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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)編

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第十五話「錆びついた涙」1

第一章 冷たい方程式


「……私の『神の手』は、貴様を解体するためにある」


 私が鋼鉄の義手を強く握りしめ、虚空に向かって宣戦布告した、その直後だった。 手術室の張り詰めた空気が、ふっと緩んだ。


「……おーおー。元気そうで何よりだ」


 久遠灯(くおん あかり)が、呆れたように肩をすくめた。その唇から漏れた紫煙が、消毒液のツンとした臭いと混じり合う。彼女の顔には、皮肉っぽい笑みが張り付いていたが、その瞳の奥には隠しきれない安堵の色が滲んでいた。


「マジで焦ったし! いきなり再起動(リブート)して、物騒なこと叫ぶんだもん」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、へたり込むように床に座り込んだ。 彼女の手には、空になったタピオカのカップが握り潰されている。おそらく、私のバイタルが低下した瞬間に、無意識に力を込めてしまったのだろう。


「心臓に悪いわよ、鉄屑。……修理代、しっかり請求するからね」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、腕を組んで睨みつけてくる。だが、その声はいつもの氷点下の冷たさではなく、微かに震えていた。彼女の指先が、無意識に私の義手の冷たさを確かめるように触れる。


「……よかったですぅ。鏡花さん、目が怖かったから……。もう戻ってこないんじゃないかって……」


 天羽祈(あもう いのり)は、涙目で私の白衣の裾を掴んでいる。 彼女のオッドアイが、私の魂の色を確認し、安堵の涙を溜めているのが見えた。


 彼女たちの声が、鼓膜センサーを不規則に振動させる。 それは、数値化できないノイズだ。 私のブラックボックス――記憶領域の深層には、まだ過去の悪夢の残滓がへばりついている。 10年前のあの日、私が切り捨てたはずの「人間としての弱さ」。 だが、今の私には、それを心地よいと感じるだけの「現在(いま)」があった。


「……余計な世話だ」


 私は、わざと無機質な合成音声に近いトーンで言った。モニターに表示されるバイタルは、オールグリーン。 論理ウイルスは隔離され、システムは正常に稼働している。


「放っておけば、自己修復プログラムで再起動したものを。……有機生命体の過剰な干渉は、精神的回復(メンタル・リカバリ)の妨げになる」


「減らず口が叩けるなら大丈夫だな」


 灯がニヤリと笑い、私の頭を乱暴に撫でようとした。その手は無骨で、泥臭く、そして温かかった。かつて私が求めた「神の手」とは対極にある、不器用な救いの手。


 その時だった。


 ズガァァァン!!


 凄まじい爆音が、地下診療所を揺るがした。 天井から埃とコンクリート片が舞い落ち、手術室の無影灯が激しく明滅する。 モニター類が一斉に警告音(アラート)を上げ、赤く点滅し始めた。


「な、何!? 地震!?」


「違う! 敵襲だ!」


 響が叫び、即座に身構える。 入り口の防壁――厚さ50センチの鉄筋コンクリートと、多重ロックシステムで守られていたはずの扉が、紙くずのように内側へ吹き飛んでいた。


 もうもうと舞い上がる粉塵。 その向こうから、無数の赤い光点が浮かび上がる。 暗視ゴーグルの光だ。 整然とした軍靴の音が、こちらの心拍数を圧迫するように近づいてくる。


「……『ホワイト・ファング』か!」


 灯がM500を抜く。 雪崩れ込んできたのは、浅修羅(アサシュラ)で遭遇したあの白い部隊だった。 だが、今回の装備は明らかに違う。対人外用の呪術的な結界装備ではない。 対戦車ライフル、携帯型ミサイルランチャー、そして対サイボーグ用の高出力電磁兵器(EMP)。 純粋な物理的破壊力に特化した重武装だ。


 そして、彼らを指揮する一人の男が、瓦礫を踏み越えて悠然と現れた。


 白衣の上に、最新鋭の強化外骨格(エグゾスケルトン)を装着した男。 顔の半分を覆うタクティカルバイザー。 その隙間から覗く口元には、品のない嘲笑が浮かんでいる。


 その顔を見て、私の思考回路が一瞬フリーズした。検索。照合。一致率99.9%。 あり得ない。 いや、あり得る。この狂った東帝都ならば。


 相良(さがら)


