第十九話「泡沫(うたかた)の夢」3
第三章 さよなら、我が家
「リコリス・バロックをテロリストとして認定。……拠点ごと排除せよ」
氷室の冷徹な命令と共に、神宿の夜空に閃光が走った。対戦車ミサイルの噴煙が、一直線に雑居ビルを目指して吸い込まれていく。 それは、愛する女を鳥籠に閉じ込めるためだけに放たれた、あまりに過剰で、歪んだ恋文だった。
一方、事務所。 異変に最初に気づいたのは、荷造りをしていた双子だった。
「敵性反応接近! 高速です!」
「熱源多数! ……これは、ミサイル!?」
白雪亞莉愛と白雪華琉愛が、獣のような勘で窓の外を睨む。 同時に、インカムから久遠灯の絶叫が響いた。
『みんな、逃げろ!! そこを捨てろ!!』
だが、間に合わない。 窓の外が、真昼のように白く染まる。 衝撃波がガラスを粉砕し、爆炎が室内になだれ込む。
スローモーションのような時間の中で、彼女たちの「日常」が崩壊していく。
みんなで囲み、腐らせてしまった土鍋が砕け散る。灯が愛用していた、不味いコーヒーを挽くための手動ミルが融解する。辰巳響が読み散らかした週刊誌が灰になる。 白雪美流愛がこっそり隠していたダイエット用サプリが弾け飛ぶ。 天羽祈が大切にしていた、新しい靴が燃え上がる。
彼女たちが積み上げ、守り、愛してきたガラクタのような居場所が、無慈悲な暴力によって瓦礫へと変わっていく。
ドォォォォォン!!
轟音が神宿を揺らした。雑居ビルが爆炎に包まれ、黒煙が夜空へと立ち昇る。
迎賓館の広間。 灯は、窓ガラスに映り込んだ赤い炎を見て、血の気が引くのを感じた。 心臓が凍りつく。1000年前、周を失った時と同じ絶望が、喉元までせり上がってくる。
「……あ……」
「さあ、灯。僕の手を取りなさい」
氷室が、瓦礫となった街を背に、優しく手を差し伸べる。
「帰る場所はもうないのですから」
「……貴様ッ!!」
灯は歯噛みし、窓枠を蹴り破って外へ飛び出した。 こんな男の手を取るくらいなら、地獄へ落ちたほうがマシだ。
「誰がお前なんぞと!」
灯は重力を無視して壁を駆け下りる。 だが、地上には『ホワイト・ファング』の包囲網が敷かれていた。無数の銃口と、ドローンの照準が灯を狙う。 逃げ場はない。絶体絶命。
その時。 迎賓館の正門を突き破り、巨大な鉄の塊が突っ込んできた。
ガガガガッ!!
「……灯さん! 全員無事です! 飛び乗ってください!」
煙の中から現れたのは、装甲車だった。鉄鏡花が徹夜で改造を施した、動く要塞。 彼女は着弾のコンマ数秒前に、床下の脱出シューターを使って全員を地下ガレージへ退避させ、そのまま壁をぶち抜いて脱出していたのだ。
「お姉様の車に傷はつけさせません!」
「害虫駆除を開始します!」
装甲車の天窓から身を乗り出し、双子がサブマシンガンを乱射する。追手のドローンが次々と撃ち落とされ、花火のように爆散する。
「よくやった、ポンコツども!」
灯は迎賓館の庭木を足場に跳躍し、装甲車の屋根へと飛び乗った。 ドスン、という重い着地音。
「出すぞ! ここにはもういられない!」
鏡花がアクセルを踏み込む。エンジンが猛獣のように唸りを上げ、装甲車はパトカーを弾き飛ばしながら夜の街を暴走する。
背後から、無数のドローンと『ホワイト・ファング』の車両が追ってくる。 サイレンの音が、街中に響き渡る。 東帝都全域が敵となった。
車内は、沈痛な空気に包まれていた。 響が、後部座席の窓から、燃え落ちる事務所を食い入るように見つめていた。 彼女の瞳に、赤い炎が映っている。
「……アタシらの家が……」
響が唇を噛み、拳を膝に叩きつけた。やっと見つけた居場所だった。不味いタピオカを飲み、くだらない話をして、泥のように眠れる場所。それが今、灰になっていく。
「……ごめん。私の過去が、お前らを巻き込んだ」
灯が、屋根からサンルーフを通って車内へ戻り、深く頭を下げた。 1000年前の因縁。自分の未練が招いた結果だ。私が、もっと早く過去を捨てていれば。
だが、美流愛は鼻で笑った。 彼女は、ススで汚れた顔を拭いもせず、灯を見据えた。
「今更でしょ。……それに」
彼女は、不敵に微笑んだ。 それは、アイドルではなく、頼もしい共犯者の顔だった。
「新しい家なら、西にあるんでしょ?」
祈が、フロントガラスの向こう、西の空を指差す。
「行きましょう。……京帝へ」
「そうだ。……元凶を断たなきゃ、アタシらの安眠はねぇ」
響が涙を拭い、前を向く。失ったなら、奪い返せばいい。 壊されたなら、もっといい場所を作ればいい。
鏡花も、バックミラー越しに頷いた。
「目的地設定、京帝。……距離500キロ。強行突破する」
灯は顔を上げた。 その瞳には、迷いではなく、燃え上がるような決意の炎が宿っていた。全ての元凶である烏丸保憲。そして、歪んだ愛の化身となった氷室。決着をつけるべき場所は、東帝都ではない。 全ての始まりの地だ。
「……ああ。行こう」
灯は、M500に新たな弾丸を込める。チャキッ、という金属音が、新たな旅立ちの号令となる。
1000年前、彼女が生まれ、愛し、そして捨てた都。「京帝」。 忘れ物を回収しにいく。 それは、過去への未練ではなく、未来へ進むための戦い。
雨上がりの夜空の下。 7人の魔女たちを乗せた鉄の馬車は、燃える東帝都を背に、西へと走り出した。 終わらない夜の向こう側へ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




