第十三話「影の執行者たち」3
第三章 狩りの作法
戦端が開かれた瞬間、私たちは違和感という名の冷水を浴びせられた。
これまでの戦闘――狂信的な『箱庭』の信者や、暴力衝動に任せたマフィアとの殺し合いとは、根本的に質が異なっていた。 ここにあるのは、激情でも、信仰でも、欲望でもない。 徹底的にマニュアル化され、最適化された「業務」としての戦闘行動。
「先手必勝だ! 黒焦げになれッ!」
辰巳響が吼え、アスファルトを踏み砕いて跳躍する。 彼女の全身から放たれた高圧電流が、白装束の小隊を薙ぎ払おうと奔る。 だが、その雷撃が敵に届くことはなかった。
ブゥン……。
兵士たちの背後から、数機の小型ドローンが展開される。それらは空中に幾何学的な陣形を描くと、響の雷撃を一点に吸い寄せ、アース線のように地面へと逃がした。 避雷針。 いや、術式による絶縁結界か。
「はあ!? アタシの電気が……吸われた!?」
響が驚愕に目を見開く隙を、敵は見逃さない。 すかさず数名の兵士が散開し、特殊なランチャーを発射した。 放たれたのは粘着弾。 空中で網状に展開し、響の手足を拘束して地面に引きずり下ろす。
「くっ……離せ!」
「対象A、無力化。……次」
隊長の無感情な指示が飛ぶ。 間髪入れず、天羽祈が杖を構えた。
「響ちゃんを……放してぇっ!」
彼女のオッドアイが輝き、魔術的な重力波を発生させようとする。 だが、その詠唱が完了する前に、兵士の一人が足元に閃光手榴弾を転がした。
カッ!!
「あぐっ……! 目が、目がぁ……!」
強烈な閃光と爆音が、祈の視覚と三半規管を麻痺させる。魔眼を持つ彼女にとって、視界への過剰入力は脳を焼くほどの激痛だ。彼女はその場にうずくまり、嘔吐した。
「チッ、小賢しい真似を!」
白雪美流愛が、光の残滓を縫って疾走する。 彼女の武器は不可視のワイヤー。敵の装備の継ぎ目、装甲の薄い部分を狙って、鋼鉄の糸を走らせる。 だが。
キィン!
硬質な音がして、ワイヤーが弾かれた。 前衛の兵士が構えたのは、高周波振動ブレード。超高速で振動する刃が、美流愛のワイヤーを接触した瞬間に切断したのだ。
「嘘……私の糸が……!?」
美流愛がバランスを崩す。 そこへ、正確無比な制圧射撃が降り注ぐ。殺すための射撃ではない。 手足を狙い、行動力を奪うための、冷徹な牽制射撃。
「くっ……!」
美流愛は、空中で無理やり身体を捻った。 人間の関節可動域を無視した、軟体動物のような回避。だが、弾幕の密度は彼女の予測を上回っていた。
ヒュン、ヒュン!
数発の弾丸が、彼女のドレスの裾と、二の腕の皮膚を浅く切り裂く。 赤い血が飛沫となって舞う。 致命傷ではない。だが、衝撃で体勢が完全に崩された。 彼女は地面に転がり、受け身を取りながら瓦礫の影へと滑り込む。
「……最低」
美流愛は、血の滲む腕を押さえながら呻いた。 痛みよりも、屈辱が勝る。 「殺す気がない弾丸」に、動きを封じられたことへの苛立ち。彼らは私を「脅威」ではなく、ただの「捕獲対象」として処理しようとしている。
「立てるか、美流愛!」
灯の声。 赤黒い血の霧が視界を覆う。
「……舐めないで。これくらい、ダンスの練習よりマシよ」
美流愛は歯を食いしばり、震える足で立ち上がった。 プライドはズタズタだが、プロとしての判断力は失っていない。
「なんだコイツら……! 強えとか弱えとかじゃねぇ……!」
響が、粘着網を引きちぎりながら叫ぶ。 その顔には、焦燥の色が浮かんでいた。
「アタシたちの手の内を……全部知ってやがる!」
その通りだ。 彼らは知っていた。響が雷を使うことも、祈が視覚に依存していることも、美流愛がワイヤーを使うことも。 あらかじめリコリス・バロックの戦闘データを解析し、完璧な対策を用意していたのだ。これは戦闘ではない。 害虫駆除だ。 手順書に従って、淡々とスプレーを噴射するような、事務的な「処分」。
「……クソッ!」
久遠灯は、M500を連射しながら、歯噛みした。 大口径弾が兵士の装甲を捉えるが、表面に刻まれた呪符が発光し、衝撃を拡散させてしまう。 致命傷を与えられない。 そして、こちらの攻撃パターンは全て読まれている。
灯は、敵の動きに既視感を覚えていた。 個々の力は、決して高くない。 吸血鬼の膂力や、龍の破壊力に比べれば、彼らはただの人間だ。 だが、その連携は芸術的なまでに完成されていた。一人が動けば、二人がカバーに入る。 誰かが攻撃を受ければ、即座にフォーメーションを組み替え、死角を消す。 その動きは、まるで一つの巨大な生き物の手足のようだった。
灯の視線が、指揮を執る隊長の男を捉えた。彼は戦闘に参加せず、ただ静かに立ち尽くしている。だが、その指先が指揮者のように動くたびに、部隊は変幻自在に形を変え、私たちを追い詰めていく。
その指揮の手順。 陣形の組み方。そして何より、異形を「穢れ」として認識し、それを祓うかのような無駄のない所作。
灯の脳裏に、1000年前の記憶がフラッシュバックした。平安の都。京帝。 闇夜に跋扈する鬼や妖怪を狩り立てていた、公的な処刑人たち。
