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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
箱庭の揺り籠(ガーデン・オブ・クレイドル)編

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第十一話「バロック・パレード」3

第三章 硝子の塔へ


「ぶちかませ、リコリス・バロック!!」


 久遠灯(くおん あかり)の号令が、弾丸よりも速く戦場を駆け抜けた。 それは、理性という安全装置(セーフティ)を解除する合図。 遠慮はいらない。手加減もいらない。私たちは今、この世界で最も危険な毒花だ。


「道を開けろォォォッ!!」


 辰巳響(たつみ ひびき)が地を蹴り、天に向かって両手を突き上げた。彼女の全身が避雷針となる。 上空の厚い雨雲が渦を巻き、龍神の怒りに呼応して咆哮した。


 ドガアアアアァァァン!!


 一本の巨大な雷柱が、バリケードの直前に落下した。閃光。そして衝撃波。 降り注ぐ豪雨が一瞬にして蒸発し、白い水蒸気の壁となって視界を覆う。 『庭師(ガードナー)』たちが悲鳴を上げる間もなく、爆風に煽られて木の葉のように舞う。


「熱っ! 熱いっての!」


 響自身も、黒煙を上げながら笑っている。 その熱気が冷めやらぬ蒸気の中を、白い影が疾走した。


「リズムが悪いわね。……フィナーレまで保たないわよ」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)だ。 彼女は固有能力『殺戮舞踏(デス・ワルツ)』を発動し、スローモーションになった世界を滑るように進む。 真正面から放たれるアサルトライフルの弾幕。 彼女はそれを避けない。 弾丸と弾丸の隙間、ミリ単位の空間を、体を折り曲げ、回転し、すり抜けていく。 それは回避行動というよりは、死神とのチークダンスだ。


「そこ!」


 銀色のワイヤーが閃く。狙うのは人体ではない。彼らが握りしめている銃器の機関部、そして『庭師』たちの視覚センサーだ。カキン、カキン! 金属音が連続し、銃身が切断され、スコープが砕け散る。 武器を失った信者たちが呆然と立ち尽くす隙間を、彼女は風のように駆け抜けた。


「排除対象、確認。……解体プロセスを開始する」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、白衣をなびかせて前進する。彼女の背中からは、四本の銀色のサブアームが展開され、それぞれが異なる凶器――チェーンソー、ドリル、高周波メスを構えていた。 立ちはだかるのは、肥大化した肉塊、『融合(アマルガム)』の完成体。 再生能力を持つ不死身の怪物に対し、鏡花は論理的な「詰み(チェックメイト)」を突きつける。


「再生速度を上回る速度で、細切れにすればいい」


 ギュイィィィン!! サブアームが唸りを上げ、怪物の肉を削ぎ落とす。 (コア)の位置を瞬時に計算し、そこに至るまでの障害物を物理的に切除していく。 血肉の雨が降る中、彼女は一度も瞬きをせず、ただ淡々と作業(オペ)を遂行する。


「通して……通してよぉぉぉッ!!」


 天羽祈(あもう いのり)が、涙目で杖を振り下ろした。 彼女のオッドアイが、限界まで輝く。 右目の聖なる光と、左目の魔なる闇。 相反する二つの力が、杖の先端で混じり合い、臨界点を超える。極彩色の爆発。 重力と反重力が同時に発生し、バリケードを構成していた装甲車や瓦礫を、玩具のように空へと吹き飛ばした。 道が、開く。


「上出来だ、馬鹿野郎ども!」


 その中央を、灯が突っ切る。 彼女の体は既に蜂の巣だ。 全身から血を噴き出し、肉が裂け、骨が見えている。 だが、その歩みは止まらない。傷口から噴出する血の霧『血の晩餐(ブラッディ・ディナー)』を纏い、真紅の弾丸となって正門へ突撃する。


「開けろ! 招かれざる客のお着きだッ!!」


 灯はS&W M500を、扉の鍵穴に押し当てた。


 ゼロ距離射撃。


 ズドォォォン!!


