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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
箱庭の揺り籠(ガーデン・オブ・クレイドル)編

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第十一話「バロック・パレード」2

第二章 不協和音(ノイズ)の行進


 それは、パレードと呼ぶにはあまりに泥臭く、暴動と呼ぶにはあまりに統率が取れていた。 神宿(シンジュク)の大通り。 青く発光する雨に打たれながら、私たちは人の波をかき分けて進む。 行く手を阻むのは、数千、数万の市民たちだ。 彼らは皆、至福の笑みを浮かべ、夢遊病者のように腕を伸ばし、私たちを取り込もうと群がってくる。 ゾンビ映画の光景に似ているが、決定的な違いがある。彼らからは、腐臭も殺意も感じられない。 漂うのは、甘ったるい幸福の匂いと、「一緒になろう」という無邪気な善意だけだ。


「ッ、どけぇ!!」


 久遠灯(くおん あかり)が、行く手を塞ぐサラリーマンの胸倉を掴み、強引に投げ飛ばした。彼女は先頭に立ち、この「善意の津波」を一身に受ける防波堤となっていた。


「痛ぇな、この野郎!」


 灯が悪態をつく。四方八方から伸びてくる手が、彼女のコートを掴み、髪を引っ張り、抱きつこうとする。 彼女はS&W M500のグリップを握りしめているが、決してトリガーには指をかけない。代わりに、鋼鉄の銃床(ストック)をハンマーのように振るい、押し寄せる人々を殴り倒していく。 ゴッ、という鈍い音が響き、笑顔のまま男が崩れ落ちる。 骨が砕ける感触が手に残る。 だが、殺すよりマシだ。


「くっつくんじゃねぇ! 暑苦しいんだよ!」


 灯は肩でタックルをかまし、老婆を吹き飛ばし、若者を蹴散らす。吸血鬼の怪力をもってしても、数万人の質量を押し返すのは骨が折れる。泥水が跳ね、彼女の顔を汚すが、彼女は拭おうともしない。 その瞳は、獰猛な光を宿しながらも、どこか痛々しいほどに優しかった。 彼女は知っているのだ。 この「幸福な死体」たちが、かつては泣き、笑い、懸命に生きていた人間たちであることを。


「ごめんなさい! ……退いてください!」


 灯の背後で、天羽祈(あもう いのり)が悲鳴のような声を上げた。 彼女は魔力を込めた杖を掲げ、必死に詠唱を紡いでいる。


重力障壁(グラビティ・ウォール)、展開!」


 彼女のオッドアイが明滅する。空間が歪み、見えない壁が出現した。 それは、押し寄せる群衆を傷つけない程度の柔らかさで受け止め、左右へと押し分けていく。まるでモーゼが海を割るように、人の海が割れる。 だが、その道はすぐに塞がろうとする。 祈は脂汗を流し、歯を食いしばって障壁を維持する。


「重い……! みんなの想いが、重すぎるよぉ……!」


 物理的な質量だけではない。「幸せになりたい」「楽になりたい」という数万人分の思念が、重力となって彼女にのしかかる。以前の彼女なら、その重さに耐えきれず、同調して飲み込まれていただろう。 だが、今の彼女は違う。 泥にまみれ、傷つきながら生きることを選んだ「強さ」が、彼女の細い足を支えている。


「警告。警告。このエリアは危険区域だ」


 頭上の街頭スピーカーから、無機質な合成音声が響き渡った。 同時に、ビルの壁面を埋め尽くす巨大ビジョンがノイズに覆われ、真っ赤な警告色(アラート)に染まる。鉄鏡花(くろがね きょうか)の仕業だ。


「群集心理への介入(ハッキング)を開始する」


 鏡花は走りながら、虚空に表示されたキーボードを叩き続けていた。 彼女は都市の管理システムに侵入し、あらゆる視聴覚デバイスをジャックしているのだ。


「直ちに避難せよ。……繰り返す、直ちに避難せよ」


 けたたましいサイレン音が、賛美歌のような静寂を切り裂く。それは、幸福な夢に浸る人々の脳内に、「恐怖」という名のノイズを強制的に注入する行為だ。 完璧に調和していた「善意の合唱」が乱れる。 人々が足を止め、困惑したように空を見上げる。 その一瞬の隙が、私たちの活路となる。


