第十三話「影の執行者たち」2
第二章 ホワイト・ファング
「来るぞ!」
久遠灯の警告と共に、私たちは路地の闇に向けて身構えた。 だが、現れたのは軍靴を鳴らす兵士の群れではなかった。
ヒュンッ!
風を切る音と共に、虚空から数枚の白い紙片――「呪符」が飛来した。 それは生き物のように舞い、駄菓子屋の軒先に張り付くと、瞬時に発火した。 ボッと青白い炎が上がり、タマ婆の店が結界のようなもので包まれる。証拠隠滅のための封印術式だ。
「チッ、斥候か!」
灯がM500を発砲する。 轟音が路地を震わせ、呪符の一枚を吹き飛ばす。 すると、空間の揺らぎが解け、路地の奥に小さな影が浮かび上がった。 それは人間ではない。四足歩行の獣を模した、機械仕掛けのドローン。 だが、その表面にはびっしりと梵字が刻まれ、カメラアイの代わりに水晶玉が埋め込まれている。
「式神……いや、自律型偵察ユニットか!」
鉄鏡花が叫ぶ。 科学と呪術のハイブリッド。 ドローンは、私たちを「敵性存在」と認識すると、甲高い鳴き声を上げて逃走を開始した。 その背中には、タマ婆の店から持ち去られたと思われる、古びた招き猫が括り付けられている。残留思念(証拠)の回収班だ。
「逃がすかよ! 追うぞ!」
辰巳響が地を蹴る。私たちは、浅修羅の入り組んだ路地を、その機械の獣を追って疾走した。 ドローンは、人間には不可能な機動で屋根を飛び移り、墨堕川の方角へと逃げていく。
「あいつ、川沿いの浄水場へ向かってる!」
白雪美流愛が、屋根の上を並走しながら叫んだ。 その先にあるのは、数年前に廃棄され、立ち入り禁止となっている旧・浅修羅浄水場。 都市の地図からは消えかけた、忘れられた場所。
「ビンゴだ。……タマ婆もそこにいる」
灯がニヤリと笑う。案内ご苦労なこった。 私たちは、誘い込まれるように、しかし確かな殺意を持って、その廃棄施設へと足を踏み入れた。
浄水場に近づくにつれ、浅修羅の湿った空気は、肌にまとわりつくような重圧へと変わっていった。 ドローンを見失った地点。 そこには、錆びついたフェンスと、背の高い雑草に覆われた広大な敷地が広がっていた。
「……消えた?」
天羽祈が、キョロキョロと周囲を見回す。 先ほどまで追っていたドローンの気配が、フェンスを越えた瞬間にぷっつりと途絶えたのだ。
「いや、隠されたんだ」
鏡花が、フェンスに貼られた真新しいテープを指差す。 「立入禁止」の黄色いテープではない。 純白の素材に、幾何学的な紋章――五芒星と電子回路を組み合わせたような意匠がプリントされた、特殊な結界テープ。
「科学的な光学迷彩と、呪術的な『人払い』の結界が併用されている。……波長から推測するに、一般人の認識を阻害し、特定の『異形』だけを閉じ込める檻としての機能を果たしている」
鏡花の声に、珍しく戦慄の色が混じっていた。 この高度な隠蔽技術。 単なる警察組織やマフィアの手によるものではない。 国家規模の予算と、禁忌スレスレの呪術体系が融合して初めて可能になる、闇のテクノロジー。
「……行くぞ。タマ婆が待ってる」
灯は躊躇なく、結界テープの下をくぐり抜けた。 肌に、ピリリとした痛みが走る。 拒絶されている。この先は、人間ならざる者たちが踏み込んではならない、法の外側にある狩り場だ。
敷地内は、死んだように静まり返っていた。 虫の声さえ聞こえない。 結界によって、外界からの音が完全に遮断されているのだ。 あるのは、砂利を踏む自分たちの足音と、遠くで稼働している重機の低い唸り声だけ。
かつては帝都の水を濾過していた巨大な沈殿池は、今はヘドロとボウフラの養殖場となり、腐敗した水面が月明かりを鈍く反射している。 私たちは、その縁にある管理棟の影に身を潜めた。 そして、広場の中央で行われている「作業」を目撃した。
