第二十一話「千年の都、京帝」3
第三章 傀儡の玉座
地下水路の奥深く。 反天帝派レジスタンス『夜烏』のアジトは、巨大な鍾乳洞をくり抜いたような空間にあった。天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、そこから滴り落ちる水滴が、地底湖の水面を揺らしている。壁面には、かつての陰陽師たちが彫ったであろう梵字がびっしりと刻まれ、ほのかな燐光を放っていた。湿度は高いはずなのに、肌に触れる空気は氷のように冷たい。 それは物理的な低温ではなく、この京帝という土地そのものが、生命力を失いつつある「枯渇」の寒さだった。
「……さみぃ。マジで無理」
岩場に敷かれた毛布の上で、辰巳響がガタガタと震えていた。 彼女の顔色は、死人のように青白い。震える両手で握りしめているマグカップの中身は、ただの白湯だ。だが、それを飲む手さえも、時折テレビのノイズのようにザザッと明滅し、向こう側の岩肌が透けて見えてしまう。
「体温低下。霊的エネルギー残存率、15パーセントを切った」
鉄鏡花が、響の背中に手を当てて診断する。彼女の義手からは、AEDのように調整された微弱な電流が流され、響の弱りきった心臓を強制的に動かしている状態だ。
「この結界都市は、今の響にとっては毒ガス室と同じだ」
鏡花は、モニター代わりの義眼に数値を走らせながら、沈痛な面持ちで告げた。
「外部からのエネルギー供給が物理的に遮断されている上、東帝都のアシュラツリーによる遠隔ドレインの影響も続いている。……彼女という存在の『器』に、穴が空いている状態だ」
「……ごめんね、響ちゃん」
天羽祈が、響の氷のような手を両手で包み込み、さする。 彼女自身の魔力を分け与えているが、それは乾ききった砂漠にスポイトで水を垂らすようなもので、根本的な解決にはなっていない。
「謝んなよ……。アタシが燃費悪いだけだ」
響は強がって笑おうとするが、頬が引きつり、苦悶の表情に変わる。神としての器が大きい分、維持に必要なエネルギーも膨大だ。このままでは、戦うどころか、存在を維持できずに霧散してしまう。ただの水蒸気となって、この地下の湿気に混ざり合う未来が、すぐそこまで迫っていた。
「……おいたわしや」
ため息のような声が響いた。 影の中から、狐の面を持った女――私たちをここまで手引きした『夜烏』のリーダーが現れた。彼女は響のそばに歩み寄ると、悲しげに金の瞳を細め、ピンと立った獣の耳を垂れた。
「あの勇猛果敢だった青龍様が、こんなお姿にならはるとは」
「……誰だよ、お前」
響が、虚ろな目で女を睨む。 女は、ふわりと着物の袖を翻し、その場で優雅に一礼した。その仕草には、洗練された舞踏のような美しさと、時代がかった古風な品格があった。
「お初にお目にかかります。……いいえ、数百年ぶり、と言った方がよろしおすか」
女は、懐から取り出した長いキセルに、指先で火を灯した。甘い紫煙が漂う。
「ウチの名は葛葉。……かつて、貴女様が禍喪川の主であらせられた頃、その川辺で遊んでおった、しがない妖狐どすえ」
「禍喪川……」
響が、うわ言のように呟く。 その名を聞いた瞬間、彼女の脳裏に封印していた記憶が蘇る。
1000年以上前。 京帝の中央を流れる、災いと喪失を運ぶ川。 都の繁栄の裏で垂れ流される汚泥と怨念を一手に引き受け、浄化し続けていた因縁の場所。 当時の響は、強大な青龍としてその水底に君臨していた。 そして、そんな彼女を遠くから憧れの眼差しで見つめていた、小さな白い狐がいたことを思い出す。
「……ああ。あの時の、チビ狐か」
響が、自嘲気味に笑った。
「大きくなったな。……アタシは逆に、こんなにちっぽけになっちまったけどよ」
「いいえ。あの日、人間たちに追放され、東へと去っていった貴女様の背中……。ウチは昨日のことのように覚えております」
葛葉は、響の透けかけた手に、そっと自分の手を重ねた。
