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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第十五話「錆びついた涙」3

第三章 鉄屑の涙


「オーバードライブ、レベル・マックス。……全排熱、開放」


 私の体内から、暴風のような蒸気が噴き出した。脊髄に直結されたリミッターを、論理的な手順ではなく、意志の力で焼き切る。 安全装置(セーフティ)が弾け飛び、コアが臨界点を超えて回転を始めた。 チタン合金の装甲が赤熱し、周囲の空気を焦がしていく。 視界を埋め尽くす赤色の警告(アラート)


『機体損傷率、上昇』


『自壊の危険性あり』


 やかましい。 そんなことは、計算するまでもない。


「感情はノイズではない。……生存本能を加速させる、燃料だ!」


 私は地面を蹴った。コンクリートが溶岩のように融解し、爆発的な推力が私を弾き飛ばす。かつての私が求めた、精密で、無駄のない、美しい動きではない。 怒りと、意地と、そして仲間を守りたいという非合理的な衝動だけで駆動する、泥臭く、予測不能な暴走。


「な、なぜだ!?」


 相良(さがら)が狼狽する。彼の予測演算(シミュレーション)において、私の機体性能(スペック)では到達不可能な速度。私が右腕を振り上げる。 相良のオートガードが反応し、私の腕を絡め取ろうとする。 だが、私は止まらない。 関節の可動域を無視し、自らの肘をへし折りながら、無理やり軌道を変えた。


 バキィッ!!


「ぐぅッ……!」


 砕けた腕の断面で、相良の『阿修羅・改』の顔面を殴りつける。 装甲が凹み、相良がたたらを踏んだ。


「計算上、その出力はあり得ない! 関節強度が耐えられないはずだ! なぜ動く!?」


「うるさい。……気合いだ」


 私は叫びながら、もう一撃を見舞う。残ったサブアームが悲鳴を上げるが、構わない。 痛みが、私が生きている証だ。 砕けた関節を、強制的にロックし、さらに踏み込む。


「馬鹿な……! そんな非効率的な動きが……!」


 相良の六本の腕が、私を迎撃しようと殺到する。チェーンソーが脇腹を掠め、ガトリングガンが装甲を削り取る。 火花が散り、オイルが飛沫となって舞う。 だが、私は止まらない。痛みを感じるたびに、私の内なる獣が咆哮する。


『まだだ』『まだ動ける』『あいつらを傷つけさせるな』。


 感情という名のバグが、システムのリミッターを焼き切り、熱力学の法則さえもねじ伏せて、限界を超えた力を引きずり出す。


「ここだッ!!」


 私は残ったサブアームの一本を犠牲にして、相良の懐に飛び込んだ。 チェーンソーに腕を食わせ、その隙に本体を肉薄させる。義手の指を、彼の『阿修羅・改』の胸部装甲の隙間にねじ込む。ミシミシと、鋼鉄が歪む音。


「こじ開けるぞ……!」


「ひっ……!?」


 相良の顔が、恐怖に引きつった。 タクティカルバイザーの奥にある瞳が、信じられないものを見るように見開かれている。 完璧な機械兵器の中で、彼だけが生身の人間として震えている。自分の作り上げた完璧な理論が、感情という不確定要素によって崩壊していく恐怖。


「私が求めたのは、命を救うメスだ。……命を刈り取る鎌ではない!」


 私は義手の先端から、最大出力の高周波メスを展開した。青白いプラズマの刃が、装甲の隙間を切り裂く。狙うのは、パイロットである相良の肉体ではない。 彼を支配し、兵器として機能させている制御中枢(コントロールユニット)、そして動力炉への接続回路のみ。


「――切断(オペ完了)」


 閃光。 高周波の音が鼓膜を突き刺す。 火花と共に、『阿修羅・改』の六本の腕が脱力し、崩れ落ちた。動力炉との接続を断たれた鋼鉄の巨人が、ただの重たい鉄屑へと還る。


 ドサリ。


 強化外骨格の機能も停止し、相良はその場に崩れ落ちた。 彼は無傷だ。 指一本、傷つけられてはいない。 だが、彼が拠り所としていた「完璧な理論」と「兵器としての誇り」は、木っ端微塵に粉砕された。


「バカな……私の完璧な理論が……。感情ごときに……」


 相良は、震える手で自分の顔を覆った。 腰を抜かし、子供のように怯える彼に、私は冷たく言い放つ。


「完璧な機械など退屈だ」


 私は、赤熱した義手を見下ろした。 関節は砕け、装甲は溶け、見るも無惨な姿になっている。冷却ファンは止まり、黒煙が上がっている。だが、このボロボロの手は、かつての「神の手」よりも美しく、そして誇らしく思えた。


「痛みを知らない者に……命を語る資格はない」


 指揮官を失った『ホワイト・ファング』の兵士たちは、統率を乱し、撤退していった。あるいは、私の放つ異常な熱量に、本能的な恐怖を感じたのかもしれない。


 静寂が戻った診療所。 半壊した壁の隙間から、地上の雨上がりの空が見える。 薄日が差し込み、舞い上がる塵をキラキラと照らしていた。


「……ふぅ」


 私は、その場に膝をついた。 システムダウン寸前。全エネルギーを使い果たし、指一本動かせない。全身のセンサーが損傷を訴えているが、不思議と気分は悪くなかった。


「派手に壊れたな、先生」


 久遠灯(くおん あかり)が、私の隣に座り込んだ。彼女もまた傷だらけだが、その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいる。灯が、ポンと私の肩を叩く。 その振動だけで、バラバラになりそうなくらい脆くなっている身体が、心地よく響く。


「……ああ。全損扱いだ。修理費は高くつくぞ」


 私は軽口を叩こうとした。だが、視界が滲んで、うまく焦点が合わない。 頬を、何かが伝う感触。 冷却用のオイルか。それとも、損傷した油圧パイプからの液漏れか。止めようとしても、止まらない。


「……エラーだ。視覚センサーより、正体不明の液体漏れを確認」


 私はそう報告するが、その声は震えていた。自分でも驚くほど、情けない声だった。


「油ですね」


 天羽祈(あもう いのり)が、そっとハンカチで私の頬を拭った。彼女の指先が、私の冷たい金属の肌に触れる。


「……でも、温かいです」


 祈が微笑む。 その言葉に、私はハッとして自分の手を見た。鋼鉄の指。錆びついた関節。黒ずんだオイルの染み。 かつて私が憎み、人間であることを捨てるために選んだ、感情のない機械の腕。だが、そこには確かに、10年前に失ったはずの「心」が脈打っていた。 痛みも、悲しみも、そして喜びも。 全てをひっくるめて、私は「私」なのだ。


「……修理が必要だ」


 私は、ノイズ混じりの声で呟いた。


「手伝え、お前たち。……一人じゃ、直せない」


 私の言葉に、全員が顔を見合わせ、そして吹き出した。


「はいはい。手伝ってやるよ、ポンコツ」


「特別料金よ? 覚悟しなさい」


「アタシ、ネジ回す係な! 任せろ!」


 響がドライバーを持って駆け寄る。美流愛が包帯を用意する。灯が肩を貸す。 雨上がりの飽魔原。瓦礫の山となった鉄屑たちの聖域に、不器用で、騒がしくて、そして何よりも温かい笑い声が響き渡った。


 私は、鉄鏡花。 痛みを知る鉄屑(サイボーグ)。 そして、リコリス・バロックの闇医者だ。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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