第二十話「鉄の馬車、西へ」1
第一章 廃道の亡霊たち
東帝都の絶対防衛圏を突破した直後。私たちを乗せた装甲車――鉄鏡花が徹夜で改造し上げ、皮肉を込めて『鉄の馬車』と名付けたその車両は、闇に沈む旧東海道を西へと爆走していた。
かつて日本の大動脈と呼ばれたその高速道路は、数度の震災と戦争、そして妖怪の跋扈によって放棄されて久しい。ひび割れたアスファルトの隙間からは背の高い雑草が生い茂り、朽ち果てた防音壁は墓標のように傾いている。街灯はとうの昔に死に絶え、頼りになるのはヘッドライトが切り裂く二条の光のみ。 「廃道」。文明の死骸の上を、私たちは疾走していた。
「……路面状況、最悪だ。サスペンションが悲鳴を上げている」
運転席でハンドルを握る鏡花が、無機質な声で報告する。 彼女の後頭部からは数本のケーブルが伸び、ダッシュボードの端子と直結している。 彼女の脳は今、車両のOSと一体化していた。エンジンの回転数、タイヤのグリップ力、暗闇の中に潜む障害物の位置。それら全てを自身の神経系の一部として知覚し、ミリ単位のハンドルさばきで死の道路を駆け抜けているのだ。 人間なら反応速度が追いつかず、とっくにガードレールを突き破って谷底へ転落していただろう。
車内は、奇妙な静寂に包まれていた。それは、死線を潜り抜けた直後の安堵と、未知の領域へ踏み込む緊張感が、オイルと水のように分離したまま同居している空気だった。
「……なんもねぇな」
後部座席の窓に額を押し付け、辰巳響が呟いた。窓の外を流れるのは、漆黒の闇と、時折現れる廃墟となったサービスエリアの残骸だけ。 かつて人々が休息し、食事を楽しんだ場所は、今はツタに覆われ、妖怪たちの巣窟となっている。
「ここも昔は、人間がいっぱいいたんだろ? ……今は、お化け屋敷みたいだ」
響の声には、退屈と、そして微かな寂寥が滲んでいた。数千年の時を生きる龍神である彼女にとって、文明の盛衰など瞬きする間の出来事に過ぎない。だが、こうして「終わり」を目の当たりにすることは、彼女自身の「忘れ去られた神」としての在り方と重なるのかもしれない。
「じっとしててください、響さん。傷口が開きます」
天羽祈が、響の腕に包帯を巻き直しながらたしなめる。 彼女の膝の上には、救急キットが広げられていた。 祈の手つきは手慣れていた。 激戦で負った傷、そしてこれまでの逃亡劇でついた無数の擦り傷。彼女は一つひとつ丁寧に消毒し、ガーゼを当てていく。 その横顔は、薄暗い車内灯の下で、聖母のように穏やかだった。
「痛く……ないですか?」
「ん、平気。……サンキュな、祈」
響が不器用に礼を言うと、祈ははにかんだように微笑んだ。揺れる車内。エンジンの振動。雨がルーフを叩く音。それは、巨大な鉄のゆりかごのようでもあった。私たちは、東帝都という「檻」を脱出し、自由という名の荒野へ放り出されたのだ。
「……しつこい虫だ」
鏡花が、不愉快そうに呟いたのと同時だった。
カンッ!
車体のルーフを、何かが鋭く叩く音が響いた。 雨粒ではない。もっと硬質で、悪意のある金属音。
「敵襲!」
久遠灯が叫ぶ。 助手席のモニターには、無数の赤い光点が映し出されていた。後方上空から接近する、高機動飛行物体群。
「『ホワイト・ファング』の追撃部隊か。……諦めの悪い連中だ」
サンルーフ越しに見上げれば、夜空に赤いレーザーサイトの光が無数に交差していた。 ブゥゥゥン……という不気味な羽音が、雨音に混じって近づいてくる。 軍用ドローンだ。下部にガトリングガンを懸架した、殺戮のための空飛ぶ眼。
「排除しますか? 鏡花」
「頼む。……運転にリソースを割いている。迎撃システムは手動制御だ」
鏡花が言うが早いか、後部座席から二つの影が飛び出した。
「お姉様! 害虫駆除の時間です!」
「お姉様の安眠を妨げる羽虫ども……一匹残らず墜とします!」
白雪亞莉愛と白雪華琉愛。 美流愛の遺伝子を持つ双子のクローン姉妹が、サンルーフから身を乗り出した。暴風と雨が吹き込むが、彼女たちは瞬き一つしない。 その瞳には、美流愛への狂信的な愛と、敵への冷徹な殺意が宿っている。
「行きます、カルア!」
「はい、アリア!」
双子が手を繋ぎ、夜空に向かってかざした。 固有能力『真愛幻影』――発動。
瞬間、夜空が輝いた。ドローンのセンサーが、異常な熱源反応を感知して混乱する。 暗闇の中に、ホログラムのように浮かび上がったのは、無数の「少女」の姿だった。 フリルのついたドレス。可憐な笑顔。そして、手にはマイクやチェーンソー。 それは全て、白雪美流愛の姿をしていた。 十人、二十人、五十人。 空を埋め尽くすほどの「美流愛」が、ドローンを取り囲み、踊り、歌い、挑発する。
「な、なんだこれは!?」
「ターゲット多数! 識別不能! ロックオンできません!」
ドローンのスピーカーから、オペレーターの狼狽する声が漏れる。 実体を持った幻影たちは、ドローンに抱きつき、視界を遮り、あるいはそのプロペラに指を突っ込んで自爆していく。 愛ゆえの特攻。
「……最悪」
車内で、本物の美流愛がこめかみを押さえて呻いた。
「私の顔で空を埋め尽くさないでよ……。ホラー映像じゃないの」
彼女は、呆れながらも窓を開け、身を乗り出した。 雨に濡れたドレスが肌に張り付く。 だが、その動きに淀みはない。
「隙だらけよ、鉄屑ども」
美流愛の手首が閃く。袖口から射出されたマイクロフィラメント・ワイヤーが、雨粒を切り裂いて夜空を走る。 幻影に気を取られ、動きの止まったドローンの群れ。 そのプロペラの回転軸を、鋼鉄の糸が正確に捉えた。
「堕ちろ!」
指先一つ動かす。 キュンッ、という高周波の音と共に、ワイヤーが締まる。 プロペラが弾け飛び、バランスを失ったドローンが次々と墜落していく。爆発。炎上。 黒い煙が、雨に打たれて流れていく。
「さすがはお姉様! 美しい!」
「破壊の舞……尊いです!」
双子が拍手喝采を送る中、美流愛はワイヤーを巻き取り、冷たく言い放った。
「うるさい。……さっさと中に入りなさい。風邪引くわよ」
ツンとした言葉の裏に隠された、不器用な優しさ。双子は「はいっ!」と声を揃え、嬉しそうに車内へ戻ってきた。
『鉄の馬車』は、炎上するドローンの残骸を背に、さらに加速する。東帝都の支配領域は、もうすぐ終わる。その先に待つのは、1000年の因縁が眠る場所。 雨と鉄の匂いを乗せて、私たちは西へとひた走る。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