「貴女様は、都の穢れを一身に背負い、それでも恨み言ひとつ言わず、この地を去られました。……その高潔さを、ウチはずっと慕っておりましたんや」
「よせよ。……昔の話だ。今はただの、タピオカ中毒の女子高生だよ」
響が不貞腐れて顔を背ける。 かつて自分を追い出した都で、かつての崇拝者にこんな無様な姿を晒す屈辱。 だが、葛葉の瞳にあるのは失望ではない。変わらぬ敬愛と、そして深い憤りだった。
久遠灯が、二人の会話に割って入った。 感傷に浸る時間は惜しい。
「昔話はそこまでだ。……葛葉と言ったな。響を治す方法はあるのか?」
「あります」
葛葉は即答し、アジトの奥に掛けられた巨大な古地図を指差した。 それは、京帝の地下深くに張り巡らされた、複雑怪奇な水脈と霊脈の図面だった。
「今の京帝の霊力は、すべてこの一点……御所の地下にある『大龍穴』に集められてます」
彼女が指差したのは、地図の中心。 天帝の住まう御所、その真下にあたる場所。
「烏丸保憲は、この大龍穴に呪術的なパイプを打ち込み、京帝の霊力を独占してはります。……そして、そこから吸い上げた莫大なエネルギーを、東帝都のアシュラツリーへと転送し、自身の延命と、『神を作る儀式』に使っているんです」
「つまり、その『大龍穴』ってのが、蛇口の元栓ってことか」
白雪美流愛が、腕を組んで理解を示す。
「ええ。そこを解放し、呪いのパイプを破壊すれば、盗まれた力が逆流し、本来あるべき土地へ……そして青龍様へと戻るはずどす」
希望が見えた。 だが、葛葉の表情は晴れない。 彼女は声を潜め、警告するように続けた。
「ですが……そこは烏丸の本拠地。結界の中枢どす。……最強の陰陽師部隊『十二神将』と、完成間近の『神』が待ち構えてます」
「……神、か」
灯は、M500のシリンダーを回した。 チャキッ、という硬質な音が、洞窟内に響く。
「全部、繋がったな」
灯は、虚空を睨みつけるように言った。 その瞳には、1000年分の怒りが静かに燃えている。
「烏丸の狙いは、天帝の血を引く私と、最強の肉体を持つ氷室(周のクローン)を融合させ……意のままに操れる『完全なる神』を作ること。……そして、その神を起動するためのエネルギー源として、響を利用している」
灯の推理に、葛葉が無言で頷く。 それが、この国を裏から支配してきた男の、狂気じみた最終目的。
灯は、震える響の肩に手を置いた。強く、熱く。
「響。……お前の飯を横取りして、私の人生をオモチャにしたクソジジイに、文句言いに行くぞ」
響が顔を上げる。 その瞳孔が、爬虫類のように鋭く縦に裂けた。
「……へっ。当たり前だろ」
響は、灯の手を借りて立ち上がった。足は震えている。立っているのがやっとの状態だ。だが、その身から立ち昇る気配は、傷ついた獣のそれから、怒れる神のそれへと変わりつつあった。
「アタシの力で、アタシを殺そうなんて……いい度胸じゃねぇか」
バチリ。 響の指先から、微かだが、確かな雷気が迸る。 怒りが、最後の燃料だ。
「美流愛、双子、鏡花、祈。……準備はいいか?」
灯が仲間たちを見回す。 美流愛はナイフを研ぎ、双子は銃弾を装填する。 鏡花はシステムを戦闘モードへ移行させ、祈は杖を握りしめて頷く。
「カチコミだ。……1000年前の忘れ物、まとめて回収しに行くぞ」
灯の号令に、全員が呼応する。
「おおおおおっ!!」
周囲を取り囲んでいたレジスタンスの妖怪たちも、武器を掲げて雄叫びを上げた。一つ目小僧が槍を持ち、雪女が氷柱を作り、鎌鼬が刃を研ぐ。 かつて人間に追われ、陽の当たらない場所に隠れ住んでいた彼らが、今夜、反撃の狼煙を上げる。
リコリス・バロックと、百鬼夜行の群れ。 時代遅れの古都で、神殺しの陰謀を食い止めるための、最後の喧嘩が始まろうとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




