第十四話「鋼鉄のヒポクラテス」1
第一章 エラーコード「追憶」
東帝都の東端、飽魔原。 降り続く酸性雨が、ネオン管と廃棄された電子パーツの山を、毒々しい極彩色に濡らしていた。路地裏には、剥き出しの配線が血管のように這い回り、焦げた基板の臭いが充満している。 そこは、最新鋭のテクノロジーと、打ち捨てられた鉄屑が共存する、情報の墓場だった。
鉄鏡花は、ビニール傘も差さずに、その泥濘を歩いていた。 白衣の裾が泥で汚れるのも構わず、彼女の義眼は周囲のジャンク品を高速でスキャンしていた。 目的は、闇市のパーツ屋。 先日遭遇した『ホワイト・ファング』の兵器データを解析するため、高精度の解析ユニットを買い出しに来ていたのだ。
「……適合率、32パーセント。粗悪品ばかりだな」
鏡花は、道端に転がっていた古びたドローンの残骸を拾い上げ、無機質に呟いた。 彼女にとって、この世界は数値とデータで構成された巨大な演算空間だ。感情というノイズを排除し、効率だけを追求する。 それが、彼女がこの街で生き残るために選んだ生存戦略だった。
だが。
ヒュンッ。
風を切る音がした瞬間、彼女の論理回路に警告が走るよりも早く、衝撃が身体を貫いた。
「ガッ……!?」
鏡花はよろめき、ドローンを取り落とした。 左胸。心臓があるべき場所に、ぽっかりと穴が開いている。 そこから火花とオイルが噴出し、雨に混じって地面を汚した。
痛みはない。 痛覚回路はとっくに遮断されている。だが、視界が真っ赤なノイズに覆われ、膨大なエラーログが滝のように流れていく。
Error: System Core Damaged Alert: Logic Virus Detected
「……物理ダメージではない。……論理ウイルスか」
鏡花は膝をつき、アスファルトに手をついた。 身体が動かない。指一本動かせない。 撃ち込まれたのは、サイボーグの神経系だけを焼き切り、強制的に機能停止させる呪術ウイルス弾。 狙撃だ。
雨のカーテンの向こう。 遥か遠くのビル屋上に、白い影が見えた。 フルフェイスのヘルメット。白い強化装甲服。 あの時の『ホワイト・ファング』の隊長だ。 彼の手には、呪符の貼られたスナイパーライフルが握られている。
「……チェックメイト、か」
鏡花の視界が暗転していく。 意識が強制シャットダウンへと向かう。 死への恐怖はない。ただ、任務を遂行できなかった非合理性への苛立ちだけがあった。
その時。
「おい、ヤブ医者! しっかりしろ!」
誰かが駆け寄ってくる足音がした。乱暴に肩を掴まれ、揺さぶられる。 泥と、雨と、そして微かな鉄錆の匂い。 久遠灯だ。
「灯……か。……無駄だ。システムが……」
「うるせぇ! 死ぬな! 修理代ならいくらでも払ってやる!」
灯の体温が、冷え切った鏡花の装甲越しに伝わってくる。熱い。 人間よりも熱い、吸血鬼の血潮。 その熱が、鏡花のブラックボックス――決して開くことのなかった記憶領域の扉を、強引にこじ開けた。
意識が、深い闇へと沈んでいく。 現在という時間が溶け出し、過去へと逆流していく。
目が覚めると、そこは消毒液の匂いが充満する、白亜の巨塔だった。
東帝都大学医学部附属病院。 窓の外には、まだ青かった空と、建設中のアシュラツリーが見える。
私は、自分の手を見た。冷たいチタン合金ではない。血管が透けて見える、温かく、柔らかな皮膚。 爪は短く切り揃えられ、指先は知性の象徴のように細く、しなやかだ。
10年前。 当時二十代の鉄鏡花は、「神の手」を持つ天才外科医として、その名を医学界に轟かせていた。 難易度の高い脳外科手術を次々と成功させ、数多の命を死の淵から救い上げてきた若き天才。
彼女は傲慢だった。 そして、誰よりも純粋だった。
「神などいない。奇跡もない」
鏡衣を着て、手術室(オペ室)へと向かう廊下。 私は自分自身に言い聞かせるように呟く。
「あるのは、執刀医の技術だけだ」
私はメス一本で、死神と戦い続けていた。 人間の肉体という、あまりに脆く、不完全なシステムを修理するために。それが、私の全てだった。 鋼鉄の身体を手に入れる前の、痛いほどに人間だった頃の記憶。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