「……なっ」
祈が、息を呑んで口元を押さえる。
そこには、数台の黒い輸送トラックが停まっていた。荷台の扉が開かれ、中からドライアイスのような青白い冷気が漏れ出している。 その周囲を取り囲んでいるのは、異様な集団だった。
全身を、純白の強化装甲服で覆った兵士たち。 関節部は黒い人工筋肉で補強され、頭部はのっぺりとしたフルフェイスのヘルメットで隠されている。彼らは一言も発しない。無駄のない動きで、手信号だけを交わし、淡々と作業を進めている。
彼らが運んでいる「荷物」。 それは、拘束された妖怪たちだった。一つ目小僧、河童、ろくろ首。 古くからこの街に住み着き、人間社会に紛れてひっそりと生きてきた、無害な隣人たち。彼らは皆、四肢を呪縛され、口を塞がれ、意識を奪われた状態で、トラックの荷台へと次々に放り込まれていた。モノのように。 あるいは、処分される産業廃棄物のように。
「……婆ちゃん!」
灯が、食い入るように見つめる先に、小さな影があった。 猫又の老婆、タマ婆だ。 彼女は後ろ手に縛られ、白装束の兵士に襟首を掴まれて引きずられていた。 その顔は苦痛に歪み、目は虚ろだ。 いつもの「あんだい、景気の悪い顔しやがって」と笑う威勢の良さはどこにもない。 ただの、怯える老いた猫のように震えている。
「あの野郎……ッ!」
灯の手が、M500のグリップをきしませる。だが、それ以上に彼女の目を釘付けにしたのは、兵士たちが携えている装備だった。
最新鋭のアサルトライフルに見える。 だが、その銃身には、びっしりと赤い文字で書かれた呪符が貼り付けられている。 弾倉は透明で、中に詰められた弾丸は、水銀のように怪しく銀色に輝いていた。
霊的装甲を貫通するための、呪術弾。 科学の破壊力に、退魔の効力を付与したハイブリッド兵器。
「……間違いない」
鏡花が、奥歯を噛み締めるように呟いた。
「治安維持部隊『ホワイト・ファング』。……新知事・氷室の直轄部隊だ」
法の番犬。 東帝都の秩序を守るという名目で結成された、対人外・掃討部隊。 その正体は、異形を効率的に「処理」するために作られた、冷酷な処刑人の群れだった。
「……許さねぇ」
響の体温が上がり、周囲の空気が陽炎のように歪む。美流愛がワイヤーを引き抜き、殺意を研ぎ澄ませる。 祈が杖を握りしめ、震える足を踏ん張る。
灯が、飛び出そうとした、その瞬間だった。
トラックの傍らで指揮を執っていた男が、ふとこちらを振り返った。 彼だけはヘルメットを被っておらず、その素顔を晒していた。短く刈り込んだ黒髪。 鋼鉄のように冷たい瞳。 その顔には、感情というものが欠落していた。
「……見つけたぞ」
男が呟いた。距離は50メートル以上離れているはずだ。 暗闇と、遮蔽物の影に隠れているはずだ。 なのに、彼の視線は正確に、私たちの眉間を射抜いていた。
「!?」
灯が息を呑む。 気配がなかった。 殺気さえも漏らさず、ただ「認識」したという事実だけが、ナイフのように突き刺さる。
男は、耳元のインカムに手を当て、抑揚のない声で命じた。
「害虫が寄ってきたか。……駆除しろ」
男が、指揮棒のように指を振るう。 その動作は、あまりに軽く、そして絶対的だった。
グニャリ。
空間が歪んだ。 私たちの足元の地面が、液状化したように波打つ。同時に、数人の兵士が、私たちに向けて銃口を向けた。 発砲音はない。 サプレッサーによって消音された銃撃と、陰陽道の術式による空間拘束が、同時に襲いかかってくる。
科学と呪術の挟撃。 それは、私たちがこれまで戦ってきたどんな敵とも違う、異質の「狩り」の始まりだった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