 鋼鉄の扉がひしゃげ、蝶番が弾け飛ぶ。 硝煙と粉塵を巻き上げながら、重厚なゲートが内側へと倒れ込んだ。


 土煙を切り裂いて、5人はタワーの内部へと滑り込んだ。


 静寂。 外の喧騒が嘘のように、エントランスホールは静まり返っていた。以前、訪れた時と同じ、無菌室のような白一色の空間。壁に描かれた数式も、ホルマリン漬けの脳髄も、あの時のままだ。


 だが、決定的に違うことが一つある。


「……汚しちまったな」


 灯が、自身の足元を見て呟いた。 純白の床に、泥と油と、どす黒い血痕が点々と続いている。それは、彼女たちが這いずり回ってきた地獄の痕跡であり、この清潔すぎる「箱庭」に対する、最大の侮辱だった。


「いいじゃない」


 美流愛が、破れたドレスの裾を絞りながら、ふふっと笑う。泥水が床に滴り落ち、シミを作る。


「綺麗すぎて落ち着かないわ、ここ。……少し汚れているくらいが、人間らしくていいのよ」


 彼女たちは顔を見合わせる。 全員、ボロボロだ。 響は髪が爆発し、鏡花はオイルまみれ、祈は片方の靴がなく、灯に至っては立っているのが不思議なほどの重傷だ。けれど、その瞳は爛々と輝き、生命力に満ち溢れていた。


 チン。


 ホールの中央、エレベーターの扉が開いた。 到着音だけが、軽やかに響く。 中は空っぽだ。 だが、表示パネルは既に最上階――展望フロアを示している。


「……招かれてはいないようだがな」


 灯はリボルバーのシリンダーを開き、空になった薬莢を排出した。 カラン、カラン。 乾いた音が、静寂に響く。


「カチコミだ。……文句は言わせねぇ」


 5人は、泥だらけの足で、躊躇なくエレベーターに乗り込んだ。


 扉が閉まる直前。 灯は、天井の隅にある監視カメラを見上げた。 レンズの奥にいるであろう、あの男――御堂蓮(ミドウ レン)と視線を交わすように。


「おい、造園家(ランドスケープ)


 灯は、懐から一発の弾丸を取り出した。それは通常のマグナム弾ではない。 鏡花がこの数時間で即席に作り上げた、ガラス質のアンプル弾。 中には、毒々しい緑色の液体――『青い涙』の中和剤と、システムを破壊するウイルスプログラムが封入されている。名付けて、『解毒コード弾』。


「……剪定の時間だと言ったな?」


 灯は、その弾丸をシリンダーに滑り込ませた。 たった一発。 これが、彼女たちの切り札(ジョーカー)


 チャキッ。


 シリンダーを戻す金属音が、宣戦布告のゴングとなって響いた。


「雑草の生命力、ナメんじゃねぇぞ。……その綺麗な箱庭、根っこから食い破ってやる」


 カメラの赤いランプが、一瞬だけ点滅した気がした。


 重い音を立てて、扉が閉まる。 密室。浮遊感と共に、(ケージ)が上昇を始める。 重力が、傷ついた身体を床に押し付ける。


「……ふっ」


 誰からともなく、笑い声が漏れた。 それは伝染し、やがて5人全員の、乾いた高笑いへと変わっていく。


 泥だらけの、血まみれの、不揃いな魔女たち。 彼女たちは互いに目配せをし、不敵に笑い合った。


 次は、負けない。 甘い夢も、偽りの救済もいらない。自分たちの「不幸」を、痛みを、そして愛おしい地獄を取り戻すために。彼女たちは天国へと攻め上がる。


 硝子の街の夜明け前。 バベルの塔を、最悪で最強のバロック・パレードが駆け上がっていった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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