「道開けろォォォッ!!」


 辰巳響(たつみ ひびき)が咆哮した。 彼女は地面に掌を叩きつける。 バチバチバチッ!! 青白い電撃が、濡れたアスファルトを伝って蛇のように走る。


「痺れて寝てろ!」


 電圧は致死量ギリギリ手前。 心臓を止めず、神経系だけをショートさせる絶妙な出力調整。 龍神としての力を、破壊ではなく「制圧」のためだけに行使する。 感電した人々が、ビクンと痙攣して倒れ伏す。 その光景は地獄絵図のようだが、響の顔には苦渋の色が滲んでいた。 彼女にとって、人間は守るべき対象であり、愛すべき隣人だ。 それを自らの手で傷つけなければならない痛み。 だが、彼女は迷わない。


「アタシのダチに手を出すんじゃねぇ!」彼女は雷を纏い、ブルドーザーのように突き進む。


「アンチの相手には慣れてるのよ!」


 頭上から、凛とした声が降ってきた。白雪美流愛(しらゆき みるあ)だ。 彼女は群衆の中にはいない。 ガードレールから自動販売機へ、そこから街灯の上へと、重力を無視した跳躍を繰り返していた。 フリルの破れたドレスを翻し、雨の中を舞うその姿は、戦場に咲いた一輪の白百合のように美しい。


「そこ! 邪魔!」


 彼女は空中から、マイクロフィラメント・ワイヤーを射出する。 狙うのは人間ではない。 進路を塞ぐバリケードや、放置された車両だ。 手首のスナップ一つで、鉄の塊が切断され、弾き飛ばされる。彼女は、私たち「パレード」の先導者(トップ・ダンサー)として、障害物を華麗に排除していく。


「美流愛、落ちるなよ!」


「誰に言ってるの? この程度のステージ、目をつぶっても踊れるわ」


 彼女は看板の上に着地し、眼下の群衆を見下ろした。 その瞳は冷徹だが、かつてのような虚無ではない。 彼女は今、自分の意志で踊っている。 誰かのためではなく、自分たちの道を切り開くために。


 5人の「歪み(バロック)」が噛み合い、不協和音(ノイズ)となって街を駆け抜ける。 殴り、押し退け、騙し、痺れさせ、飛び越える。 誰も殺さない。 けれど、誰にも媚びない。 それは、東帝都の歴史上、最も迷惑で、最も力強い行進だった。


 御門区(ミカドク)との境界線。 バベル・タワーの足元が見えてきた。雨脚がいっそう強まり、視界を遮る。だが、その向こうに待ち構えている「殺気」だけは、肌を刺すように鮮明だった。


「……止まれ」


 灯が拳を挙げ、足を止めた。 私たちも立ち止まり、荒い息を整える。


 目の前には、バリケードが築かれていた。 積み上げられた装甲車と、瓦礫の山。 その上に、白いレインコートを着た集団が整列している。手には最新鋭のアサルトライフルや、呪術的な刻印の入った杖。『箱庭の揺り籠』の武装親衛隊――『庭師(ガードナー)』たちだ。


 彼らの背後には、さらに異様な影が蠢いている。不定形の肉塊。周囲の鉄骨やコンクリートを取り込み、醜悪に肥大化した生物兵器。 3年前、私たちが戦った『融合(アマルガム)』の完成形だ。 それが数体、涎を垂らしながらこちらを威嚇している。


 一般市民とは違う。 明確な殺意と、訓練された統率を持った防壁。


「ここから先は通しません」


 バリケードの中央。 指揮官らしき男が、拡声器を使って告げた。 彼の瞳は、『青い涙(ブル・ティアーズ)』の影響で白濁しているが、その声には狂信的な使命感が宿っていた。


「この先は楽園の聖域。……静寂を守るために、死んでください」


 男が手を振り下ろすと同時に、数百の銃口が一斉に火を噴いた。


 ダダダダダッ!! 乾いた銃声が、雨音を塗り潰す。


 祈がとっさに障壁を展開し、弾丸を防ぐ。 キン、キン、と結界が火花を散らす。


「静寂、だと?」


 灯は、血の混じった唾を足元に吐き捨てた。 彼女はニヤリと笑う。 その顔は、泥と返り血で汚れているが、どんな宝石よりも獰猛に輝いていた。


「……悪いがな、お行儀良く寝てるのは性に合わないんだよ」


 灯はM500の撃鉄を起こした。カチリ、という硬質な音が、銃声の嵐の中でもはっきりと聞こえた。


「私たちは、お前らの嫌いなノイズだ。……ロックバンドよりうるさいぞ」


 灯が振り返り、私たちを見る。 言葉はいらない。 全員の瞳に、同じ火が灯っている。


「ぶちかませ、リコリス・バロック!!」


 その号令と共に、反撃の狼煙が上がった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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