第二十話「鉄の馬車、西へ」3
第三章 箱根・絶対境界線
久遠灯の話が終わる頃、森の空気が変質した。夜鳥の声が止み、ざわめいていた木々の葉音すらも凪ぐ。 それは、何者かがこの空間を完全に掌握し、結界の中に閉じ込めた証拠だった。
「……来るぞ」
辰巳響が、スナック菓子を放り出して立ち上がる。彼女の全身から、青白いスパークがバチバチと音を立てて迸る。
「ドローンじゃない。……もっとたちの悪いのが来る」
闇の奥から、ガシャリ、ガシャリという不気味な駆動音が響いてきた。木の幹をへし折り、下草を踏みしだいて現れたのは、異形の群れだった。
一つ目小僧のような単眼のセンサー。 牛鬼のように肥大化した四足歩行の脚部。 鎌鼬の如き鋭利な刃を持つ腕。 それらは、機械の骨格に生物の肉を継ぎ接ぎし、呪符で縛り上げたキメラだった。
烏丸保憲が送り込んだ、特務祭祀局の切り札。 妖怪の霊的構造を解析し、科学技術で再構築した生体兵器。コードネーム『機巧式神』。
「なんて数よ……!」
白雪美流愛が息を呑む。 森の暗がりから、赤いセンサーライトが無数に浮かび上がる。 数は百以上。 箱根の山道は、完全に包囲されていた。
「全員、車に乗れ! ここで足止めを食らったら終わりだ!」
灯が叫び、自らも助手席へと飛び込んだ。鉄鏡花がエンジンを始動させる。 『鉄の馬車』が猛獣のような咆哮を上げ、タイヤが湿った土を噛む。
「鏡花! 正面突破だ! 轢き潰せ!」
「了解。……衝撃に備えろ」
装甲車が急発進する。 だが、行く手を塞ぐ式神たちは退かない。 彼らは互いに身体を連結させ、巨大な肉と鉄の壁となって立ちふさがった。 さらに、周囲の空間が歪み、重力結界が展開される。車体が重くなり、スピードが殺される。
「チッ、結界かよ!」
灯が舌打ちをする。このままでは、押し潰される。
「アタシがこじ開ける!」
その時、ルーフのサンルーフが開き、響が装甲車の屋根に仁王立ちになった。暴風雨の中、彼女の姿が青白い光に包まれる。
「響!? 何をする気だ!」
「見てろよ! ……この山にも、微かだけど龍脈が眠ってる!」
響は両手を広げ、箱根の山々に眠る大地の力と共鳴した。 彼女は本来、水を司る龍神。だが、自然界のエネルギーを操ることは、彼女の本能だ。
「風よ、吹け! 霧よ、晴れろ!!」
響が腕を振り下ろすと同時に、局地的な暴風が発生した。カマイタチのような突風が、式神の壁を切り裂き、重力結界を吹き飛ばす。 さらに、視界を遮っていた濃霧が一瞬にして晴れ、月明かりが道を照らし出した。
「今だ、鏡花!」
「ブースター、点火。……物理法則を無視して加速する」
鏡花がコンソールの赤いスイッチを叩く。車体後部に増設されたロケットブースターが火を噴いた。強烈なGが、全員をシートに押し付ける。
ドゴォォォォン!!
『鉄の馬車』は、砲弾となって式神の壁に激突した。 肉が弾け、鉄骨がひしゃげる音が響く。 だが、装甲車は止まらない。 響の風が抵抗を消し去り、鏡花の演算が最適ルートを導き出す。
「うおおおおおッ!!」
灯が雄叫びを上げ、窓から身を乗り出してM500を乱射する。近づく式神の頭部を次々と吹き飛ばし、道を作る。
装甲車は、式神の群れを粉砕し、箱根の峠を一気に駆け上がった。背後で爆発音が響き、火柱が上がる。 だが、彼女たちは振り返らない。
峠を越えた、その瞬間。 視界が一気に開けた。
眼下に広がっていたのは、東帝都の汚れたネオンではなかった。 月明かりに照らされ、銀色に輝く静謐な水面。駿河の海だ。
「……抜けた」
美流愛が、安堵の息を吐いてシートに沈み込んだ。天羽祈も、へなへなと座り込む。双子はハイタッチをして喜んでいる。
ここから先は、東帝都の支配が及ばない領域。 そして、因縁の地・京帝へと続く道だ。
灯は、バックミラーに映る遠い東の空を見つめた。そこには、赤く明滅するアシュラツリーの光が、微かに見えていた。
「待ってろよ、烏丸。氷室」
灯は、ポケットからくしゃくしゃになった「わかば」を取り出し、震える手で火をつけた。 紫煙が、潮風に混じって流れていく。
「今度は逃げない。……1000年前の借りを、耳を揃えて返しに行く」
鉄の馬車は、夜明け前の街道を、西へ向かってひた走る。 その轍は、過去と未来を繋ぐ一本の線となって、闇夜に刻まれていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




