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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
箱庭の揺り籠(ガーデン・オブ・クレイドル)編

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第十二話「夜明けの彼岸花」2

第二章 我らは歪み、故に我在り


「排除します」


 御堂蓮(ミドウ レン)の意識が、タワーの防御システム(セキュリティ)と完全に同期した。 空間を埋め尽くす青い結晶が、一斉に鋭利な刃へと変貌する。 同時に、壁面がスライドし、無数のレーザー砲塔が出現。銃口が私たちをロックオンする。 さらに、床下から結晶化した『庭師(ガードナー)』たちが這い出してくる。彼らはもはや人間ではない。タワーの抗体として機能する、自律型の殺戮兵器だ。


 物理的な弾幕と、脳を直接焼くような精神干渉(ハッキング)。 全方位からの死の抱擁。 だが、覚醒した5人の魔女たちは、もう揺らがない。


「アクセス承認。……これより、システム権限を奪取する」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、自身の首筋にあるコネクタからケーブルを引き抜き、タワーの制御端末に直結させた。 彼女の義眼が、高速で流れるコードの滝を読み解く。御堂の膨大な演算能力に対し、彼女はウイルスのような自己増殖プログラムを送り込み、処理速度を遅らせていく。


「貴様の論理は完璧だ。秩序立っており、無駄がない。……だが!」


 鏡花は叫ぶ。


「生命は、非合理なエラーの積み重ねで進化する! 予測不可能なバグこそが、可能性の正体だ!」


 彼女のハッキングが、砲塔の照準を狂わせる。レーザーが同士討ちを始め、爆発が連鎖する。


「リズムが悪いわね。……私のステージで、勝手な演出をしないで!」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、空間を舞う。 彼女はマイクロフィラメント・ワイヤーを張り巡らせ、迫りくる結晶の触手を次々と切断していく。 かつて組織に操られていた彼女は、もう誰の脚本でも踊らない。 彼女の人生(ステージ)の演出家は、彼女自身だ。


「そこ! 死角よ!」


 美流愛のワイヤーが、『庭師』たちの急所を正確に貫く。 彼女の殺意は、もはや冷たい任務ではない。 生きるための、熱を持った情熱だ。


「うおおおおぉぉッ!!」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、屋外の雷雲を呼び寄せた。タワーの避雷針に、アタシの怒りを全部ぶち込んでやる。


「神様気取りが! ……龍神を舐めるな! 本物の神罰(バチ)ってやつを教えてやるよ!」


 ドォォォォォォン!!


 直撃した雷撃が、タワーの外壁を伝い、内部のシステムを過負荷(オーバーロード)させる。 青い結晶がひび割れ、光が明滅する。 響は笑う。誰かに崇められる神ではなく、友と並んで戦う一人の「個」として。


「痛いの痛いの……全部、私が引き受けます!」


 天羽祈(あもう いのり)が、杖を掲げて叫ぶ。 彼女の周囲に展開された防御結界が、御堂の精神干渉ノイズを遮断する。かつては自分の痛みから逃げようとしていた彼女が、今は仲間の痛みを肩代わりしようとしている。


「みんなの傷は、私が守る! ……だから、行ってください!」


「おうよ!」


 仲間たちが切り開いた血路。 その中心を、久遠灯(くおん あかり)がひた走る。無数の結晶片が彼女の体を切り裂く。レーザーが肉を焦がす。 だが、再生能力(ヒーリングファクター)が即座に修復し、彼女を不死身の弾丸へと変える。


「御堂ォォォッ!!」


 灯は、巨大な培養槽へと肉薄した。 ガラスの向こう。 御堂は、悲しげな目で灯を見ていた。


『なぜ、愛を拒むのです。……これほどまでに、温かいのに』


「愛? ……ハッ、笑わせるな」


 灯は、S&W M500の銃口を、培養槽の強化ガラスに押し当てた。 ゼロ距離。 冷たい銃口が、熱を帯びて震えている。


「お前のそれは、愛じゃねぇ。……飼育だ」


 灯の脳裏に、1000年分の記憶が走る。 愛した男の死に顔。 仲間たちと食べた不味い鍋の味。 泥だらけで笑い合った夜明け。 それら全てが、不完全で、歪で、だからこそ愛おしい「生」の証。


「押し付けられた愛なんざ……暴力と変わらねえんだよ!!」


 トリガーが引かれる。


 ズドン!!


 轟音と共に発射されたのは、鉛の弾丸ではない。 鏡花が精製した特効薬――『解毒コード弾』。 ガラス質のアンプル弾が、強化ガラスを粉砕し、培養液の中へと突き刺さる。


 着弾。御堂の胸部、タワーと直結している心臓部(コアシステム)


 パリーンッ!!


 弾丸が砕け散り、中から毒々しい緑色の液体(ワクチン)と、破壊ウイルスプログラムが噴出した。 それが青い培養液を一瞬で汚染し、侵食していく。


『あ……あぁ……』


 御堂蓮(ミドウ レン)の口から、吐息のような絶望が漏れた。 それは、肉体が滅びゆく苦痛の叫びではない。 彼が人生の全てを賭して築き上げた完璧な論理、傷つかない硝子の世界が、たった一発の不純物(バロック)によって穢されていくことへの、魂の慟哭だった。


「排除……排除、不能……。エラー……」


 タワーのシステムが暴走する。 空間を埋め尽くしていた静謐な青い光が、毒々しい赤黒い明滅(アラート)へと変貌した。 鏡花が放ったウイルスプログラムは、猛烈な勢いで中枢神経を食い荒らし、『青い涙』の散布コードを書き換えていく。


 パキ、パキパキ……!


 硬質な破砕音が連鎖する。 壁を、天井を覆っていた結晶体が、制御を失って自壊を始めた。降り注ぐ硝子の破片が、キラキラと光りながら床に落ち、塵へと還る。


『私の……箱庭が……枯れていく……』


 御堂の痩躯が、痙攣した。 彼を生かしていた無数のチューブが、一本、また一本と抜け落ちていく。 供給を絶たれた彼は、培養液の中でゆっくりと沈み始めた。


 灯は、銃を下ろし、その最期を見つめていた。 彼を撃ち抜いたことへの後悔はない。 だが、勝利の凱歌を上げる気にもなれなかった。


 ガラスの向こう。沈んでいく御堂と、視線が合った気がした。その瞳からは、既に光が失われている。彼は最期まで、自分を「善」だと信じていた。 誰よりも人間を愛し、誰よりも人間の脆さに絶望し、それゆえに「個」を消し去ろうとした男。その孤独な思想を理解する者は、ついに現れなかった。 誰の手も取らず、誰にも触れられず。 彼は、彼自身が望んだ「羊水」の底で、独りきりで溺れ死んだ。


 ズゥゥゥゥン……。


 地響きと共に、培養槽の照明が落ちる。 タワーの機能が停止したのだ。


「……終わったか」


 灯が呟くと同時に、頭上の天井――粉砕された展望窓の向こうで、世界の色が変わった。


 降り続いていた青い雨が、唐突に止んだのだ。 厚く垂れ込めていた雲が割れ、その裂け目から、鋭い光が差し込んでくる。 それは、ドラッグによる燐光ではない。 肌を焼くような、無遠慮で、暴力的なまでに眩しい、本物の朝陽だった。


「……眩しすぎるわね」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、泥だらけの腕で顔を覆う。 その隙間から見える彼女の表情は、疲れ切っていたが、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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