「……天刑衆」
灯が呟く。 いや、違う。 あれはもっと専門的な、呪術に特化した集団の動きだ。
「陰陽寮の……『追儺』か?」
古の呪術都市・京帝が誇る、対妖魔特殊部隊。 式神を操り、結界を張り、数多の怪異を歴史の闇へと葬ってきた、国家公認の掃除屋たち。 その戦術思想が、1000年の時を超えて、ここ東帝都に再現されている。 最新の科学技術の皮を被って。 強化外骨格という鎧を纏い、アサルトライフルという弓矢を持って。
「……氷室か」
灯は確信した。 新知事・氷室。 奴のバックにいるのは、ただの政治家や官僚ではない。もっと古く、根深い、この国の闇そのものだ。かつて灯が愛した男を奪い、灯を吸血鬼へと変えた、あの時代の亡霊が関わっている。
「囲まれるぞ! 固まれ!」
灯が叫ぶと同時に、鉄鏡花がサブアームで円陣を作り、防御態勢に入った。だが、包囲網は確実に狭まっている。 トラックのエンジンがかかった。 荷台には、タマ婆が積み込まれている。
「行かせるかよッ!」
灯が、決死の覚悟で飛び出した。 彼女は自らの手首を噛み切り、鮮血を空中に撒き散らす。
「『血の晩餐』!!」
赤黒い霧が爆発的に膨張し、視界を遮る煙幕となる。同時に、霧を吸い込んだ兵士たちの動きが鈍るはずだ。 その一瞬の隙を突いて、トラックを止める。
灯は霧の中を疾走し、トラックの運転席へと肉薄した。 窓ガラス越しに、運転手の兵士と目が合う。 銃口を向ける。
だが、隊長の声が、インカムを通して冷徹に響いた。
「攪乱だ。……無視しろ」
トラックは、灯を轢き殺す勢いで急発進した。灯は横に飛び退く。 タイヤが泥を跳ね上げ、彼女のコートを汚す。
「待てッ!!」
灯がトリガーを引く。弾丸がタイヤを貫く――はずだった。 だが、トラックの車体が、蜃気楼のように揺らぎ、景色と同化した。 光学迷彩。 そして、呪術的な「姿隠し」の結界。
巨大な車両が、音もなく、痕跡もなく、夜の闇へと溶けていく。 排気ガスの臭いだけを残して。
「……深追いはするな」
隊長が、残った兵士たちに撤退を命じた。 彼らもまた、光学迷彩を起動し、風景に溶け込むようにして姿を消していく。 足音さえもしない。 まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
「待てよ……! 返せよ! 婆ちゃんを返せッ!!」
響が、何もない闇に向かって叫び、雷撃を放つ。だが、虚空を切り裂いた稲妻は、誰にも当たらず、ただ地面を焦がしただけだった。
静寂が戻る。 残されたのは、破壊された浄水場の廃墟と、泥と敗北感にまみれた5人だけ。
私たちは、何もできなかった。 圧倒的な暴力でねじ伏せられたわけではない。 システムという名の巨大な壁に、ただ弾き返されただけだ。 タマ婆は連れ去られた。 彼女の安否は絶望的だ。あのトラックの中は、生きたまま解体される屠殺場への直行便だろう。
「……クソッ」
灯は、M500を地面に叩きつけた。 悔しさと、無力感。
「灯さん……ごめんなさい……」
美流愛が、ふらつく足取りで灯の元へ歩み寄る。 その純白の強化装甲服……ではなく、彼女の白いドレスは泥と血で汚れ、お気に入りのローファーも片方ヒールが折れていた。 彼女は、自分の二の腕に巻いた応急処置のワイヤーを悔しげに握りしめる。
「私が……もっとうまく踊れていれば……」
「謝るな。……全員、生きてるだけで上出来だ」
灯は短く言い、美流愛の肩をポンと叩いた。 その手もまた、怒りで震えていた。
翌日。 浅修羅の路地裏。 駄菓子屋『猫の目』があった場所は、更地になっていた。 早朝から入った重機が、あっという間に建物を取り壊し、残骸を持ち去ったのだ。 そこにはもう、タマ婆が生きていた痕跡は何一つ残されていない。 行政代執行。 不法占拠物件の撤去という、あまりに合法的な処理。
灯は、更地の前に立ち尽くしていた。手には、コンビニで買ったワンカップと、タマ婆が好きだった羊羹。それを地面に供え、手を合わせる。
「……戦争だ」
灯が呟いた。 その声は低く、震えていた。
今回の敵は、狂信者でもマフィアでもない。この街を支配する「法」と「秩序」。 そして、その裏に潜む1000年の因縁。 それらが手を組み、私たち「異形」を根絶やしにしようとしている。
「上等じゃねえか。……喧嘩なら買ってやる」
灯はワンカップを呷り、空になったガラス瓶を握り潰した。 硝子の破片が掌に突き刺さり、血が滴る。 その痛みだけが、今の彼女の怒りを繋ぎ止めていた。
東帝都の黄昏時。 空を見上げれば、巨大な『アシュラツリー』がそびえ立っていた。 その先端で明滅する赤い航空障害灯が、まるで街全体を監視する巨大な目のように、私たちを見下ろしている気がした。
影の執行者たちは、もう動き出している。私たちの居場所は、この街のどこにもない。 ならば、奪い返すしかないのだ。 血と暴力で、私たちの「日常」を。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




