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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第二十二話「魂別野(とりべの)の亡霊」3

第三章 決別の銃弾


「ッ!!」


 躊躇いはなかった。私の指が絞り込まれ、ハンマーが落ちる。 轟音。魂別野の湿った空気を焼き焦がすマズルフラッシュ。至近距離から放たれた500S&Wマグナム弾は、一直線に氷室の眉間を穿つ――はずだった。


 キンッ!!


 硬質な金属音が、銃声の余韻を切り裂いた。火花が散る。私の視界の中で、氷室の刀が銀色の軌跡を描き、弾丸を弾き飛ばしていた。 人間業ではない。発砲の瞬間を読み切り、銃口の向きに合わせて刃を置く。 それは「技」の領域を超えた、未来予知に近い反射神経。


「遅いですよ、灯」


 氷室の声が、すぐ耳元で響いた。速い。瞬きする間に、彼は間合いを詰め、私の懐に入り込んでいた。


「貴女の動きは、すべて知っています。……呼吸の癖も、筋肉の収縮も」


 白刃が閃く。 袈裟斬り。私は反射的に銃身を盾にし、その一撃を受け止めた。


 ガギィッ!


 重い。 まるで鉄の塊で殴られたような衝撃が、手首から肩へと突き抜ける。 かつて私を守るために振るわれていた剣技が、今は私を殺すための凶器となって襲いかかってくる。


「くっ……!」


 私は泥にまみれながらバックステップで距離を取る。 だが、氷室は影のように追随してくる。流れるような連撃。突き、払い、薙ぎ。 その一つひとつが、私の脳裏に焼き付いた「周」の面影と重なり、残酷なほど美しい舞踏(ダンス)となって私を追い詰める。


「どうしたのです? 撃てないのですか?」


 氷室は、攻撃の手を緩めないまま、穏やかに微笑んだ。


「やはり、身体は正直ですね。……愛する男の顔を、傷つけたくはないのでしょう?」


 図星だった。 照準が合うたびに、1000年前の笑顔がフラッシュバックする。『君は生きてくれ』と言った、あの優しい顔が。指先がコンマ数秒、硬直する。 そのわずかな迷いが、致命的な隙を生む。


 ザシュッ!!


 鋭い痛みが走った。回避しきれなかった切っ先が、私の左肩を深々と貫いた。鎖骨が砕ける感触。


「が、ぁ……ッ!!」


「捕まえました」


 氷室は、刃を突き刺したまま、私を地面に縫い付けようと体重をかけた。至近距離。 彼の顔が目の前にある。 周と同じ顔。けれど、その瞳は爬虫類のように冷たく、濡れていた。


「痛いでしょう? 灯」


 彼は、愛おしそうに私の首筋に手を伸ばした。血に濡れた指先が、脈打つ動脈をなぞる。


「でも、これで僕たちは同じ傷を共有できる。……貴女の血が僕に触れ、僕の刃が貴女と一体化する」


 狂っている。 烏丸の書いたプログラムと、周の記憶がバグを起こし、愛と殺意の区別がつかなくなっている。 こいつは、周じゃない。 ただの、悲しい化け物だ。


「痛みこそが、愛の証なのです。……1000年の間、貴女が抱えてきた孤独の痛みを、僕が上書きしてあげましょう」


「……ハッ」


 口の中に溜まった血を、私は飲み込んだ。鉄の味。それが、私の中の獣を目覚めさせる。


「……痛み、だと?」


 私は、肩に突き刺さった刃を、左手で掴んだ。 素手で。刃が掌に食い込み、指が落ちそうになるほどの激痛が走る。だが、私は離さない。 むしろ、自分から刃を引き寄せ、彼との距離を強引に縮める。


