第二十一話「千年の都、京帝」2
第二章 百鬼夜行のレジスタンス
京帝のメインストリート、朱雀大路。 石畳を踏みしめる私たちの足音は、周囲の喧騒にかき消されていた。着物を着た人々が行き交い、売り子の威勢の良い声が響く。一見すれば、平和で活気のある観光地だ。 だが、その空気には、湿った真綿で首を絞められるような、独特の閉塞感が漂っていた。
「……視線が、痛いですね」
天羽祈が、袖を引くようにして囁いた。彼女のオッドアイは、行き交う人々の背後に潜む「影」を見ている。 すれ違う通行人の目が、一瞬だけ私たちを品定めし、そしてすぐに逸らされる。 よそ者への好奇心ではない。監視と、密告の気配。 この街全体が、一つの巨大な相互監視システムとして機能しているのだ。
その時。 通りの向こうから、怒号と悲鳴が上がった。 人波が、恐怖に駆られて左右に割れる。
「天罰だ! 道を開けろ!」
低い、地を這うような声と共に現れたのは、狩衣を漆黒に染め抜き、顔を能面のようなマスクで隠した男たちの集団だった。『天刑衆』。天帝の名の下に、異端を裁き、穢れを祓うことを許された、京帝最強の治安維持部隊。 彼らが手にしているのは、十手ではない。 呪力が込められた、刃渡り一メートルを超える巨大な錫杖だ。
「逃がすな! 囲め!」
彼らが追っているのは、一匹の妖怪だった。 身長一メートルほどの、河童に似た小男。 頭の皿は干からび、背中の甲羅はひび割れている。彼は転がるように石畳を逃げ惑い、露店の屋台にぶつかって転倒した。散らばる団子。悲鳴を上げて逃げる客たち。
「ひぃっ……お助け……お助けくだせえ……!」
河童が地面に額を擦り付けて懇願する。 だが、天刑衆たちに慈悲の色はない。彼らは無言で妖怪を取り囲むと、その背後から巨大な影が立ち上がった。
「グルルル……」
式神だ。 筋骨隆々とした赤鬼の姿をした、使役される暴力。その身体には無数の御札が貼り付けられ、意思を持たぬ操り人形として制御されている。
「罪状、『不敬』。……天帝様の御威光を汚した穢れは、消毒する」
「な、何もしてねえ! おいらはただ、腹が減って……供え物の饅頭を一つ……」
「黙れ。……貴様らごとき下等な怪異が、神聖な供物に触れること自体が、万死に値する大罪だ」
天刑衆の一人が、無造作に錫杖を振り下ろした。 バチィッ!! 呪術的な衝撃波が走り、河童の身体が吹き飛んだ。 悲鳴を上げる間もなく、さらに式神の鉄拳が叩きつけられる。石畳が割れ、緑色の体液が飛び散った。
周囲の群衆は、誰も助けようとしない。 それどころか、軽蔑の眼差しで見つめ、あるいは「穢れる」と言わんばかりに顔を背けている。 これが、この街の日常なのだ。人間が支配者であり、妖怪は被支配者。その序列を乱す者は、天罰の名の下に合法的に処理される。
「……ッ」
隣で、辰巳響の喉が鳴った。ギリギリと、歯ぎしりの音が聞こえる。 彼女の拳が握りしめられ、爪が掌に食い込んで血が滲んでいる。
「……気に食わねぇ」
響が低く唸った。
「弱いもんいじめは、どこの時代も、どこの都市も変わんねぇのかよ……!」
彼女の脳裏に、数千年前の記憶がフラッシュバックする。 都のために穢れを飲み込み、尽くし、最後は「用済み」として捨てられた自分自身の姿。 目の前で殴られている河童と、過去の自分が重なる。
「響、待て。騒ぎを起こせば……」
久遠灯が制止しようと手を伸ばす。 だが、遅かった。 響の堪忍袋の緒は、既に焼き切れていた。
「オラァッ!!」
響が地面を蹴った。 爆発的な加速。 彼女は天刑衆と河童の間に割って入ると、振り下ろされた錫杖を素手で受け止めた。
ガギィッ!
「な、何奴!?」
「通りすがりの観光客だよ、バーカ!」
響は錫杖をへし折ると、そのままの勢いで男の顔面を殴り飛ばした。能面が砕け、男が独楽のように回転しながら吹き飛ぶ。騒然となる通り。 静寂が破られ、混沌が広がる。
「き、貴様ら、何者だ!?」
「反逆者だ! 捕らえろ! 八つ裂きにしろ!」
残りの天刑衆たちが色めき立ち、呪符を構える。 背後の式神たちが、咆哮を上げて襲いかかってくる。
「……あーあ。やっちまったな」
灯がため息をつき、懐からM500を抜いた。
「仕方ねえ。……やるぞ、野郎ども!」
「了解です! お姉様、下がっていてください!」
「害虫駆除、開始!」
白雪亞莉愛と白雪華琉愛が、着物の裾を翻して飛び出す。 ナイフが閃き、式神の腕を切り裂こうとする。
だが。
キンッ!!