 かつて東帝都大学病院で、私の助手を務めていた男。 私の技術に心酔し、「先生こそが医療の未来だ」と語っていた、真面目で気弱な青年。 私の手術を一番近くで見つめ、私が失踪した後、誰よりも悲しんでいたはずの男。


 だが、今の彼の瞳には、かつての熱意も優しさもない。 あるのは、氷のような冷徹さと、歪みきった優越感だけだ。


「お久しぶりですね、(くろがね)先生」


 相良は、慇懃無礼に一礼した。その動作に合わせて、外骨格のサーボモーターが微かな駆動音を立てる。それは、私がこの身体で立てる音と同じ、機械の呼吸音だった。


「……いや、今はただの『鉄屑(スクラップ)』でしたか」


「相良……。なぜ、お前がここにいる」


 私は手術台から降り、義手から高周波メスを展開した。 かつての教え子が、敵として目の前に立っている。 その事実が、私の論理回路に不快なノイズを走らせる。


「なぜ、だと?」


 相良は、わざとらしく肩をすくめた。


「決まっているでしょう。……先生が捨てた『未来』を拾い上げ、完成させるためですよ」


「未来……?」


「ええ。烏丸様が提唱された『科学的式神』構想。……先生はそれを『冒涜』だと吐き捨てて逃げ出した。ですが、私は違います。私はその素晴らしさを理解し、継承し、そして完成させたのです」


 相良は、背後に控える兵士たちを手で示した。彼らは微動だにしない。 呼吸音さえ聞こえないほど、完璧に統率されている。 恐怖も、焦りも、殺気さえもない。 ただそこに「在る」だけの、無機質な暴力装置。


「見てください、先生。これがあなたの理論の完成形だ」


 相良が指を鳴らすと、兵士の一人がヘルメットを外した。 そこにあったのは、まだあどけなさの残る若者の顔だった。だが、その頭部には生々しい手術痕があり、こめかみには銀色の制御チップの端子が埋め込まれている。 瞳孔は開ききり、光に反応しない。


「感情中枢を完全に除去し、脳内に制御チップを埋め込んだ。……(CPU)は人間のままだが、人格(OS)は我々が書き換えた」


 相良は、若者の頬を愛おしそうに撫でた。


「恐怖も、痛みも、迷いもありません。上官の命令(コマンド)を絶対的な真理として実行する。……ただ命令を遂行するだけの、美しい兵器たちだ」


 私の脳裏に、かつて烏丸が見せた設計図が蘇る。 私が拒絶し、破り捨てた悪魔の構想。 相良は、それを実現させたのだ。 私の技術(メス)を使って。


「……貴様ッ!」


 灯が激昂し、銃口を向ける。 だが、私はそれを手で制した。 私の内側で、冷却ファンが唸りを上げている。これは熱暴走ではない。怒りだ。 そう、これは純粋な怒りだ。私の技術を、私の理想を、こんな醜悪な形で具現化されたことへの、耐え難い嫌悪感。


「相良。……お前は、医者であることを捨てたのか」


「医者? ハッ、笑わせないでください」


 相良は、蔑むように私を見下ろした。


「命を救う? そんなセンチメンタルな感傷で、何ができると言うんです? ……先生、あなたは失敗作だ」


 彼は一歩踏み出した。 外骨格の足が、床の瓦礫を踏み砕く。


「あなたは感情というバグを捨てきれなかった。だから、過去に囚われ、こんな吹き溜まりで薄汚れた連中と馴れ合っているのです。……私が証明してあげましょう。感情を排した完璧な機械こそが、最強の存在であることを」


「……ふざけるな」


 私は低く呻いた。 私の義手が、きしりと音を立てる。


「感情はバグではない。……それは、システムを進化させるための未確定要素(エラー)だ」


 私は、仲間たちを見回した。 灯、美流愛、響、祈。 どいつもこいつも、計算通りに動かない、非合理の塊のような連中だ。だが、だからこそ、私の予測を超えた結果を叩き出してきた。


「総員、戦闘開始(エンゲージ)。……鉄屑どもを解体しろ」


 相良の号令と共に、感情のない兵士たちが一斉に銃口を向けた。 チャキッ、という機械的な装填音が、死の宣告のように響く。


 硝子の街の地下深く。 鉄と血と、そして錆びついた涙が交錯する、悲しい戦争が幕を開ける。 かつての師と弟子。 人間であることを捨てた機械と、機械であることを選んだ人間。 その証明を懸けた、殺し合いの手術(オペ)が始まる。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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