「な……っ!?」


 氷室の目に、初めて動揺の色が浮かんだ。私が自らの肉体を犠牲にして踏み込んでくるとは、予想していなかったのだ。


「笑わせるな」


 私は、血まみれの口元を歪めて笑った。 その笑みは、悲劇のヒロインのものではない。 泥水をすすり、地獄を這いずり回ってきた、傲慢な吸血鬼の笑みだ。


「1000年の孤独に比べりゃ……こんなもん、蚊に刺された程度だッ!!」


「『血の晩餐(ブラッディ・ディナー)』ッ!!」


 私は叫びと共に、傷口から爆発的に血を噴出させた。ただの出血ではない。 私の意思で制御された、高密度の血液ミスト。赤黒い霧が、視界を奪い、氷室の顔面に張り付く。 呼吸器に入り込み、肺を焼く毒の霧。


「ぐっ……!」


 氷室がのけぞる。 視界を塞がれ、呼吸を阻害された一瞬の隙。 計算外の行動が、彼の完璧な動きに亀裂を入れた。


 私は、その懐に滑り込んだ。左手はまだ刀を掴んでいる。 自由な右手には、M500。


「死ね……とは言わねえよ」


 私は銃口を、氷室の胸元に押し当てた。心臓ではない。 左胸のポケット。 そこにある、硬質な膨らみ。


 彼が常に携帯し、烏丸からの指令を受け、東帝都のシステムを掌握している通信端末(デバイス)。 彼と、あの呪われた陰陽師を繋ぐ「へその緒」。


「……おい、烏丸。聞こえてるか?」


 私は、銃口を押し付けたまま、ポケットの奥にある端末に向かってドスを効かせた。


「今の私は、お前が作った筋書き通りの『悲劇のヒロイン』じゃねえぞ」


 氷室が動こうとするが、私はさらに強く銃口を押し込み、制する。


「私は、リコリス・バロックの久遠灯だ。……私の人生も、愛も、痛みも、全部私が決める」


 ハンマーを起こす音が、死刑宣告のように響く。


「宣戦布告だ。……首を洗って待ってろ」


 そして、私は叫んだ。


「へその緒は切らせてもらうぜ、赤ん坊(ベイビィ)!!」


 ズドン!!


 魂別野の闇を切り裂く、最大級の銃声。500S&Wマグナム弾が、高級スーツごと端末を粉砕し、氷室の肋骨を数本へし折って吹き飛ばした。通信が途絶える。 烏丸の耳には、最後に轟音だけが届いたはずだ。


「がはっ……!」


 氷室が、鞠のように地面を転がる。胸から火花と血を散らしながら、彼は苦痛に顔を歪めた。 致命傷ではない。だが、烏丸とのリンクは断たれた。 そして何より、彼の「周としてのプライド」は、粉々に砕かれた。


「はぁ……はぁ……」


 私は、肩から刀を引き抜いた。ドロリと血が滴る。 傷口から湯気が立ち昇り、再生が始まる。


 私は、その刀を見つめた。1000年前、周が私を守るために振るった刀。錆びつき、呪いに汚され、変わり果てた姿。


「……もう、休め」


 私は、刀を地面に突き立てた。 空の棺の前に。墓標のように。


 霧が晴れていく。 東の空が白み始め、魂別野に朝の光が差し込んでくる。 彼岸花の赤が、鮮やかに燃え上がる。


「私は、私の選んだ仲間(かぞく)と共に、テメェらをぶっ潰す」


 私は背を向けた。 未練はない。過去の亡霊は、この墓場に置いていく。私には、帰るべき場所と、守るべき未来があるのだから。


 私は歩き出した。 一歩、また一歩と、確かに大地を踏みしめて。


「……逃がしませんよ、灯」


 背後で、氷室がゆらりと立ち上がる気配がした。その声は、憎悪と愛着、そして狂気がない交ぜになった、粘着質な呪いのようだった。


「貴女は、僕だけのものです。……たとえ世界を敵に回しても、たとえ貴女を殺してでも……僕は、貴女を手に入れる」


 彼の瞳には、もはや周の面影はなかった。愛に飢えた怪物の光だけが、ギラギラと輝いている。


 私は振り返らなかった。 背中でその殺気を受け止めながら、ただ前だけを見据えた。


 風が吹く。 魂別野に咲く花々が揺れる。それは、来るべき決戦の予兆。 舞台は整った。次は、京帝の中枢。 1000年の因縁に、本当のケリをつける時が来たのだ。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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