な現象を、科学という論理のメスで解剖する。
「なっ……お前、この状況で計算してんのかよ!?」
灯が、瓦礫の陰から叫んだ。正気ではない。 一歩間違えば即死する戦場のド真ん中で、数式を解いているようなものだ。
「当然だ」
鏡花は、端末の画面を指で弾いた。その指先には、迷いも震えもない。
「呪術もまた、法則に過ぎない。……どれほど強固なシステムであれ、構築されたものである以上、必ず構造上の弱点が存在する」
彼女の脳内で、数千、数万のシミュレーションが実行され、破棄されていく。 力押しでは勝てない。 持久戦でも負ける。 ならば、敵のシステムそのものをハッキングし、内側から崩壊させるしかない。
「……見つけたぞ」
数秒の沈黙の後、鏡花が呟いた。 その瞳に、確信の光が宿る。
「再生サイクルの隙間だ。……エネルギーが供給され、実体化するコンマ数秒の遅延。そこが、この鉄壁の唯一の綻びだ」
鏡花が、インカムに向かって鋭く指示を飛ばす。 それは、指揮官の命令であり、執刀医の指示だった。
「美流愛! 響! 座標X-20、Y-50へ同時攻撃だ! ……そこが結界の継ぎ目だ!」
「X-20……?」
美流愛が視線を走らせる。鏡花の指示した場所は、神将たちの足元でも、急所でもなかった。彼らの背後にそびえる螺錠門。その巨大な螺旋の基部、地面と接する一点。一見、何もないただの柱の根元。だが、鏡花の目を通せば、そこには微かに光の脈動が遅れ、エネルギーの渦が淀んでいる箇所が見えているはずだ。 肉眼では決して捉えられない、霊的な縫い目。
「あそこね……!」
美流愛が即座に反応する。理由は聞かない。根拠も求めない。 鏡花が「そこだ」と言えば、そこが急所なのだ。 それが、リコリス・バロックの信頼関係。
「了解! ……行くわよ、シスターズ! 私のステップについてきなさい!」
「はいっ、お姉様!」
「ラジャ! ……テメェの計算、信じるぜ!」
響が地を蹴る。 科学者の冷徹な計算が、絶望的な戦場に、一筋の細く鋭い勝機(光)を描き出した。
「術式解体、開始する」
鏡花がエンターキーを叩くと同時に、反撃の歯車が噛み合った。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