硬質な音がして、ナイフが弾かれた。 式神の皮膚は、鋼鉄のように硬化していた。物理的な硬さではない。霊的な装甲だ。
「硬っ!? 生身じゃないの!?」
「ただの筋肉ダルマではありません!」
「援護するわ!」
白雪美流愛が、ワイヤーを射出する。 狙いは式神の首。 だが、ワイヤーが接触した瞬間、式神の身体に貼られた御札が発光した。
ジュッ。
「っ!? ワイヤーが……溶かされた!?」
美流愛が驚愕する。彼女の愛用するマイクロフィラメント・ワイヤーは、対人外兵器としても有効なはずだった。 だが、この街の「理」が、科学の力を拒絶している。
「くっ……私のシステムもだ」
鉄鏡花が、片膝をつく。 彼女の義眼に、激しいノイズが走っていた。
「磁場干渉が強すぎる。……出力が、30パーセントまで低下している。照準が定まらない」
彼女のサブアームが展開しようとして、途中で止まってしまう。京帝という巨大な結界都市そのものが、鏡花という「科学の塊」を異物として排除しようとしているのだ。 相性が、最悪だった。
「響! 魔法使い! お前らが頼りだ!」
灯が叫びながら、銃床で天刑衆を殴り倒す。 銃は撃てない。音が大きすぎて、さらに敵を呼び寄せてしまうからだ。
「わかってんよ! ……オラァッ! 雷よ、落ちろ!」
響が天に向かって手を突き上げる。だが、何も起きない。 雲一つない晴天。 そして何より、この街の上空に張り巡らされた結界が、外部からの天候操作を阻害している。
「はあ!? 電気が来ねぇ!?」
「ここの結界は、神様の力さえも制限してるんです!」
祈が杖を振り、防御障壁を展開する。だが、その光も弱々しい。
「囲まれるぞ!」
路地の四方八方から、増援の天刑衆たちが現れる。屋根の上には弓を構えた兵士。 足元には、影から湧き出るような下級の式神たち。完全包囲。 物理的な戦闘力では勝っていても、この「場」の理において、私たちは圧倒的に不利だった。
「……クソッ。京帝の観光案内には、こんなアトラクション載ってなかったぞ」
灯が、冷や汗を拭う。 このままでは、ジリ貧だ。 捕まれば、地下牢で一生を終えるか、あるいは烏丸の実験台にされるか。
「諦めるな! 突破口を探せ!」
美流愛がナイフを構え直し、双子を庇う。 絶体絶命の窮地。
その時だった。
プカリ。
どこからともなく、紫色の煙が漂ってきた。 それは甘く、そしてどこか懐かしい、香木の香りを含んだ煙。
「……え?」
祈が顔を上げる。 煙は生き物のように戦場を這い、天刑衆たちの視界を奪っていく。 ただの煙幕ではない。認識を阻害し、方向感覚を狂わせる「幻術」の煙だ。
「何だ!? 何も見えん!」
「敵はどこだ!?」
混乱する天刑衆たち。 その足元、マンホールの蓋が、ゴとりと音を立ててズレた。
「こっちどす! 早く!」
暗闇の底から、鈴を転がすような女性の声が響いた。覗き込むと、そこには一人の女性が顔を出していた。小柄な体躯。 顔には、古風な狐の面をつけている。 その手には、長いキセルが握られていた。
「……狐?」
響が呟く。 狐面の女性は、手招きをした。
「ボーッとしてんと、捕まってしまいますえ。……『リコリス・バロック』の皆様」
彼女は、私たちの名を知っていた。罠か? だが、ここに留まれば確実に捕まる。 灯は瞬時に判断を下した。
「乗るぞ! 全員、穴に入れ!」
灯が先陣を切ってマンホールに飛び込む。 続いて美流愛、双子、鏡花、祈。 最後に響が、追いすがる式神を蹴り飛ばしてから、穴の中へと滑り込んだ。
「おおきに」
狐面の女性は、クスクスと笑いながらキセルを一吹きした。大量の煙が噴き出し、マンホールの入り口を覆い隠す。 彼女が蓋を閉めると同時に、地上からは私たちの気配が完全に消滅した。
ドスン。
着地したのは、石造りの地下通路だった。 湿った空気と、水の流れる音。 地下水路だ。だが、単なる下水道ではない。壁面には無数の道祖神が祀られ、天井には夜光石が埋め込まれて、薄ぼんやりと道を照らしている。
「……ここは?」
灯が警戒しながら周囲を見回す。 狐面の女性が、軽やかに着地した。彼女は、ゆっくりと狐の面を外した。
現れたのは、金色の瞳と、頭にピンと立った獣の耳を持つ、美しい女性の顔だった。
「ようお越しやす。千年の都、京帝の『裏側』へ」
彼女は、優雅に一礼した。
「ウチらは、天帝はんの支配に抗う者……『夜烏』。あんたはんらを、ずっと待ってましたんや」
案内された先は、地下水路の奥深く。 巨大な空洞を利用した、秘密基地のような場所だった。 そこには、人間社会から弾き出された妖怪たちや、天帝の支配に疑念を持つ陰陽師崩れ、そして行き場を失った混血種たちが集まっていた。 武器を手入れする河童。 傷ついた仲間を治療する雪女。 地図を広げて作戦を練る、浪人風の男たち。
地上とは違う。 ここには、虐げられた者たちの熱気と、自由への渇望があった。
反天帝派レジスタンス、『夜烏』のアジト。1000年の時を超え、私たちは再び「反逆者」たちの宴に招かれたのだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




